13 スライム地獄の対処法
「でも、なんとかなったんでしょ?」
ルーカスから軽い感じで聞かれて頷いた。
前の時、第一層のスライム地獄は元より、他もすべて攻略した。それでペルペトゥスに会えて、時間を戻せて今ここにいられている。
ドラゴン・スライムからの攻撃をよけたり防いだりしながらスピラが話を受ける。
「いくつか方法はあるからね。跡形もなくなるくらい強力な物理攻撃で破壊しきるか、ドラゴンスライムの魔法耐性を超える魔力量で押しきるか」
「あはは。普通の人にはムリそうだね」
「アイアン・プリズン」
唱えて、隙間のない鉄の板でドラゴンスライムを閉じこめる。
「私は倒す必要がないことに気づいて。戦闘力自体は低いので、捕まえて二層に行ったんです。基本的に他の場所には移動しないので」
「なるほどね。確かに、倒さないと次に行けない仕様じゃないならそれで十分だね」
ルーカスが納得したところで、スピラがいやいやと手を振った。
「ジュリアちゃんは簡単に言ってるけど、スライムって普通は魔法で捕まえられないからね?
スライム用のガラス瓶とかガラスの水槽が基本だけど、ドラゴンスライムが入るサイズのガラスなんて持ちこめないし、入れられたとしても壊しちゃうだろうし。
ミスリルは魔力として消化されるから向いてなくて、鉄や木の檻はすきまができるからそこから逃げちゃうでしょ?
それこそ今ジュリアちゃんがやったみたいな特殊なアイアン・プリズンくらいしか対応できないんじゃないかな」
「要はジュリアだからできたってことか」
「そういうことになるね」
「ひととおり試したらこれが一番よかっただけなのですが……」
浮遊魔法で檻を浮かせてダンジョンの入り口に運んでいく。
「ダンジョンマスターのペルペトゥスさんに消してもらうっていう手もあったのかな?」
「ウヌがダンジョンマスターとしての力を使うには元に戻る必要があるからのう」
「ダンジョンの中に入ってからじゃないとダメですね」
「うむ。ウヌは構わぬが、ヒトの子が困ろう。一度中に入って、入り口を広げようかのう」
今の入り口だと鉄の檻が通らなかったため、ペルペトゥスがダンジョンに入って元に戻り、入り口を調整してくれた。
みんなで中に入ってドラゴンスライムの檻を解除する。ドラゴンスライムがダンジョンマスターのペルペトゥスに深く頭を下げる。
くっついていたスライムたちがパラパラと離れていくと、人間の子どもくらい大きさになった。このくらいだと外見もかわいい。
(強さは本当にかわいくないけど)
ペルペトゥスがダンジョンマスターの権限でドラゴンスライムを一層の最奥へと送る。それから、ダンジョンを出るのにも合言葉が必要な形に変えた。
「出る時の合言葉は『フォルサン・エト・ハエク・オーリム・メミニッセ・ユウァービト』よ」
「はい?」
「待って、ペルペトゥス。古代言語でその長さは今の子たちには嫌がらせだから」
「あはは。完全な帰らずのダンジョンになっちゃうね」
「そうかのう?」
「あの、ペルペトゥスさん、『オスカー大好き』に書き換えませんか?」
「ウヌは構わぬが」
「構わないのか……」
「あはは。それはそれで推測のしようがなくて、普通の冒険者は帰れないだろうね」
「このあたりに書いておけばいいんじゃないでしょうか」
「いや、誰もそれが出るための合言葉だとは思わないだろう」
「まあ、ペルペトゥスのダンジョンに普通の冒険者は入れないだろうし、入れたとしても出口の合言葉どうこうの前に帰れる状態じゃなくなるだろうから、そこはあんまり気にしなくていいんじゃないかな」
「それもそうですかね。まず入るための合言葉を手に入れるのが大変でしたし」
「ペルペトゥスさん、さっきの言葉はどんな意味なの?」
「『きっと今の苦しみを思い出して喜べるときがくる』よな」
「いい言葉だね。現代語にしておいてもらえると、ぼくらの出入りが楽になるんだけど、どうかな?」
「ふむ。よかろう」
合言葉を書きかえてからペルペトゥスがヒト型になる。全員でダンジョンを出て、ていねいに出入り口を閉め、草や葉で隠しておいた。
「さて。ムンドゥスの南西の祭壇はここを起点に、南に五十歩、西に六十歩じゃ」
「ずいぶんアナログだね」
「元々は向こうを起点にウヌのダンジョンがわかるようにしたのじゃが、長い年月の中で向こうの目印が埋もれてしもうたからのう」
ペルペトゥスに言われたように数えながら歩いてみる。
「このへんですかね? アド・アストラ・ペル・アスペラ」
いつもの合言葉を唱えたけれど反応はない。
「はて。おかしいのう」
「歩幅じゃない? ペルペトゥスさん歩いてみてよ」
ルーカスに言われて、ペルペトゥスのダンジョンの入り口に戻ってやり直す。
「あ、ほんとですね。ぜんぜん移動距離が違いました」
「アナログの弊害だね」
「言葉だけで教わっていたらずっと見つからないところでした」
ペルペトゥスが歩いた距離で合言葉を唱えたら、今度は難なく開いた。ここも地面から地下に向かう形だ。
慣れた手順で祭壇に髪を納める。これで残りは二ヶ所だ。
外に出て、こちらの入り口も草木で隠し直してから、空間転移で魔法卿の庭の集会所に戻った。
地下に作ったスペースに移動してひと息つく。
「あれ、スピラさん、背中にスライムがくっついてますよ」
小さいサイズのそれをつまんで外し、みんなの前に置いた。
「桜色? 珍しいね」
「ポイズン・スライムのなりかけかな」
「ふむ。戻しに行くのもめんどう故、ここで飼っておくかのう」
「そうですね。害はなさそうですし」
スライム一匹が吸う魔力は微々たるものだ。数が多くなると命に関わることもあるけれど、自分やスピラの魔力量ならそれもあまり問題ない。
軽く触れると少しひんやりして気持ちいい。今のところ、毒という感じはしない。
「ピピィッ!」
ユエルが怒ったように間に割って入る。
「あはは。ジュリアちゃんの使い魔の座は渡さないって言ってるっぽいね」
「スライムを使い魔にするのは聞いたことがありませんね」
「ピカテットを使い魔にしているのも珍しいけどね?」
そう言うルーカスの頭の上でもジェットがくつろいでいる。
「名前、つけておきますか?」
「そうだな。あった方が便利だろう」
「スピラさんにくっついてきていたので、スピラさんがつけた方がいいでしょうか」
「わたし? そうだね……、じゃあ、モモかな」
「モモ?」
「うん。桜色で桃っぽいから」
「あはは。そう言われると食べ物に見えてくるね」
会話は全くわかっていないはずのモモがルーカスとスピラから離れて自分に寄ってきて、ユエルにつつかれた。ユエルの遊び友だちとしてもアリかもしれない。




