41 大団円のその後に
(そもそもなんのためにこの国に来ることになったのか……?)
ルーカスから聞かれたことを少し考えて、一泊置いて気がついた。
「……あ。世界の摂理の祭壇があるから来たんでした……」
周りに聞こえそうな人はいないけれど、一応声をひそめておく。
「うん、そうだね。ペルペトゥスさん、場所はわかる?」
「うむ。ちょうどこの魔道具の下であろう。あれだけの魔法が発動し続けられたのは、この地が持っておる魔力によろう」
示されたところは地面までベッコリと凹んでひび割れている。
「アイアン・ハンマーで魔道具を潰した時に入り口も潰れてたりとかは……」
「この程度では壊れぬよ。魔法が刻まれた地面をえぐって粉々にし、別の場所に撒いたりすれば別であろうが」
「今は人目がないし、みんな後処理でバタバタしててこっちを気にかける余裕はないだろうから、今のうちに行っちゃおうか」
「はい!」
ペルペトゥスが壊れた魔道具を持ち上げて、建物のメインの出入り口との動線上を塞ぐように立てて置く。中庭に出ようとした人から、すぐには祭壇の入り口が見えないようになる形だ。
ペルペトゥスが先頭に立つ。
「アド・アストラ・ペル・アスペラ」
いつもの呪文を唱えると扉が上に開く。地下へと階段が続いている。
「念のため急ぎめでね」
ルーカスの言葉に頷いて、早足で駆け降りた。下はエルフの里の時と同じような作りになっている。
三度目は慣れたものだ。祭壇にみんなの髪とユエルの毛を供えて呪文を唱え、急いで戻って扉を閉めた。
「セーフ、ですね」
「ああ。少し悪いことをした気分だな」
「ちょっとスリルが楽しかったね」
みんなで笑う間に、ペルペトゥスが壊れた魔道具を元の位置に戻す。これで証拠隠滅完了だ。
目的を果たして少しゆっくりしていると、カテリーナ一家がやってきた。国王のジェイコブと護衛も一緒だ。ちゃんとセリーヌたちにも護衛がついている。
セリーヌはルーカスがした変装の化粧を落として、かわいいドレスを着ている。髪が短くてもすっかり女の子だ。レナードも王族の服になっている。
「オマエタチニモ セワニナッタ」
「ありがとう、お兄さま、お姉さまたち」
セリーヌがそう言って笑みを浮かべる。
(かっ、かわいいっ!!!)
言葉と合わせて表情も取り戻し始めているようだ。
「みなさんが一緒にいられて本当によかったです。セリーヌちゃん、魔法で髪を伸ばしましょうか?」
「できるの?」
「ジュリア?」
オスカーから心配そうに声をかけられた。簡単な生活魔法だけど、魔法協会では習わない、一般的にはあまり知られていない魔法だ。
「魔法卿にいろいろ見せてるから、もう今更かなって。せっかくなのでかわいくしましょう。グロウ・ヘアー」
セリーヌには長い髪が似合うと思う。腰くらいをイメージして伸ばしていく。スピラが魔力を回復してくれたし、少し時間も経っているから、低級の生活魔法くらいはまったく問題ない。
「あ、鏡も要りますよね」
「ジュリアちゃん、ここは王城だから、持ってきてもらえばいいと思うよ」
村にいた時のように出そうとしたらルーカスに苦笑された。ジェイコブがすぐに護衛の一人に命じて、護衛からメイドに伝えられたようだ。ほどなくして装飾がきれいな手鏡が届けられた。
「わぁっ……!」
セリーヌが鏡を覗きこんでから、たなびく金色の髪を楽しむようにくるっと回った。
「どうですか? お母さま、お父さま、……おじさま」
「セカイイチ カワイイゾ」
「そうだな。よく似合っている」
「不自由させたからな。少し新しい服を買おうか」
「ジュリアの方がかわいいが」
ボソッとセリーヌたちには聞こえないくらいの音量でつぶやきが落ちてきた。
(ちょっ、オスカー?!)
恥ずかしいのと嬉しいのとつっこみたいのとつっこんじゃいけなそうなのとで感情が忙しい。そこは張り合わなくていいと思う。カテリーナからセリーヌへの「世界一」は親フィルターだ。
セリーヌを愛でてからレナードがこちらに向き直る。
「何か贈れたらと相談してみたのだが、何がいいかというのが難しくてな。金品というのも好意に失礼だろうと」
「お気持ちだけで十分です。ありがとうございます」
「遊びに来てね。用意しておくからね」
「それはいいな」
「ソノトキハ モテナソウ」
「えっと……、はい。ありがとうございます」
いつ来られるかわからないと言うのは無粋だろう。いつかの約束として気持ちを受けとっておく。
状況的に簡単なものしか出せないがと前置かれて、少し遅めの昼食が用意された。簡単と言いつつ普段の夕食くらいのボリューム、それ以上の質はある。ありがたくいただく。
食べ終えた頃に魔法卿から連絡魔法が飛んでくる。とり急ぎの用事が済んだようで、現在地確認だった。王宮にいるのを伝えるとすぐにホウキで飛んでくる。
「お前ら、俺が後処理をしているうちに自分たちだけ飯にありついていたとは……」
「あはは。連絡すればよかったかな。邪魔になるかなって思ったんだけど」
「イマカラデモ タベルトイイ」
カテリーナの言葉を受けてメイドたちがあたたかいスープをよそってくる。魔法卿がかきこむようにたいらげて、軽く礼を言った。
「よし、帰るぞ。俺も絨毯に乗せていけ」
「わかりました」
「スピードは出していいのかな?」
「おう。俺が許可する。あのへんてこな形にして、最速でホワイトヒルに戻るんだ」
「ホワイトヒルですか?」
魔法卿を中央魔法協会に届けて帰るイメージだったから、不思議に思って尋ねた。
「おう。エリック・クルスに話があるからな。何時に着くかわからんから魔法協会で待つようにというのと、トラヴィスにもそこに迎えに来るようにと連絡してきた」
(お父様に話……?)
なんだろうと思ったけれど、帰りの絨毯ではすっかり眠ってしまった。大きな魔法を使って疲れたのもあるだろう。
ホワイトヒルに着いた時にはもう夕方になっていた。ちょうど魔法協会が閉まる頃だろうか。
魔法卿はウォーターベッドをすごく気に入ったようで、降りる時にこの乗り物は本気で欲しいと言っていた。
スピラとペルペトゥスとは翌日の約束をして別れる。
緊張した面持ちの父に、魔法卿を先頭に、ルーカス、オスカーに続いて応接室に通された。
簡単な社交辞令の後に魔法卿が宣言する。
「ジュリア・クルス、オスカー・ウォード、ルーカス・ブレアの三名を俺の直属とし、中央へ招聘する。異論は認めない。
が、準備は要るだろうからしばしの猶予を与える。移動は十月一日付だ。当日は朝イチでここに迎えをよこすからそのつもりでいるように」
(……はい?)
来月から、三人揃って魔法卿の直属になるらしい。
自分の中央行きの可能性は考えていたけれど、オスカーとルーカスも一緒なのは想定外だ。




