16 ソフィアへの提案が飛び火した
魔法卿の思いがけない本音にソフィアが笑みをこぼす。
「ふふ。あなたに告白された頃ならまだしも、私はもうそんなに若くないわよ?」
「いいや、ソフィアは今でもキレイだからな。男なんてのは大体、自分より年下なら若く見えるんだぞ?」
どうにも平行線になりそうだ。思ったことを言ってみる。
「あの、お話中すみません」
「ん?」
「どうしたの? ジュリアちゃん」
「ソフィアさんは魔法卿といる時間を増やすために魔法卿の仕事を減らしたくて、魔法卿はソフィアさんが他の男性から狙われるのがイヤだから魔法協会に連れて行きたくないっていう話ですよね?」
「……ええ、そうね」
「……おう、そうだな」
二人そろってどこか気恥ずかしそうに頷いた。
「なら、ソフィアさんの姿を変えちゃえば解決しませんか?」
「姿を変える?」
「はい。外見年齢を変えられる魔道具のローブでおばあちゃんになってもいいですし、探せば性別を変えられる魔道具もあるかもしれませんし。ルーカスさんなら服とお化粧だけで男性に見えるようにできるかもしれませんし。方法はなんでもいいかと」
「……なるほどな」
「そうね。私が私として手伝うより、むしろ別人になった方が雇いやすいでしょうし、いいアイディアだと思うわ」
「ルーカス・ブレア。ソフィアが絶対にナンパされないようにすることはできるか?」
「どうかな? ソフィアさん、元がいいからね。女性の中では背もあるし、むしろ女性からたくさん声がかかっちゃうんじゃないかな」
「女友だちが増えるぶんには構わん」
「じゃあちょっとやってみようか。魔法卿の服だと大きいだろうから、ちょっと小さいかもしれないけどぼくのを貸すよ」
「ダメだ。とりあえず大きくていいから俺のを使え」
「あら、ふふ。じゃあ着替えに行きましょうか」
「戻ってくる時に普段の化粧品と鏡も持ってきてね」
ルーカスの言葉に頷いて、ソフィアが魔法卿の腕をとって部屋を出る。なんとなく二人とも上機嫌に見える。
戻りを待ちながら軽く息をついた。
黙って聞いていたオスカーがぽつりとつぶやく。
「他の男の服を着せたくないというのはわかるな」
「そういうものですか?」
「あはは。変装用でも拒否されるのはなかなかの独占欲だと思うけど、好きな子が自分の服を着てくれるっていうのにはロマンがあるよね。ジュリアちゃん、いつかオスカーのシャツを着てあげてね?」
「私が着たらダボダボだと思いますが……」
「……すごくいいと思う」
オスカーが恥ずかしそうに手で顔をおおう。彼がいいなら喜んでと思うが、何がいいのかはわからない。
「あと、ジュリアも普段から男装で外に出ればいい気がしたのだが」
「はい?」
オスカーは何を言いだしたのだろうか。
「狙われるという意味だとソフィア嬢よりジュリアだろう?」
「落ちついてください。あなたがそれだけ大事に思ってくれるのは嬉しいけど、普通にしていても問題は……」
「あったよな? いろいろと」
自分が女性であることで起きた数々のちょっかいが脳裏に浮かぶ。
フィン、ダッジ、バート、スピラ、極めつけはエルフの里での伴侶選び騒ぎ。
「……ありましたね。確かに。いろいろと」
「あはは。ついでにジュリアちゃんも男装する? ぼくの服を貸そうか?」
「それは自分もイヤだと言ったと思うが?」
「サイズ的には私のもいけるんじゃない?」
「ルーカスの服がダメでスピラのがいいわけがないだろう」
「スピラさんの服だと、着替えても女性に見える気がします。動きやすいパンツスタイルを何着か持っているので、それをベースにしてもらう方がいいかなと」
「そういえば男装してたことあるもんね」
「簡単に見破られてものすごく恥ずかしかったので、完全に黒歴史ですが……」
今の時間で初めてルーカスに会った時だ。自分は男装していたからオスカーに気づかれないはずだと思っていたら、普通に呼ばれた。逆に、女装していたルーカスはまったく分からなかった。技術力の差だろうか。
「いっそ一時的に性別を変える魔法を使っちゃえば? 私から習ってない?」
「師匠ができるのは知っていましたが。あの時は興味がなかったから覚えてないですね」
「いつでも教えるし、必要があったらかけてあげるよ」
「ありがとうございます」
「早速次の目的地で試してみるか」
「いいんじゃない? ジュリアちゃんに言いよる男が減るのはいいことだと思うよ」
オスカーとルーカスが全面的に支持してくるくらいには、性別を変えた方がいいらしい。
まとまったところでスピラが首をかしげる。
「ちょっと話が変わるんだけど、私ももっと男に見えるようになるにはどうしたらいいかな」
「スピラさん、男っぽくなりたいんですか?」
「そりゃあね。好きな女の子の前で周りから女扱いされてるのが嬉しいわけじゃないから」
ルーカスが答える。
「キャスケット帽は外せないだろうから、服の感じを変えるより、これからソフィアさんに教える化粧を一緒に覚えてもらう方がいいんじゃないかな」
「確かにって思うけど、男なのに男に見える化粧をするってなんか複雑……」
ノックの後に扉が開けられて、ソフィアたちが戻ってくる。
「こんな感じでどうかしら? ぜんぜん大きさが合わなくて、似合わないのだけど」
「うん、まあ、服は後で買ってね。とりあえず女性を男性風にするお化粧を教えるね」
メイドが台車で運んできた化粧品を前に、ルーカスが下地から作っていく。ソフィアが手鏡を片手にやり方を見る形だ。スピラも真剣に見ている。
「このくらい揃ってるとやりやすいね」
「ソフィアの顔に触らないでどうにかできないのか?」
「あはは。さすがにこれを浮遊魔法とかでできるほど、ぼくは器用じゃないからね。道具を挟んでるからそこは許して」
最初は自分がパーティ用に教わったメイクと変わらない感じだ。
「目元と眉の形、それからシャドウの入れ方がポイントね」
言いつつ、特に目元を丁寧に描いていく。髪が長いままでも男性的な印象に変わっていくから不思議だ。
「はい。髪は演劇用の、髪をまとめるネットを使ってカツラをかぶる方が、室内作業だと帽子より自然だろうね」
「お前は本当に特殊な魔法使いだな」
「あはは。魔法じゃない魔法の方が魔法より得意だからね。
普段使いにしないにしても、一応性別変更の手段は用意しておいてね。誰か疑う人が出たらその時だけ使う感じで」
「おう。手配する」
さすがの参謀ルーカスだ。
「ジュリア嬢から見て、ソフィアは女性にモテそうか?」
「そうですね。かなりカッコイイ方じゃないでしょうか。ちょっと現実離れしている感じもあって、ファンクラブとかできそうです」
自分はオスカーの方がカッコイイと思うけれど、この場では伏せた方がいいと思って黙っておく。
「そうか……。まあ女にモテるぶんにはいいか」
魔法卿がつぶやいて、ソフィアがクスクスと笑う。
ルーカスから笑い方や話し方の指導も入った。声を変える魔道具は服やカツラと同じくらい必須なようだ。




