2 オスカーにも父にもフィルターがかかっている
空間転移で迎えにきたトラヴィスに軽く挨拶をして魔法卿を送りだす。今日もトラヴィスは魔力回復液のお世話になっていて、ホワイトヒルが中央と近くないのが申し訳ない。
来月から魔法卿づきという名目で、オスカー、ルーカスと一緒に自由に動けることになった。それまでに約束や雑用を片づけておこうと思う。
いろいろと想定外だったけれど、形としては最善だろう。
安心して羽を伸ばしながら部屋を出ようとしたところに、両親の顔が揃っていた。
「私たちには状況説明を受ける権利があると思うのだが、帰ってからジュリア一人に聞くのと、ここでお前達三人に聞くのとどちらがいい?」
父の言葉に縮みあがる。
オスカーとルーカスの顔を見て、二人の頷きをもらって答える。
「……後者でお願いします」
(それはそうよね……)
自分が親でも、さっきの魔法卿の話だけで納得はしないだろう。最高権力者からの命令だから飲むしかないというだけだ。
三人掛けのソファに戻る。向かいのソファに父と母が座った。
「で、何があった」
ちらりとルーカスを見る。頷きが返され、ルーカスが口を開く。
「ごめんね、クルス氏。守秘義務があるから言えないんだよね」
(なるほど、そう答えればいいのね)
魔法卿も秘匿してくれていた。ルーカスのこの答えは自然だ。
「言える範囲のことを話せ」
「出先で魔法卿に会って、ちょっと仕事に協力して、ぼくらが役に立ったからしばらく手伝ってほしいって。当面のことが終わったら帰してくれる気はあるみたいだよ」
「言えるのはそれだけか?」
「うん、そうだね」
「ジュリアからは?」
「……私も、今は同じことしか言えません」
今は、だ。いつかすべてを話せるかどうかはまだわからない。
「オスカー・ウォード。お前はどうだ?」
「ジュリアの不利益にならないことは保証する。彼女の安全も、自分が全力で守ると約束する」
(オスカー……)
完全に巻きこんでいるのに、そう言ってくれる彼が好きすぎる。どうしていつもこんなに嬉しい言葉をくれるのだろうか。
父が順に顔を見て、ふうと息をついた。
「お前たちを信じてジュリアを任せていいんだな」
「ああ」
「うん。ぼくらはいつでもジュリアちゃんの味方だからね。状況によっては連絡できないこともあるかもしれないけど、できるだけ連絡するよ」
「お前からか?」
「あはは。ジュリアちゃんが連絡するかはジュリアちゃん次第だから」
連絡させるとは言わないで、尊重してくれるのがありがたい。向けられた視線に答える。
「えっと……、私も、状況によっては連絡できないかもしれませんが。なるべく心配をかけないようにはしたいと思っています」
「そうか。……どのくらいで戻れそうなんだ?」
「どうだろうね? 数ヶ月か半年か一年か数年か……、ちょっとわからないみたい」
「時々は帰って来られるのか?」
「それも状況次第じゃないかな。今はわからないね」
「なんで全部お前が答えるんだ?」
「あはは。三人の中だとぼくが一番口が早いからかな」
任せて安心、参謀ルーカスにちょっと頼りすぎている気はするけれど、ヘタなことを言ってしまわないためにも任せた方がいいと思う。
(魔法卿の前で「今度は」とか口走っちゃったし)
前の時に十分働いたという感覚だったから、つい出てしまった。他の内容が大きくてスルーしてもらえたのはよかったけれど、後から気づいてヒヤリとしたのだ。つっこまれていたら答えられなかった。
自分が話したら同じことを起こしかねない。こういう時は黙っていた方がいいだろう。
と思っていたら、
「ジュリア」
黙って聞いていた母から落ちついた声で呼ばれた。緊張しつつ母を見る。
「招聘に、あなたは納得しているのかしら?」
答えられることでよかった。安心して答える。
「はい、お母様。私自身のために、行かせてもらいたいと思っています」
「そう。なら、行ってらっしゃい」
「シェリー……」
父が眉を下げ、母がほほ笑む。
「もし魔法卿がムリにジュリアを連れていこうとしているなら、できる限りの手段を考えるつもりだったけれど。
ジュリアが望んで行くなら、信じて送りだすのが親の役割ではなくて?」
「お母様……」
母の愛情が泣きそうなくらい嬉しい。
父がぐっと目頭を押さえて、少し考えてから音を吐きだした。
「……わかった。オスカー・ウォード、ルーカス・ブレア。これは上司からの命令ではなく、親としての頼みだ。人生の先輩として、ジュリアをよろしく頼む」
「ああ、任される」
「うん、喜んで」
笑顔で受けたルーカスが、ニヤリと口角を上げる。
「オスカーには婚約者として頼んだ方がいいと思うけどね?」
「それはダメだ! 手は出すなよ?!」
「……善処する」
(ん? 善処……?)
それは絶対ではないという意味ではないだろうか。今までのオスカーは父に言われた通りに確約していたはずだ。何か心境の変化があったのだろうか。
父がみけんにシワをよせる。
「待て。なんだその煮えきらない返事は」
「クルス氏。自分は改めて確信したのだが」
オスカーが真剣な顔で父を見る。
「なんだ?」
「ジュリアは世界一かわいいだろう?」
「えっ、ちょっ、オスカー?!」
突然何を言いだしたのか。
ルーカスが必死に笑うのをこらえて、こらえられなくて吹きだした。
父が真剣な顔で当然のように頷く。
「当然だ。何を今更」
「お父様?!」
この二人はひいきがすぎる。
「世界一かわいいと言われていた子がいたが、明らかにジュリアの方がかわいい」
「まあそうだろうな」
(ううっ……、穴があったら入りたい……)
「それだけかわいい婚約者と……、つきあい始めて一年近くになるが。自分はよくガマンしていると思う。
ジュリアがかわいすぎるから、今は善処するとしか言えないが。ジュリアを傷つけることは絶対にしないと約束する」
「あはは。バカ正直だね。オスカーらしいけど」
「ふふ。ジュリアは愛されてるわね」
「オスカーにもお父様にも何かフィルターがかかっている気がしますが……」
恥ずかしいけれど、彼の言葉が嬉しくもある。
「オスカーが世界一カッコよくて、世界一私を大事にしてくれる人なのは間違いないので。先輩としても婚約者としても、よろしくお願いします」
「ん……」
笑顔で頷いてくれたオスカーとキスをしたいけれど、父の前だから控えておく。ガマンしているのは自分も一緒だ。




