40 エタニティ王国の大団円
魔法卿の運転で絨毯が降りていく。
人を認識できるようになってきた。
「ゴーストや生き霊は完全に消えているな」
上からもなんとなく見えていたけれど、改めて実感したように魔法卿が言った。
「ヒュージ・ボイス」
魔法卿が拡声魔法を唱える。
『魔法卿エーブラム・フェアバンクスだ。エタニティ王国に異常をもたらしていた暴走魔道具は破壊した。
魔力による影響は解除されているはずだ。様々な被害は残っているだろうが、各々復興にはげむように。魔法協会はでき得る限り最大限の支援を行うことを約束する。
この声は王都と近隣の街にしか届いていないだろうから、他の街への連絡手段がある者たちはこの内容を伝達してくれ。繰りかえす……』
(なんだかんだ、魔法卿はいい人なのよね)
自分の立場からするとあまり関わりたくない相手なのだけど、この場で魔法協会の支援を約束してこの国の人たちを安心させられるのはすごいと思う。一種のカリスマ性もある気がする。
魔法卿がその言葉を伝えた直後から、王都の街中に人があふれる。絨毯がさらに高度を下げると歓声に包まれた。
「魔法卿ー!」
「ありがとーっ!!」
「魔法卿万歳!!!」
大きく手を振る人も多い。
魔法卿が笑顔で手を振り返しつつ、小さく息をついた。
「言っておくが、役割を引き受けたからこうしてるだけで、手柄を横取りしたわけじゃないからな」
「はい。ルーカスさんから聞かれた時に、私がお願いさせてもらいましたものね。ありがとうございます」
「ジュリアちゃんがいいなら私はいいけど」
言いつつスピラは口を尖らせている。
魔法卿が対外的な大人の対応をしつつ、近くの自分たちにだけ聞こえるように呟いた。
「正直、俺もあまりおもしろくないが」
「え。でも、組織の仕事はトップの仕事なんですよね?」
「普通ならな? 俺ができないことを俺がしたことになるってのはどうにも収まりが悪いって感じだな。組織云々じゃなくて俺個人が気持ち悪い」
「そういうものなんですかね……?」
前回と何が違うのかがよくわからないけれど、魔法卿の中では違うらしい。
「まあ……」
魔法卿が何か言いかけたところで絨毯が王宮の中庭に着いた。城内に引いていた人たちが駆けよってくる。
先頭は国王ジェイコブだ。
「魔法卿。この恩は決して忘れない」
「内政干渉は拒否するんだろ?」
頭を下げた国王に魔法卿がニヤリと笑ってそう答える。
「それは……、立場を履き違えたことは心から詫びよう」
「おう。謝罪を受け入れる。が、改めて内政干渉はさせてもらおう」
「何を……」
「カテリーナ女王陛下。魔法協会は御身の退位を正式に聞いていない。故に、この国の今後を決める権限は御身にあると判断するが、いかがする?」
魔法卿の言葉を受けて、トリの姿のカテリーナが飛んで前に出た。
「姉上……? まだそこにいるのか……?」
「ジェイコブ。ナゼ コトノシンソウヲ ワタシニトワズ サキバシッタ」
「……面目ない。義兄上亡き後、姉上は拙を疑っている節があった。話したところで正直な言葉はもらえまいと思ったのと……。
姉上は異常な状態で、対話も危険だろうと言われたことを信じてしまったのと。……正直なところ、正常に判断できているとは思えぬところもあったのだ」
「フム。ナラバ ワタシニモ フソクハアルナ。オマエヲ ウタガッタノハ ソノトオリダ。タガイノ オチドトシテ テウチニハ デキヌダロウカ」
「それは……、拙は何も失っていないから構わないが」
「ウム。カテリーナ・エタニティガ ココニ センゲンスル。ワタシハ タイイシ ジェイコブ・エタニティヲ コクオウトスル」
「姉上……」
「コノスガタデハ ジョオウハ デキヌカラナ。タダシ トウメンハ ワタシガ コウケンニツキ フソクト ハンダンシタナラバ タイイサセル。
マタ セリーヌ・エタニティヲ ジキジョオウコウホトシテ ソダテルコトヲ ジョウケントスル」
「……ジェイコブ・エタニティ、仰せの通りに」
「セリーヌモ ソレデイイカ?」
「……はい、お母さま」
「セリーヌ。お前、声が出るようになったのか」
「……はい、おじさま。まだ……、少し、つっかえるけど」
「そうかそうか。それはよかった。だいぶ話していなかったからな。慣れないのは少しずつ慣れていけばいい」
そう言う国王が本当に嬉しそうで、ちゃんと家族の顔をしていてホッとした。
「よし。魔法卿エーブラム・フェアバンクスが聞き届けた。これからは家族でよく話しあえよ」
「テマヲ カケタ」
「まったくだ」
魔法卿が満足そうに笑ってから、魔法使いたちの方へと向き直る。
「主犯のマーティン・カワードは、中央から迎えをよこすまで魔法協会の魔法封じの牢へ。ここの支部の次の責任者は誰だ?」
「僭越ながら、ダン・セイレムがうけたまわれればと」
「おう。任せる」
(セイレムさんは偉い人だったのね)
周りから異論はない。部門長あたりだろうか。
「あのっ! 魔法卿様っ!」
ポールが大きく声をあげた。
「それはやめろと言っただろ」
「フェアバンク様っ!」
「フェアバンクスだ」
「フェアバンクス様! 祖父は老齢で身内を全て失ったショックで、正常な判断ができなくなっていたのだと思いますっ!」
「まぁそうだろうな」
「僕にできることはなんでもしますのでっ! どうか寛大な措置をお願いしますっ!!」
ポールがガバッと頭を下げる。
「俺一人で決めることじゃないからどうなるかはわからんが。お前がしっかりしているうちは再犯はなさそうだからな。そのあたりは考慮してもらえるようにしよう」
「ありがとうございますっ!!」
「魔法協会の連絡用の魔道具を借りるぞ。連絡がついたら一度戻る。お前たちは帰る準備をしておけ」
「はい、わかりました」
魔法卿の視線を受けてそれぞれ返事をする。これで一件落着だ。
「ジュリア、おかえり」
「はいっ」
今くらいはいいだろうと思ってオスカーに飛びつく。がんばったご褒美だ。嬉しそうに抱きとめてくれるのが嬉しい。
「ジュリアちゃん、ぜんぶ無事に片づいたって顔してるけど、ここに来た目的忘れてない?」
(?)
ルーカスから聞かれて首をかしげる。
「えっと、魔道具を止めてこの国を元に戻すこと、ですよね?」
「うん。やっぱり完全に忘れてるね。ぼくらがこの国に来ることになったのは、そもそもなんのため?」
「そもそも……?」
ルーカスは何を言っているのだろうか。大団円で、あとは帰るだけではないのか。




