番外 [ルーカス] かわいくなかった後輩
ルーカス視点。ルーカスがオスカーに協力するまでの話。
本編無関係なので飛ばしてもOK。
(17話の中から、本編の進行に関係がない部分を番外にしました)
魔法協会の見習い研修は、十六の誕生日の後に魔力開花術式を受けて、適性があればそのタイミングで始まるため、年の途中から入るのが普通だ。自分は二月下旬、オスカーはその年の十月中旬からだった。それぞれ別の街から来て寮に入っている。
一年の半分以上は一歳差になるため一歳年下という感覚だが、正確には八ヶ月弱の差だ。見習いは内部研修が一年、外部研修が一年のため、オスカーとは四ヶ月ほど内部研修期間が重なっていた。
(うっわ、かわいくない)
それがこの後輩への印象だった。
まず、魔力値が違いすぎる。
魔力値は魔力開花術式の時にわかる、その時点での魔力の最大量だ。それがそのままその人の魔力の器の大きさを表している。
普通、年齢が上がるにつれて器は大きくなっていくが、元々の大きさも大きくなる速さも素質によって違う。
オスカーは代々魔法使いの家系だ。持っている元々の魔力値が高く、将来的には冠位も目指せるだろうという期待の新人として入ってきた。
対する自分は一般家庭の出身だ。他の家族には才能がない中で唯一魔力開花術式に引っかかった、計測された魔力値も低い底辺だ。
何ヶ月もかけて苦労して使えるようになった魔法を、後から来た後輩がやすやすと覚えるのを見て気分がいい人はいないだろう。
しかも、表情があまり変わらない。新しい魔法を覚えても当たり前という感じで、自分が苦労している横で涼しい顔でこなしていたのもおもしろくなかった。
更に、着ている服もいい。実家から持ってきたものは明らかにオーダーメイドの高価なもので、本人が普段使いに買うものもそれなりの質だ。魔法協会は給与がいいし代々魔法使いという人も珍しくないから職場の中では特に目立たないが、自分なんかはお金があっても使いどころで迷うし、あまり高い服を買おうとは思えないのだ。完全に無意識だろうけれど、いいとこのお坊ちゃんと庶民は感覚が違うと思う。
その上、顔も体格もいいのだ。男の中では小さめな自分からは常に見上げる感じになるし、家族全員薄い顔だと言われる自分とは大違いだ。
オスカーの外部研修が終わった時に育成部門に配属が決まったのは、本人の希望によるものだった。出身地のウッズハイムの魔法協会には育成を担当できる人材がいないとのことで、経験をつんでから移動したいそうだ。
(ぼくの出身地もいないんだけどね)
自分の魔力値では基本的な下級魔法を使えるようになるので精一杯だったから、最低ひとつの中級魔法が使えることが条件になっている育成部門には行けない。
特に新人を育てたかったわけではないけれど、モヤっとしないわけではない。
総じて、まっっっっったくかわいくない後輩だった。
同じ部屋にいるから顔は合わせるし挨拶はしていた。オスカーの方からは他の先輩たちと同じように先輩として尊重されていたし、なんなら歳が近いことで少し懐かれている感じがあったけれど、それなりな社会的距離でいる相手だった。
自分の心境の変化で関係が変わったのは、オスカーが彼のお姫様に出会ってからだ。
(……ん?)
朝オスカーに会った瞬間、これまでになく血が通っている感じに驚いた。見たことのない顔をしている。
まだ出勤者が多くない時間帯だからいいだろうと思って、感じたままを聞いてみた。一応、声は小さめにして。
「オスカー、好きな子でもできた?」
耳に入った瞬間、オスカーがガンッと音をたててデスクに顔をぶつけた。
(え。なにこれ。おもしろ)
この後輩のこんなところは初めて見た。なんでもそつなくこなすタイプではないのか。
「相手は?」
「言いたくないし、そもそも好きなのかどうかもわからない」
「ふーん?」
顔を赤くして片手で半分隠しながら言われてもなんの説得力もない。好き以外のなんなのだ。
「どんな子?」
「……とにかくかわいい」
「大丈夫? 詐欺じゃない?」
「いや、それはない。お前も知って……」
言いかけたオスカーがハッとして言葉を切る。そこまで聞ければ十分だ。
「ぼくも知ってる女の子? で、オスカーがぼくが知ってるのを知ってるってなると、一人しかいないね」
「……そうだな」
オスカーが観念したように長く息を吐きだした。
魔法協会の中のメンバーではないのは最初からわかっていた。歳上で独身のお姉様方は何人かいるが、今までそういう空気感になったのを見たことがないし、オスカーは一歩下がって関わっていた印象だ。キレイな人はいてもかわいいタイプはいないから、「かわいい」と言われた時点で確証になる。
さっきの条件に当てはまるかわいい女の子は、クルス氏の投影の魔道具で見ていた彼女しか思い浮かばない。
「会ったんだ?」
「昨日、偶然……」
「ウォード君、ちょっといいかしら」
話していたところで、オスカーが直属の上司に呼ばれた。アマリア・ブリガム。クルス氏やヘイグ氏より少し歳下の、キリッとした印象の女性だ。
「ああ」
「昨日の夕方、衛兵が身元確認に来た件は人が少ないうちに聞いた方がいいかと思って。大丈夫だったの?」
「ああ、問題ない。少しトラブルに巻きこまれただけで、身元の確認が取れて助かった」
「そう。ならよかったわ。クルスさんにも大丈夫だったって報告しておくわね」
「ありがたい。……衛兵から聞かれたのは自分のことだけだろうか」
「ええ、そうよ? 残っていた私とクルスさんで対応したわ。他にも誰か一緒だったの?」
「いや。なんでもない」
「そう」
あっさりと言ってブリガム氏が自席につく。つっこまれなかったのはオスカーがこれまで積み上げてきた信用があるからだろう。
(なるほど……?)
どうやらオスカーと彼女は一緒にトラブルに巻きこまれたようだ。オスカーの実家はこの街ではないから職場へ、彼女はまだ所属がないから家へ、身元確認をとったのだろう。
おもしろそうだったから昼にオスカーを誘いだしてみたら、予想以上におもしろかった。彼女の話になると仕事の時とは別人のように幼く見える。
聞かないと話してくれない中で得られた情報から推測するしかなかったけれど、初恋にしては難易度が高そうな子を好きになっている気がする。
(……根はすごくいいヤツなんだよなぁ、オスカー)
自分はそんなにいいヤツじゃないからそういうところも気に入らなかったが、年下の女の子に振り回されている姿は人間くさくて好きだ。
かわいくなかった後輩が、少しはかわいい後輩になった。
(できる範囲で力になってあげようかな。おもしろいし)




