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15 想定外の提案から発覚した魔法卿の本音


「もうそろそろ朝ごはんに呼ばれるころでしょうか。モモはお留守ですかね」

「うん。少なくとも魔法卿には見せない方がいいだろうね」

 ルーカスの言葉を受けて、スピラからモモに留守番を伝えると、モモがピタッとスピラに貼りついた。


「モモ、スピラ、いっしょ〜」

「ダメって言われたでしょ? モモ、ステイ」

「や〜」

「困りましたね……」

「お任せをヌシ様! オイラが新参者に使い魔のなんたるかを叩きこんでやります!」

 鼻息荒く言うが早いか、ユエルがモモを蹴り剥がす。


「ユエルが遊んでくれるなら安心です。ちょっとプレイエリアを作りましょうか」

 ダンジョンエリアの中に小型の山や川を作って遊べるようにする。岩場に魔力だまりを用意したらモモが嬉しそうに貼りついた。


「私が好かれてるんじゃなくて、私の魔力が好かれてる気がしてきた……」

 スピラが苦笑する。

 ルーカスの頭の上からジェットが降りて、二体を見守る体勢になる。ルーカスとはアイコンタクトで済んでいるようだ。ジェットもいるなら、より安心だろう。

 使い魔だけでダンジョンスペースで遊ばせておく。


 集会スペースに戻ったところで、扉のひとつが叩かれた。迎えにきたメイドに連れられて昨夜と同じダイニングに行く。

 軽めでとお願いしていた通り、さらっと食べやすそうなパン、スープ、サラダが用意されている。


「おはようございます、ソフィアさん」

「おはよう、ジュリアちゃん、みなさん」

「あれ、魔法卿は」

「昨夜も遅かったから、そのうち起きてくるんじゃないかしら」

 案内された席について朝食をいただく。


「大変なお仕事ですよね」

「そうね。あの人がもっとうまく人に振れるといいのだろうけれど。確かに、他の人たちが集団で対処するよりあの人一人でなんとかした方が早いことも多いみたいなのよね。

 でも、それだと下が育たないでしょう? 頼られても振り直して、いくらかはできないことを許容して任せなきゃ」


「魔法卿がそうしちゃうのもちょっとわかる気がします。私も一人でなんとかしようとしちゃうクセがあってオスカーに怒られていました。

 オスカーが一緒に背負ってくれるようになって、それからルーカスさんが加わってくれて。スピラさんとペルペトゥスさん、他の友人たちも。みんなが支えようとしてくれるから、うまく甘えられるようになったのかなって。

 私だけではうまくできないこともたくさんあって……、魔法卿も私と同じで、魔法で解決できることは得意でも、それ以外はあまり得意じゃないのかなって。ルーカスさんみたいな参謀が必要なのかもしれませんね」


「参謀……」

「あ、ルーカスさんはダメですよ。うちの参謀はあげられません」

「それは魔法使いじゃなくてもいいと思う?」

「魔法の才能とは別の才能ですよね。この前、魔法卿も、『魔法使いの才能が魔法の才能だけじゃないことを知った』みたいなことを言っていたので。ルーカスさんの才能は認めているんじゃないかなと」

「そう……」


 ソフィアとそんな話をしていると、メイドがうやうやしく扉を開いた。

「出発前に間に合ったな」

 入ってきた魔法卿が大きくあくびをする。

「おはようございます」

「おう」

 魔法卿が気だるそうに席につく。仕事中よりだいぶ雰囲気が柔らかい気がする。


「エーブラム。提案があるのだけど」

「なんだ?」

 ソフィアの言葉に、魔法卿がまだだいぶ眠そうに答えた。


「私、あなたの秘書になろうと思うわ」


「は?」

 理解不能という顔で、魔法卿が指でひたいをトントンした。

「何がどうなってそうなったんだ?」


「あなたは自分のところに回ってきたことを、なるべく自分で解決しようとするでしょう?」

「そりゃあな。それぞれの場所で手に負えなくて上げてこられているわけだから、それしかないだろ?」

「他の人に行ってもらうとか、差配すれば済むことも混ざっていると思うのよ」


「適任者を探して余力を確認して話を振ってってことを試した時期もあったが、その方が労力がかかる上に、結局尻拭いになることも多かったんだ」

「その労力の部分を私が代われたら、だいぶ負担が減るんじゃないかしら」


「それで秘書か……。けどなあ……。ソフィアは働いたことがないだろ?」

「これでも子爵家の娘よ? それなりの社交と差配は経験しているし、あなたがいないこの家の最高責任者は勤めてきているわ」


「俺が望むこととしてはそれで十分なんだが」

「子どもを望んでいた時にはその方がよかったのだけど。そろそろ年齢的にそれも厳しいでしょう?

 遅くまで独りで待っていたり、休日も独りでいるより、あなたの仕事を減らして一緒にいられた方がいいと思うの」


 どちらの言うことも一理ある気がするけれど、自分の感覚としてはソフィア寄りだ。

「心配なら、お試し期間というのはどうでしょうか。魔法使いになる時には二年の見習い期間がありますよね? 見習いとか研修として試しに入ってもらって、お互いによさそうなら継続、みたいな」

「それはいいわね。その間は無給でも構わないわ」

「けどなあ……」


「まだなにか問題があって?」

「……なんだかんだ、現役の魔法使いは男が多いんだ。独身もいれば倫理観が薄いヤツもいる」

(ん?)

 想定はしていなかったけれど、父も言いそうなセリフだと思った。


「あはは。要は魔法卿はソフィアさんを他の男の目にさらしたくないんだね」

 ルーカスが冗談めかしてカラカラと笑う。受ける魔法卿は真剣だ。

「当然だろ? ソフィアにその気がなくても魔法使い相手に何をされるか」

「魔法卿の奥さんと知って手を出すのは相当な気がしますが」

「いないと言い切れるのか?」


 言い切れるかと言われると言い切るのは難しい。頭が痛いことに、バートのようなケースもあるのを知ってしまっている。


「お前らを許してるのはあくまでもジュリア嬢の取り巻きだからだからな?

 つい先日だって絶対大丈夫だろうと思った相手を関わらせたら、俺には塩対応なのにソフィアには優しいし、ソフィアには連絡先を教えるし、さらうと脅されたし……」

(それって私のことよね……?)

 山のヌシの老エルフとして、ソフィアを泣かせたら連れ去ると言った件だろう。


「ふふ、あはははは」

 ソフィアがお腹を抱えて高く笑った。そういう笑い方をするイメージがなかったから少し驚いた。

「あまり外に出してもらえないと思っていたら、そんな理由だったの? エーブラム、あなた、そんなに私のことが好きだったの??」


「好きに決まってるだろ? 不自由のない暮らしはさせたいし、可能な限りの要望は叶えたいと思っている。けどな? 狼の群れに鹿を放り込むのは論外だ」

(同じようなことを言われたわね……)

 父は心配症だと思っていたけれど、まさか魔法卿が奥さんに対して同類だとは思わなかった。他人事ひとごとならほほえましく見えるから不思議だ。


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