39 今日のこの選択には胸を張れる
関係者だけが中庭に残った。
魔法卿、カテリーナ、レナード、セリーヌ、ペルペトゥス、スピラ、ルーカス、オスカーと自分の九人だ。おまけのユエルは定位置の頭の上にいる。
「で、この先、俺はそっちの指揮下に入ればいいんだな」
魔法卿の言葉に驚く間もなくルーカスが頷いた。
「うん。ジュリアちゃん、魔法はどこで使うのがやりやすい?」
「そうですね……、あの雲が魔力に干渉して吸いとるようなので、上に抜けて上から全体を包むのがいいかなと思います。その方が全体の範囲も把握しやすいですし」
「……そうなるだろうとは聞いていたが。本当にできるんだな」
魔法卿が、頭が痛そうに額に手を当てる。
「えっと……、はい」
「いや、何も聞かずに賭ける約束だ。俺は離れていればいいか?」
「うん。絨毯でカテリーナさんたちを連れて上空に行って、ジュリアちゃんの魔法は聞こえない距離で見守ってくれるといいかな」
「おう」
「ジュリアちゃん、絨毯へのミスリル・プリズンもお願いできる?」
「わかりました」
魔法卿とカテリーナ一家が魔法の絨毯に乗る。と、スピラが一歩前に出た。
「それ、私も一緒に行っていいかな?」
「おう。俺はいいと思うが?」
「うん。ぼくもスピラさんにそっちに乗ってもらえたらいいなって思ってた」
「じゃあ一緒に行くね」
(お母さん役をしていたものね。思い入れもあるわよね……)
スピラが絨毯に乗ったところで飛行形態のミスリルの檻で包む。
ルーカスの指示で、魔法卿が上空を目指して飛ばしていく。
「オスカー、大きめに鉄のハンマーを出してもらっていい? 魔法が使えない状況での物理破壊はペルペトゥスさんに任せようと思うんだけど」
「ああ。アイアン・ハンマー。このくらいのサイズでどうだろうか」
魔道具全体をつぶせそうな大きさだ。軽く十トンは超えていそうで、魔法の補助なしには普通は持ちあがらないだろう。
「うむ。なかなかよい。ヒトの魔法使いは器用よのう」
ペルペトゥスがひょいと持ちあげて、ブンブン振ってご満悦だ。オスカーが、身体強化を使えばできるのにという顔をしている。エイシェント・ドラゴンに張り合わなくていいと思う。
「じゃあ、行ってきますね。リリース」
まず自分の魔力を制限していた魔法を解除する。小さくなっていた出口がパッと元に戻った感じがする。
「フライオンア・ブルーム。ミスリル・プリズン」
ホウキに乗って浮かびあがり、自分を飛行形態のミスリルで包む。雲対策だ。ゴーストたちの方は、一気に上空に抜ければ問題ないだろう。
「ジュリア」
高度を上げようとしたところでオスカーの声がした。
「自分は、ジュリアを誇りに思う」
「っ……、はいっ!!」
彼の言葉が、彼の笑顔が、泣きたくなるくらい嬉しい。たとえこの先がどんな道になるとしても、今日のこの選択には胸を張れる気がした。
ホウキを一気に加速させて雲の上まで抜ける。中心地から少し離れたところに、魔法卿たちを乗せた絨毯が小さく見える。
「リリース。ラーテ・エクスパンダレ」
自分と絨毯にかけていたミスリルの檻を解除して、広域化の古代魔法を唱える。指定範囲はこの島全土を包む暗雲の大きさを少し超えるくらいだ。
「ウッディケージ・ノンマジック!!」
檻はただ範囲を囲む以上の意味を持たないから、ミスリルではなく魔力消費が少ない木を選んだ。すきまも広めにして、自分を中心に弧を描いて海面へと向かわせる。
魔力のほとんどを持っていかれる感じがする。相当な集中力も必要だ。
(どうか、どうか……! この島を、この国を、元に……!!)
目に見える木の檻に包まれた場所から、徐々に暗雲が消えていく。
島に日の光が届き始める。その範囲が広がっていき、少しして島全土が巨大な木の鳥籠の中に収まると、暗雲は完全に姿を消した。噴きあがってくる雲もない。
白いモヤの一部は消え、一部は何かに吸い寄せられるようにして高速で動いた軌跡を描き、消えていく。
(成功……、した……?)
ペルペトゥスが魔道具を壊すのに十分な時間を持たせる。
(そろそろかしら……)
「リリース」
魔法封じの檻を解除し、鳥籠の形の木枠を消す。
しばらく様子を見てみたが、再び暗雲が立ち上ってくることはない。
魔法卿が絨毯を寄せてくる。
「よくやった。ジュリア・クルス」
「ありがとうございます。……少し休ませてもらってもいいですか?」
「もちろんだ」
「ありがとうございます」
ホウキで飛んでいられないほどではないけれど、一気に魔力を使いすぎたからか、かなり疲労感はある。
魔法封じ自体がかなり魔力を必要とする魔法だから、広域化をかけたとはいえ、ただ地面を割っただけの時とはだいぶ違う。
絨毯に乗ったところで少しふらついたら、スピラが支えてくれた。
「ジュリアちゃん! 大丈夫?」
「……はい。すみません」
(あれ、この感覚……)
支えてくれるスピラが触れているところから魔力が流れてくる感じがする。
(魔力を渡す古代魔法で回復してくれてる……?)
魔法卿には言えない魔法だから、通信用の魔道具で声をかける。
『スピラさん、あの……』
『触られるのイヤかもしれないけど、今はちょっとだけガマンしてね。体の負担がなくなるくらいまでは回復させた方がいいと思うから』
『……ありがとうございます』
今はありがたく気持ちに甘えることにする。
詠唱した様子はなかったけれど、自分に無詠唱の古代魔法を教えたのはスピラだ。事前にどこかのタイミングで無詠唱魔法を唱えていたのだろう。
絨毯に同乗しているレナードとトリの姿のカテリーナは動かない。セリーヌも微動だにしない。まるで三人のところだけ時間が止まっているかのようだ。
「カテリーナさんとレナードさんは……」
セリーヌの肩が震える。
「……おと、さま……。……おかあ、さま……」
「! セリーヌさんっ! 声!!」
レナードたちにすがるようにして、セリーヌが嗚咽をもらした。
「モドッタノカ?!」
「声が出たのか?!」
カテリーナが飛びあがり、レナードがセリーヌの肩をつかむ。
「え」
(魔道具を壊したらカテリーナさんたちはいなくなるんじゃなかったの……?)
「……ン?」
「……消えていないな」
カテリーナとレナードも自分も同じ驚き方をしている。
「おとうさま! おかあさまっ!!」
さっきとは違う響きを持って、もう一度呼ばれた。決壊したように滝の涙が流れる。
「セリーヌ……」
レナードがセリーヌを抱きしめ、トリの姿のカテリーナは二人の顔に全身を寄せる。
魔法卿が絨毯の高度を下げていく。
と、通信圏内に入ったのか、ルーカスから通信が入った。
『ジュリアちゃん、スピラさん、そっちの様子はどう?』
『ルーカスさんっ! 無事ですっ! カテリーナさんとレナードさん、そのままですっ!!』
『うん。魔道具の特性と解決法を聞いた時にね、もしかしたら魔法封じの外に出したらなんとかなるんじゃないかなって。賭けだったけど、よかったね』
『さすがルーカスさんですっ!! ありがとうございます……っ』
いつしか自分も涙があふれている。
『ぼくは何もしてないよ。むしろスピラさんにお礼を言った方がいいんじゃないかな』
『スピラさん、ですか?』
『私? 何もしてないけど?』
『あはは。ウソつきの声だね。魔道具がなくなっても長期的に今の体が使えるようになるような魔法をかけるために絨毯に乗ったんでしょ?』
『どうかな。私、そんなお人好しじゃないし』
『そんなことはできないとは言わないんだね。うん。スピラさんはお人好しじゃないけど、ぼくと同じでしょ?
たとえ王子様にはなれなくても、お姫様の望みを叶えられるものなら叶えたい』
『それはイジワルな質問だね。イエス以外にないじゃない』
『セリーヌちゃんの願いを叶えてくれてありがとうございます。ルーカスさんも、スピラさんも』
『……うん。どういたしまして』
二人揃って一瞬沈黙してから返事が重なった。
(何か変なことを言ったかしら?)




