17 透明化の魔法でいけないことをした気がする
ソフィアの男装計画を終えてから、今日中にここを出発することを伝えた。魔法卿から、可能な限り報連相をするように念を押された。
いったん庭の拠点に向かう。
「私は男装用の服に着替えて、男性っぽい服を着替えとして持っていく感じでいいでしょうか」
「ああ」
「魔法は移動中に教えるね。その時に私は化粧品を借りてもいい?」
「わかりました」
軽く請け負ったら、オスカーが少しイヤそうな顔になった。
「試しに借りるだけなら許容するが、今後も使うならどこかで張達してほしい」
「うん。それは、そうするよ。今から買いに行くと時間がもったいないかなって思っただけだから」
魔法で着替えて、荷物の服を男性に見えるものと入れ替える。
地下ダンジョンで、ユエル、ジェット、モモの使い魔組をピックアップしてから、地面に地図を出して行き先を確認する。
「六芒星のために必要なのは、あと二か所ですね」
エルフの里、名もなき者の墓、エタニティ王国の三か所でひとつめの三角が終わった。昨日、ペルペトゥスのダンジョン近くを終わらせた。
「南東の島マスタッシュ王国と北の凍土だね」
「北の凍土については、やはりここ数十年は人の立ち入りがないらしい。
マスタッシュ王国は、隣のゴーティー王国との戦争に負けたところだそうだ」
「一応、マスタッシュ王国への渡航は可能とのことでした。十分に注意して行くようにと言われています」
「なら、マスタッシュ王国からかな。いつ情勢が変わって、渡航禁止に戻るかわからないから」
「そうですね。東に向かって絨毯を飛ばしてもらって、このあたりから見えなくなったらエルフの里のあたりに空間転移しましょうか」
「いや、効率は悪いけど空間転移はナシがいいかも。高速で飛ぶ変形絨毯は魔法卿に知られてて許可があるでしょ? だと、目撃されても問題ないし、それで移動できる範囲内が自然だと思う。
前よりは空間転移ができることを魔法卿に知られた時のリスクは低くなってるけど、知られないに越したことはないでしょ?」
「そうですね。わかりました」
庭に出て、魔道具の絨毯を準備する。短期レンタルで借りていたものを、長期レンタルの契約に変えてもらってある。
水のイスを出して、高速飛行しやすい形にミスリルでおおい、スピラに運転してもらって出発だ。
「マスタッシュ王国へ」
空間転移を使わない代わりに、マックススピードでスピラが飛ばしてくれる。どんどん景色が流れていく。
「ジュリア」
「はい」
落ちついたところでオスカーに呼ばれた。返事をすると、少し言いにくそうにしてからオスカーが続けた。
「……おいで」
「はいっ!」
何を言いよどむ必要があったのか。大好きと嬉しいでいっぱいだ。
オスカーのところに行って脚にちょこんと座らせてもらうと、オスカーがそっと腕を回してくる。甘えるように触れながら体重を預けた。
スピラが運転のために正面を向いたままつぶやく。
「後ろからすごくうらやましい気配がするんだけど?」
「あはは。気づいてないふりをしてあげて。どっちも夜は大人しくしてたみたいだから、このくらいは、ね?」
ルーカスの言う通り、このくらいは許してもらいたい。二人きりになるのはまずいと思って、ずっとガマンしているのだ。今もキスをしたいのを、みんながいる場だからガマンしている。
後ろから首筋に彼の吐息がかかる。幸せとドキドキと恥ずかしさで忙しい。
「……ジュリアは、男装したソフィア嬢のような感じが好みなのか?」
「はい?」
内緒話のような小さなささやきが落ちた。ゾクゾクする大好きな声で、オスカーは一体何を言っているのか。
「ファンクラブができそうだと」
「客観的な意見として言っただけですよ? 魔法卿とソフィアさんの手前、あなたの方がカッコイイとは言わない方がいいかなって思って言わなかっただけで、思ってましたし」
腹部に回された彼の手をさわさわして、指を絡ませる。それだけでも幸せだ。
「……そうか」
恥ずかしいような嬉しいような申し訳ないような、いろいろが混ざった声に聞こえた。
「なんだか……、どんどん自分が小さくなっている気がする」
「え」
小さいオスカーが浮かぶ。それはそれでかわいいけれど、異常事態ではないだろうか。
向きを変えてオスカーの体をパタパタとさわってみる。よくわからなくて正面から抱きついてみたけれど、特に変わっていない。しっかりとしていて大きな感じだ。
オスカーが、気が抜けたように笑った。
「物理じゃなく、気持ちの方だ。魔法卿が言っていたことがすごくわかるというか……、ルーカスはすごい独占欲だと言っていたが。男装でも譲歩しているのがわかるというか。
本音を言うなら、誰の目にも触れないようジュリアを隠してしまいたいし、ジュリアの瞳に他に誰も映らないように囲ってしまいたい」
オスカーは申し訳ないような気恥ずかしいような感じだけれど、自分にとっては甘美な告白だ。
「私の目にはあなたしか映っていませんよ?」
顔を上げて彼を見つめる。視線を重ねるだけで愛しさがあふれるのはオスカーだけだ。
「ん……」
嬉しそうな笑みがとても愛おしい。
(やっぱりキスしたい……)
そう思っているのは自分だけではない気がする。どちらからともなく顔が近づく。
「……トランスパーレント」
自分とオスカーに完全な透明化の魔法をかけた。同時に彼の首に腕を回して引きよせ、しっかりと唇を重ねる。
(もっと……)
キスを重ねて、深く求めていく。
(大好き……)
同じか、それ以上の熱量で求められるのが嬉しい。彼の体を撫でると、彼からも背中を撫でられた。
「んっ……」
今できる最大限の愛情表現を繰り返して、気持ちを重ね合わせる。
どれくらい経ってからか、オスカーから少し離されて息をついた。
「……すごくいけないことをした気がする」
「そう、ですね……」
我にかえると、ものすごく恥ずかしい。他のみんながいる場所で姿を消して求めあうなんて、すごく背徳的な気がする。
けれど、さっきはどうにもガマンできなかったのだ。二人きりの場所で同じことをしたらきっとここで止まれないから、今の自分たちとしては仕方ない気もする。
「……いつでも、あなたにしか見えなくなるので。したくなったら言ってくださいね?」
オスカーが一層赤くなって息を飲んだ。
恥ずかしがられると、言った方も恥ずかしい。
「あの……、少し落ちついてから解除しますね」
「ん……」
彼から離れるのは名残惜しいけれど、くっついていたらいつまでも熱が抜けない気がするから、おとなしく自分の席に戻る。
が、思い出すだけで顔から火が出そうだ。
いくらか時間を置いて、オスカーも大丈夫そうなのを確認してから透明化の魔法を解除した。
「あ、おかえり。お昼にしようか」
気づいたルーカスがフラットに聞いてくる。ちょっと気恥ずかしいけれど、なるべくフラットに答える。
「はい、そうですね。ソフィアさんが持たせてくれたの、いただきましょうか」
先にスピラ以外で食べて、食べ終わったオスカーが一時的に運転を代わった。スピラが一口食べて、考える顔になる。
「あそこの料理は上品でおいしいけど、私はジュリアちゃんの手料理のが好きだな。材料が手に入ったら、ホワイトヒルの朝ごはんみたいに作るの手伝うから、作ってくれる?」
「それはもちろん」
「それぼくも思ってたし、多分みんな思ってたと思うんだけど、スピラさんはサラッと言うよね」
「言った方が得でしょ? 黙ってるより確率が上がるんだから」
「私のことにつきあってもらっているのに返せるものがないので。ごはんくらいでよければいくらでも」
「やったあ! 楽しみ」
スピラが嬉しそうに笑って食べ進める。
「運転を代わってもらっているうちに、性別を変える魔法を教えちゃおうか」
「ありがとうございます」
「じゃあ、ジュリアちゃん。ちゅーしよう」
「……はい?」
スピラはまた何を言いだしたのか。『じゃあ』の意味がまったくわからない。




