20 未だかつてない危険な国
目隠しをして盲目のふりをしているオスカーの手を引く役割を、他の人にも代われるかを聞かれた。
順当にオスカーが狙われているのだろう。いい回避策は浮かばないけれど、ひとまず一瞬たりとも離れないことにする。
「ダメですっ! 私でないと!」
「ふむ」
考えるような間を置いてから質問が続いた。
「して、そなた、歳は」
「えっと、私ですか?」
「うむ」
なぜ自分が聞かれているのかわからないけれど、正直に答えておく。
「十七です」
「ほう。その歳であらば合法ショタよな」
「はい?」
想定外の言葉が聞こえた気がする。
「よい。気に入った。そこな二人、名を」
「えっと、ジュリオ・クルスです」
「……自分はウォードだ」
オスカーがファミリーネームだけを名乗る。それなら自分も偽名の必要がなかったかもしれない。
「ジュリオとウォード。王宮での滞在を許す。他の者たちも国内での滞在を許可する。好きに過ごされよ」
「あ、いえ、私はみんなと一緒がいいのですが」
「ならぬ」
「え」
「今日からそなたは妾のものじゃ」
「はい?」
この人は何を言っているのだろうか。
「ウォードはジュリオがおらぬと困るのであろう? 特別に同室での滞在を許可するが、あくまでも温情と知るがよい」
「えっと……、待ってください。理解が追いついていないのですが」
「何がわからぬ?」
「まず、女王様、ですか?」
「うむ。妾はブルネッタ。今この国を統べる女王である」
「私がブルネッタ様のものというのは」
「言葉の通りよ。今宵よりそなたを妾の夜伽の相手とする」
「……はい?」
言葉の意味はわかる。意味はわかるけれど、何を言っているのかがさっぱりわからない。
「私が、ですか?」
「さっきからそう言っておろう」
「彼らではなく?」
決してオスカーが選ばれてほしいわけではないけれど、彼より自分が選ばれる理由がない。
「ふむ。まずガタイがいい男は男臭くて好かぬ」
(男臭くて好かない……)
まったく理解できないが、オスカーとペルペトゥスが除外されたのはわかった。
「そっちの顔が薄いのは顔が薄いし、そっちのは迷うところではあるが、歳がのう」
顔が薄いというのはルーカスだろうか。スピラは年齢的に弾かれたようだ。外見年齢は女王とそう変わらなく見えるが、女王は年下が好みなのだろう。
「何より、そなたはかわいい」
「はい?」
男になってまでかわいいと言われるとは思わなかった。
「褒めておるのじゃぞ? 光栄に思うがよい」
「親愛なる美しき女王ブルネッタ様」
ルーカスがおおげさに恭しく呼んだ。
「ぼくらは旅の途中でこの地に立ちよったため、長居をすることが叶いません。また、この国の事情もわからず、何が起きているのやらと。仲間が見初められるのは光栄ではありますが、どうか温情を賜りたく存じます」
「よかろう。ひと月じゃ」
「え」
「ひと月、妾と蜜月を過ごすがよい。それ以上は譲歩できぬ」
ルーカスを見ると小さく肩をすくめられた。今この場ではこれ以上どうすることもできないということらしい。
「温情、痛み入ります。では、ぼくらは辞させていただきます」
「うむ。くるしうない」
ルーカスが立ち去り際に、何かを手に握らせてきた。
(あ、通信の魔道具)
オスカーと二人分だ。この国に降りる前につけておけばよかったと思うけれど、こんな状況は想定していなかったから仕方ない。人目がなくなったらつけるようにということだろう。
ルーカス、スピラ、ペルペトゥスが外に連れて行かれる。使い魔たちはそれぞれの主人のところだ。ユエルだけが自分と残る形になっている。
「夜には歓迎の宴を開こうぞ。それまで客室で休むがよい」
女王の差配で案内されていく。王宮内にいるのもすべて女性で、男性の姿は一切ない。
(この国の男の人たちはどこに行っちゃったのかしら……?)
ハテナマークが浮かびつつ、視覚が使えないオスカーに最大限配慮して移動し、案内された部屋に入った。
二人きりにはしてもらえたけれど、壁もドアも細かな隙間があって音が漏れる感じだ。
「リリース」
小声で、オスカーの目隠しの結び目にかけた防御魔法をとき、目隠しをほどく。
「とりあえずこれを」
ルーカスから預かった通信の魔道具を渡し、一緒に装着した。これで、隙間があっても会話が外にもれることはない。
『オスカー、すみません、ムリをさせて』
『いや。実際にやってみたら意外におもしろい体験だった。ジュリアを信頼して全部預けるというのは悪くない。それに、おかげでジュリアを一人で王宮に残すことにならずに済んだしな』
『すみません。ありがとうございます』
負担をかけた申し訳なさはあるけれど、目隠しをつけさせたこと自体は今でも正解だと思うし、この国で他の人に会ううちはつけ続けてもらうつもりだ。
『ルーカスさん、みなさん、聞こえますか?』
『あ、ジュリアちゃん。ごめんね、ちょっと今とりこんでて。落ちついたら連絡するね』
ルーカスが早口で答えて通信が切れる。とりあえずオスカーと二人で話すことにする。
『なんだか大変なことになりましたね……』
『ああ。ジュリアが男として女性から相手を求められるのは完全に想定外だ』
オスカーが頭を抱える。
『これはさすがにルーカスさんでも予想していなかったと思います……』
参謀でも予想できないというのはもう、誰ひとり予想できないということだ。
『この国には男性がいないのでしょうか』
『見た感じだとそうだな。必要なのは個人というより男という印象だ』
『そうですね……』
女王は最低ひと月と言った。女性の体のサイクルを考えた場合の、最低限の期間として納得できる。納得はできるけれど、応えられる要求ではない。
『うーん……、困りました……』
そもそもこの姿の自分にそういうことができるのかどうかすらわからない。
通信の魔道具が反応する。
『ジュリアちゃん、オスカーくん、聞こえる?』
『はい、スピラさん。そちらはどうですか?』
『なんとかみんな空に逃げられたところだよ』
『え』
女王は国で好きに過ごしていいと言っていた。逃げたとはどういうことなのだろうか。
ルーカスの声が続く。
『王宮を出たとたんに町の人たちに取り囲まれて襲われそうになったから、身を守るためにね。
とりあえず海に出て、スピラさんにジュリアちゃん式の海用ミスリル・プリズンを出してもらって、そこを拠点にしようかなって。
あんまり沖に行くと通信できなくなるから、見つかりにくくて通信できるギリギリの場所にするつもり』
『襲われそうになったって……、大丈夫でしたか?』
『ジュリアちゃんが想像してる意味じゃないから大丈夫。いやむしろ大丈夫じゃないのかな? まあ、正直あんまり島には近づきたくないね。ちょっと倫理観が違いすぎてムリ』
ルーカスが何を言っているのかわからない。オスカーは理解して苦笑している感じか。
『そっちはどう?』
『ジュリアと二人で部屋に通された。夜の宴まで好きにしていていいそうだ。ちなみにこの部屋にベッドはひとつだ』
気づいてはいたけれど、改めて言われると恥ずかしい。男同士だから気にしないとでも思われてこの部屋になったのだろうか。
『なるほどね……。よくないね』
『さすがにこの姿で間違いは犯しませんよ?』
今の体は男性同士だから、オスカーとどうこうなることはできない。
『そっちは心配してないし、むしろいつでもどうこうなればって思ってるけど』
『ルーカスさん?!』
考えが筒抜けな上に、なんてことを言うのか。
『その部屋はオスカーを一人で残すための場所で、ジュリアちゃんは夜は女王様と寝るから、ベッドはひとつってことだろうね。
ちなみに、その部屋に残るオスカーも安全じゃないって思っておいた方がいいよ。王宮には女王様の側近たちがいるからね』
『それはお前たちが襲われたというのと同じ意味で、だろうか』
『うん。戦う方なら遅れはとらないだろうけど、ね?』
(戦わないけれど襲われる……?)
少し考えて、時々オスカーから襲いそうだと言われることがあったのを思いだす。
(え、もしかしてそういうこと? 女性から?? ……ハレンチ!!!)




