11 出発前の最後の日と、あっさり移籍完了
翌朝の出勤前に、魔道具の手紙を孤児院に送った。相談したいことがあるから夕方に友人と訪問したいという内容だ。同封した返信用の魔道具で歓迎すると返ってきた。すぐにショー兄妹に訪問オーケーの連絡をして予定してもらう。
配達の研修は予定通り区切りがついていて、今日は魔法協会で一ヶ月の報告書を作成する日だ。オスカーとルーカスと一緒に出勤する。ユエルとジェットの使い魔組も一緒だ。
本来はあと十一ヶ月間見習いの外部研修が残っているけれど、魔法卿の元で働く期間を研修として換算してもらえるそうだ。前の時に一度全部の研修を受けているから、その方がありがたい。
「お久しぶりですが、ジュリアさん。お変わりありませんか」
「はい、ストンさん。おかげさまで」
「ジュリアさんがいなくなるの寂しくなるなあ」
「ありがとうございます、ダッジさん」
その後お針子さんの彼女とうまくいっているようで、ダッジとはほどよい距離感でいられている。近づきすぎない仕事の関係なら、いい先輩だ。
オスカーとルーカスもいるからか、若手の男性たちが集まってくる。
「ほんと、ジュリアさんが移籍するのはさみしいな。外部研修でいないのと、ホワイトヒルを出るのとだとぜんぜん違う感じがするよな」
「ぼくらは? ぼくとオスカーも一緒なんだけど?」
「お前らはむしろうらやましい。なんだ、魔法卿直属かつジュリアさんとずっと一緒って。うらやま死ぬぞ。
特にルーカス、お前は魔法はヘタだし、ジュリアさんの婚約者なわけでもない。なら、俺が行ってもよくないか?」
「あはは。そこはぼくの普段の行いがいいからかな」
「魔法卿と交渉してくれたのはルーカスさんなので。ルーカスさんがいなかったらこの話自体がなかったから、感謝してます」
「ほんとなんなんだよ、ジュリアさんのこいつへの信頼感……。うらやま死ぬ……」
「あはは」
その後もいろいろな人からちょいちょい声をかけられ、お昼は久しぶりにみんなでランチになり、忙しくも嬉しい一日だった。
ルーカスは孤児院と関わりがないため、オスカーと二人でショー兄妹と待ち合わせた。食べ物と服のお土産を持って孤児院に顔を出す。
マダムユリアビレッジの観光地化計画を話し、ぜひモニターとして招待したいと言うと喜んでもらえた。
合わせて、自分たちがホワイトヒルを離れることと、ショー兄妹が担当することを伝える。
「お二人にはとてもよくしていただき、子どもたちも懐いているので、ここを離れられるのはたいへん残念です」
「ご実家に戻られる機会にお時間がありましたら、お立ちよりくださいね」
「ありがとうございます」
子どもたちと少し遊ばせてもらってから、見送られて孤児院を出る。初めてオスカーと一緒にボランティアに来たのがもう遠い昔のことのようで、懐かしさと感慨深さがあった。
移籍の日、トラヴィスの空間転移で迎えに来た魔法卿が父と軽く挨拶をして、一緒にホワイトヒル支部を出る。
自分の頭の上にはユエル、ルーカスの頭の上にはジェットが乗っている。
子育てを挟んだことで二羽のいちゃつきが減って、落ちついた深い絆に変わったようだから、長期の旅にはジェットも連れて行って問題ないだろうと判断した。
スピラとペルペトゥスと合流し、いつものように魔力回復液をがぶ飲みしたトラヴィスに連れられ、魔法卿の家に空間転移した。庭の、みんなの家を建てた場所だ。
「お前らが気に入るかはわからんが。どっか行くにしろ拠点は必要だろうと思って用意した。好きに使ってくれ」
(ソフィアさんがそう言って、私が建てたのだけど)
「ありがとうございます」
「いろいろな形でおもしろいね。魔法卿のアイディアなの?」
ルーカスがしれっと言う。
「いや。ちょっとしたツテで頼んで建ててもらったらこうなった。俺も想定外だな」
「真ん中がみんなの場所っていうイメージですかね。それぞれどれにしましょう?」
ルーカスを見習ってしれっと言ってみる。それぞれが希望した形を示して円満に決まる。
「お前ら三人は俺の直属ってことになってるが、基本的に俺は口も手も出さないから好きにしてくれ。ただし、週に一度を目処に可能な範囲で安否確認は送って来い。安全配慮義務やら監督責任やらは俺にあるからな」
「わかりました」
「おう。あと、なんか困ったら相談してこい。できる範囲で計らってやる」
「その代わりに仕事の手伝いとか頼まれそうだよね」
「当然だ。手伝いというか、立場上正当な仕事として振れるからな。それと……」
「多くない?」
「これで最後だ。俺の妻のソフィアが、今日くらいはゆっくりしていけと言っていた。夕食をもてなしたいそうだが、都合はどうだ?」
「そうですね……」
みんなの視線が自分に集まる。自分が決めてよさそうだ。
「……なら、お言葉に甘えさせてもらえればと思います」
ソフィアとは山のヌシの老エルフとして最近会ったけれど、ジュリアとしては会っていない。こっちに来てから会おうと約束していたから、今夜のお誘いは嬉しい。
「おう。そう伝える。その時に俺はいられるかわからんが、迎えをよこす。好きにくつろいでくれ」
「わかりました」
魔法卿とトラヴィスが空間転移で移動していく。次の仕事に向かったのだろう。
「ペルペトゥスさんの部屋が一番力作かな?」
「これはほんとに、イメージをしっかり魔法に乗せるのが難しかったです……」
「それでも作りあげちゃうんだもんね。さすがジュリアちゃん」
「プレイ・クレイならスピラさんもできるんじゃないですか?」
「どうかな。私はもうちょっとテキトーに済ませる気がする」
「集会所に入って、まずそこからダンジョンを作りましょうか。その後、全員の部屋に出入り口をつなぎましょう」
「あはは。まさか世界最高峰の魔法使いの家の庭に、エイシェント・ドラゴンのダンジョンを作っちゃうなんてね。魔法卿が知ったら頭を抱えるだろうね」
「頭を抱えるくらいで済めばいいのですが」
「ファケレ・メイ・ヒュポゲーウム」
集会所の床に手を当てて、ダンジョン生成の古代魔法を唱える。仕様はホワイトヒル近くに作ったものと同じで、元の大きさのペルペトゥスがくつろげる広さをとり、ホウキで中に降りる形だ。
それぞれの部屋に同行して、希望の場所からダンジョン空間への扉をつなぐ。自分の部屋は寝室の外側の部屋からだ。
ダンジョンの中に食事や調理用のスペースも作っておく。どのくらい使うかはわからないけれど、あればあったで便利だろう。
「あ、ちなみに、今夜みなさんが会うソフィアさんは魔法使いではないのですが、魔法使いよりすごい特殊能力持ちで。
私の友人にダークエルフやエイシェントドラゴンがいることを見破られているので、二人の正体にはすぐ気づくと思います」
「え、それって大丈夫なの?」
「はい。今までも魔法卿には内緒にしてくれていますから」
「そのあたりがいる可能性も含んで夕食に招待してくれたとしたら、ソフィアさんってすごい人だね。キモが座ってるっていうか」
「そこは、はい。そうですね。だてに魔法卿の奥さんじゃないなと思います」




