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5 見ての通りの魔法じゃないらしい


 オスカーと魔法卿が思い思いにメテオの修行にはげむ。


 オスカーは回数制限があるからか、いきなり唱えるのではなく、イメージトレーニングから入ることにしたようだ。練習用のエリア外に座って目を閉じている。

 近すぎないくらいの距離で彼の近くに座って、二人の様子を見守る。


(暇ね……)

 自分は特にすることがない。魔法卿もいる手前、ずっとオスカーを眺めているわけにもいかない。あまりに暇だから、魔力を増やす瞑想をしておく。


「天空に燃ゆる数多の星々よ、幾星霜いくせいそうを経た輝ける光よ、なんじらの前に我らはちりに等しき。極小なる者に力の欠片かけらを分け与えん。メテオ」

 しばらくして、何度も繰り返した魔法卿の詠唱に反応があった。パラパラと空から小石が落ちて砕ける。


「大きくしすぎて被害を出さないようにとは思っていたが。中級魔法くらいの魔力を込めてこの規模か……。まったく実戦向けじゃないな……」

 それを聞いたオスカーがゆっくり目を開けた。


「天空に燃ゆる数多の星々よ、幾星霜を経た輝ける光よ、汝らの前に我らは塵に等しき。極小なる者に力の欠片を分け与えん。メテオ!」

 拳大の隕石が数個、ドカドカと落ちた。相手が魔物でも殺傷力はありそうだ。

 中年のエルフ姿のまま、ちょっとドヤっているように見えるのがかわいい。


「さすがじゃ」

「まあ、相手はエルフだしな。悔しくなくはないが」

(中身がオスカーだってわかったらすごく悔しいんじゃないかしら)

 自分といる中で、彼はかなり努力をしてきている。この短期間でいくつか上級魔法も覚えたから、新しい魔法を身につける感覚が研ぎ澄まされているのかもしれない。


(今の彼の年齢からしたら相当すごいのよね)

 魔法自体の才能もそれなりにあるのだろうけれど、何よりも、フラットに努力を続けられる才能がすごい。


 オスカーが息をついた。

「今日はここまで、か」

「うむ。その大きさでもかなり魔力を持っていかれておろう?」

「ああ。あとはイメージトレーニングにしておく」

「俺はあんまりイメージトレーニングってのをやったことがないんだが。効果があるんだな」

「当然じゃ」


「メテオの試し撃ちができる場所なんてそうないからな。移動にも時間がかかるだろうし、普段はそうしておくのがいいかもな」

「うむ。教えるものは教えたからの。あとは自力で高めるがよい」

 小さめでも出たなら、あとは慣れていくだけだ。魔法卿の師匠としての役割はここで終わりでいいだろう。少しでも早く切り上げられるなら切り上げて、オスカーとゆっくりしたい。


「おう。師匠、来年にはぜひ成長を見てくれ。あと、今日の昼はうちに連れて来るように言われているんだ。できるだけ来てほしいんだが」

「……行かねばならぬか?」

 正直、どちらも断れるなら断りたい。


「休日に嬉々として出かけているからな。浮気じゃない証拠は見せておくに越したことはないだろう?」

(ソフィアさん、中身が私だって知ってるから浮気も何もないと思うけど)

 困ってオスカーを見る。


「マリンは山の主だからここを離れられない」

「そうか……」

 オスカーがもっともらしい理由をつけてくれて助かった。確かに、リンセの魔法の効果範囲から出るわけにはいかないから、リンセを連れないとここを離れられないのは確かだ。


「なら、こっちに来てもらってもいいか?」

 オスカーと顔を見合わせる。それを断れるいい理由はない気がした。

「……顔を合わせるくらいなら」

「おう。とりあえずそれでいい」

 魔法卿が連絡用の魔道具の手紙を送り、そう経たずにトラヴィスがソフィアをともなってやってきた。


(って、ちょっと待って……)

 同時に、大きなダイニングテーブルとそれに乗った料理も空間転移で運んできている。人数分の量があるから、一緒に食べる気しかなさそうだ。


「はじめまして。エーブラムの妻のソフィアと申します。主人がお世話になっております」

 ソフィアから丁寧に頭を下げられた。

「マリンじゃ」

「スカイだ」


「そっちは俺の移動を手伝ってくれているトラヴィスだ。そういえばマリン師匠は、空間転移は?」

「特殊魔法じゃからのう」

 使えないと言いきるのは抵抗があって、濁しておく。

「やはり珍しいんだな」


「お口に合うかわからないのだけど、せめてものお礼に昼食を用意させましたの。よろしければ」

 立食形式になっていることに魔法卿が眉をしかめる。

「イスはないのか?」

「エーブラムは吾輩をどれだけ魔力回復液漬けにすれば気が済むのであろうか」


 一度ではこれ以上運べなかったのだろう。クロノハック山とホワイトヒルの中間あたりに中央魔法協会がある。ここに来るまでにすでに一本飲んでいるはずだ。もう一往復は酷だと思う。助け船を出す。


「イスはなくても構わないがのう。必要なら魔法で出せばいいのではないかのう」

「イスを出す魔法が?」

「なんでもよかろうが。ここの気温を考えるならミスリルか木がよいかのう」


 さすがに水のイスはまずいだろう。楽だけど、ジュリアとして使ったのを魔法卿に見られている。加えて、沈みすぎるから、寝たりくつろいだりするのにはいいけれど、食事には向かない。

 鉄や岩は冷たいと思う。どれにしても硬いから、何か柔らかいものを乗せたい。


(うーん……、ウッディ・ボックス。グロウ・プランツ)

 無詠唱で木の箱を、背もたれと腕置きつきのイスの形で出す。そこに草を茂らせ、座る部分を特に柔らかくしてみる。


「どうかのう?」

「こいつは驚いたな……。さすが師匠だ」

「どちらも初級魔法だからのう。なんじにもできよう?」

「呪文を教えてもらってもいいか?」

「見ての通りの、ウッディ・ボックスとグロウ・プランツじゃ」


「……いや、まったく見ての通りじゃないからな。最近他のところでもこんなやりとりをした気がするが」

(ううっ……)

「ウッディ・ボックス。グロウ・プランツ。これが普通だ」

 魔法卿が出したのは、座るのにちょうどいい高さの立方体の木の箱だ。その外周を地面から伸びた草が包むけれど、座面にはそわない。


(普通って難しい……)

 そう言いたいけれど、この姿でそう言うわけにはいかない。ちょっとがんばってみる。


「こっちはエルフの普通じゃ」

「ああ、なるほどな?」

 魔法卿がオスカーの方を見る。オスカーが自分に視線を向けてくる。視線を合わせて軽く頷いた。彼が詠唱するふりをしてくれれば、自分が無詠唱で出せばいい。


「……せっかくの料理を冷めないうちにいただきたいのだが」

 オスカーがさらっと話題を変えた。アイコンタクトをしたつもりだったけれど、何も伝わっていなかったようだ。


 ソフィアが笑顔で受ける。

「ふふ。私もそう思っていたのよ」

(これ、私がみんなのイスを出した方がいいのかしら?)

 とりあえずポンポンとイスを増やしておく。

 ソフィアがころころと笑う。

「立食でも食べられるようにしてきたのだけど、エーブラムにはわからなかったのね」

(ううっ、余計なことをしたかしら……?)


「マリン様? お手間をおかけして申し訳ありませんわ」

「いや、わしは構わぬ」

「エルフはあまり肉類を好まないのでしょう? 菜食を中心に用意させましたの。どうぞ自由にお召し上がりになって?」

 確認というより、魔法卿に怪しまれないためにはその方がいいだろうと言われた気がする。


「うむ」

 頷いて、立ったままと座るのとどちらがいいかと様子を見ると、魔法卿がドカッと座った。自分も座ることにする。

 オスカー、ソフィア、トラヴィスが続く。とりあえずイスはムダにはならなかった。


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