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12 ペルペトゥスのスライムは手に負えない


「今日はどうする? 夜までに戻ればいいなら、軽いところは済ませちゃう?」

「確実なのはペルペトゥスさんのダンジョンの近くですよね。……何も起きないでしょうか」

「何もというのは?」

「エルフと少し話せば済むかと思っていたのに里長にされたり、名もなき者の墓の近くはすぐに終わると思ったのにヴァンパイアに会ったり、様子を見に行くだけのつもりが大事件に巻きこまれたり……」

「あはは。たしかに今まで何もなかったことがないね」


「さすがにそんなに続かないんじゃない?」

「だといいのですが」

「何か起きるとしても行くしかないからな」

「それもそうですね」

 オスカーの言う通りだ。何が起きるとしてもここであきらめるという選択肢はない。


「集会所に出て、空間転移でペルペトゥスさんのダンジョンの前まで行ってみましょうか」

 満場一致で了解が返って、すぐに出発した。


「あっついね……」

 着いたとたんにルーカスが声をあげる。火山帯などを抜いて一番暑いエリアからは少し南に抜けているけれど、熱帯の密林だ。生身では確かに暑い。

「そうでした。モッレ・テンペリエース」

 体の周りを適温に保つ古代魔法をみんなにかける。スピラも手伝ってくれたからすぐに終わった。


 生い茂った森の中にいろいろな生き物の気配がある。

「ここから近いんですか?」

「うむ。下を歩かぬと位置がわからぬから、ここから歩いて行く」

 そう言ってペルペトゥスが自身のダンジョンの入り口へといったん足を向けた。

 後ろをついていこうとしたら、ぐにっとした何かを踏んだ感触がある。


「あれ、スライム……?」

「え、スライム?」

「スライムは絶滅危惧種の魔物じゃなかったか?」

「よく見るとけっこういるね。このへんって生息地だっけ?」

 ルーカスが足元の葉っぱの奥で見つけた一匹をつまみあげる。


 スライムは魔力の膜で包まれたゲル状の魔物だ。最下級の通常のスライムに意思はなく、魔力を発するものにくっついて魔力を吸うくらいしかしない。

 普通の人でも簡単に倒したり捕まえたりすることができ、魔力回復液の材料になるため乱獲された時期があり、野生ではほとんど見なくなっている。今は魔力回復液の生産施設や魔物の展示施設で育てられているのが主だ。


「生息地ではなかった気がしますが。そういえばペルペトゥスさんのダンジョンの第一層はスライム地獄でしたね……」

 あまり思いだしたくない記憶だ。個々のスライムは弱いけれど、数が多かったり、意思を持つ上級スライムになったりすると、それなりにやっかいになる。通路いっぱいに隙間もないほどのスライムが降ってくるのは完全に嫌がらせだった。


「ふむ。ウヌの棲家から出てきたようだのう」

「はい?」

 ペルペトゥスは何を言いだしたのか。

「ダンジョン魔法は通常、出る時の合言葉は設定せぬであろう?」

「そうですね」

「ダンジョンから出るのを制限しようとすればできるが、特に設定しておらぬ」


「え、でも、普通ダンジョンの魔物がダンジョンから出てくることはないですよね?」

「ダンジョン内の方がダンジョンマスターの魔力に満ちていて居心地がよいからのう。ウヌがひと月以上留守にしたことで、最も魔力が薄かった一層の者たちが魔力を求めて外に出たのであろう。

 昔はヘタなダンジョンマスターが魔物を増やしすぎてダンジョン内の魔力が足りなくなり、外にあふれ出るようなこともあったが。そのような場所はグレースの時代に駆逐くちくされておる」


「じゃあ、この子たちはペルペトゥスさんのところの子たちなんですね」

 話しているうちにわらわらとスライムが集まってきている。自分とスピラにくっついてくるものが多く、スピラは自分で払っていて、自分のところのはオスカーもつまんで放り投げてくれている。なかなかの数だ。


「面倒だが、回収して出口を閉じておこうかのう」

「スライムだけなら別にいいんじゃないかな? いてもそんなに困らないし、素材として重宝されるし」

 ルーカスの視点は魔法使いとして正当だろう。相手が普通のスライムなら、だ。


「それが、ペルペトゥスさんのダンジョンのスライムはなかなかやっかいで。出てきているのが最下級だけならいいのですが……」

 話しているとドラゴンの咆哮ほうこうが聞こえた。子どものような、少しかわいい声だ。けれど、この相手はかわいくないのを知っている。


 あたりに集まっていたスライムたちが声がした方へと跳ねていく。そこにいた何かとどんどん一体化して、ズンズンと大きくなる。

「あれは……」

「ドラゴンスライムですね……」

 数メートルのサイズになって密林の上に顔がのぞいた、半透明のドラゴンの姿にため息がでる。


「ドラゴンスライム? 聞いたことないんだけど?」

「ペルペトゥスのオリジナルだからね」

 自分と同じように、そのやっかいさを知っているのだろうスピラが苦笑する。

「今はまだ透明だからまだマシなんだけど……」

 そう言ったのと同時に一部が紫色に変わり、毒液が飛んでくる。


「プロテクション・スフィア」

 ドーム型の防御壁で毒液を防ぐ。

「他にも取りこむスライムの種類によって、いろいろな攻撃をしてくるんですよね……」

「ね。今のはポイズンスライムで、他にファイアスライム、ウォータースライム、サンダースライム、ブリザードスライムかな」

 スピラが思いだす間にひととおりの攻撃を浴びた。全て防御魔法で防いだけれど、相手は完全にやる気のようだ。


「早く倒した方がよさそうだな。エンハンスド・ホールボディ。アイアン・ソード」

「あ」

 オスカーが切りこんでいく。鉄の剣がドラゴン・スライムを真っ二つに両断する。


「オスカー、よけて!」

 声に振り返ったオスカーが飛んできた毒液をよける。ドラゴンスライムはなにごともなかったかのように元の姿に戻っていく。


「通常の物理攻撃は無効なんです」

「ブレージング・ファイア」

 すかさずオスカーが強力な炎を放ってドラゴンスライムを包む。直後、ドラゴンスライムの方から火炎が飛んだ。

「ウォーター・シールド」

 オスカーがなんなく相手の攻撃をさばく。が、炎が収まったあとのドラゴンスライムも無傷だ。


 スピラが肩をすくめる。

「魔法耐性も高くて、上級魔法でもほとんどダメージが入らないんだよね」

「そんなのをどう倒せというんだ……」

 オスカーが眉をしかめつつ、距離をとって戻ってくる。


「まったく同感でした……。第一層からこのダンジョンはどうなっているのかと。泣きたくなりました……」

「ジュリアの苦労を改めて理解した気がする……」


 最強の生物(エイシェントドラゴン)が作った、準伝説のダークエルフ(スピラ)と遊ぶために改良を重ねたダンジョン。

 そこは人が攻略するようにはできていなかった。正直、思い出したくない。今回はスピラがペルペトゥスをひっぱりだしてくれて本当によかったと改めて思う。


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