38 また女神にされるのは全力で遠慮したい
ポールがカワードを気づかうように近くに座った。
「……ポールは生活に不自由はなかったのか?」
「はい! 母さんは魔法使いではないので、普通の仕事をしています。小さい頃は父さんからの仕送りもあったみたいです!」
「そうか」
(お父さん、亡くなったのよね……)
祖父のカワードが仕送りのことを知らなければ、そのタイミングで仕送りが途切れるのは自然だ。
「ホウキの次に連絡魔法を習ったのですが、長く会っていなかったからかおじい様には送れなくて。これからは送ってもいいですか?」
「もちろんだとも……」
カワードのしわがれた声が揺れた。
久しぶりに再会した祖父と孫の語らいは邪魔しない方がいいだろう。
カテリーナとレナードは、何か手がないかと真剣に話しあっている。ジェイコブとセリーヌは静かにそれを聞いているようだ。
(……ステキな家族なのに)
元はなんの問題もなく、仲良く暮らしていたのだろう。姿が変わっても変わらない絆が確かにある。
だからこそ、解決した時にカテリーナとレナードがいなくなるのだと思うと泣きたくなる。
涙を振り払うかのように他へと意識を向ける。
魔法使いや衛兵たちは、この先どうなるのかとざわついている。なんとかなる可能性についてまだ知らないのだから当然だろう。今自分にできることをしておくことにする。
「大丈夫です。この国は助かります。今はまず、みなさんのケガを治しますね」
伝えながら、ヒールで治せる範囲を治していく。ペルペトゥスが手加減したとはいえ、死なないまでも重症を負っている人もいる。
「手伝おう。ケガが重い者は自分のところへ」
オスカーがすぐに協力してくれる。嬉しい。スピラも入ってくれたのに、心なしか自分のところに来る兵士が多い気がする。
「お前あっちに行けよ。俺は女神様に治してもらうんだ」
「オレだって女神様がいいに決まってるだろ」
こそこそ話の声が聞こえてくる。
(女神様……?)
そんなものはいないし、そう言いながら自分の列に並ぶのはどういうことなのか全くわからない。
オスカーとスピラがささっとその二人を治してしまう。
「治ったぞ」
「もう並ぶ必要はないよね?」
スピラは笑顔なのになぜか圧を感じる。兵士二人が残念そうにしつつ苦笑して立ち去る。
そう経たずに全員のケガを治し終えた。
スピラがペルペトゥスの方に行き、オスカーは端に腰をおろす。
「ジュリアも少し休まないか?」
「はい。ありがとうございます」
隣に座って、オスカーに軽く寄りかかって体重を預ける。
チラチラと兵士や魔法使いの視線を感じるけれど気にしないでおく。
オスカーがそっと手の上に手を重ねて、軽く握ってくれた。大好きを返すように彼の手を包みこむ。
「……また一人で抱えようとするクセが出ていないか?」
「そう言われると……、ちょっと、そうしようとしていたかもしれません」
痛いところを突かれた気がするものの、純粋に心配してくれている感じは嬉しい。オスカーは通信を聞いていないが、自分が広域化を使えることは知っている。何をしようとしているかに気づいて言っているのだろう。
「けど、ルーカスさんにも気づかれて」
「それでルーカスが魔法卿を手玉にとりに行ったのか」
「ふふ。ルーカスさんならできそうなところがすごいですよね」
「ああ。この国に来てからもいろいろと見抜いているからな。魔法卿もルーカスの言うことなら聞きそうな気がする」
「はい。私が話すより任せた方がいいかなと」
「そうだな」
「……最悪は私の中央行きなのかなとは思っています」
「そうか……」
オスカーが考えるようにしながら眉を下げる。
魔法卿にもできないことをすれば、引き抜かれるのが自然だろう。同じようにさみしくなると思ってくれているなら嬉しい。
彼と二人でいると、こんな状況でも幸せな気持ちになれるから不思議だ。
視線が重なって、見つめあって、それからお互いに顔が近づいた。
『ジュリアちゃん、聞こえる?』
「……ルーカスさんから通信が」
「ああ。出た方がいいだろうな」
オスカーが気恥ずかしそうに視線をそらした。同じように宙に目を向ける。
『ルーカスさん、どうしました?』
『女神になるのと全部魔法卿の手柄にしてもらうのと、どっちがいい?』
『後者でお願いします!!!』
前者は全力で遠慮したい。いつかのアレは黒歴史でしかないのだ。
ルーカスと魔法卿が戻ってきて、魔法卿が全体に宣言した。
「これからカワードの案を実行する」
「なっ、この島全土を魔法封じで覆うなど、ヒトには不可能じゃぞ?!」
「方法は極秘だが、目処は立った。同時に魔道具の破壊も実行する。が、内輪のみで行う。俺と共に島に入った者以外はこの中庭から離れてくれ。事が終わるまでは見るのも禁止だ」
「それでこの国が助かるなら、頭を下げて頼みたいくらいだ。皆の者、城内に退避を」
「はっ!」
国王の言葉で兵士たちが引き上げていく。
「あ、カテリーナさんとレナードさんには特等席を用意したいから、残ってくれる? セリーヌちゃんはどっちでもいいよ」
ルーカスがそう言うと、セリーヌがレナードの服のすそをぎゅっとつかんだ。絶対に離さないと言うかのようだ。
「ボクもいちゃダメなんですか?」
「おう。悪いが、お前もじいさんと一緒に建物内でステイだ」
「わかりましたっ!」
ポールがカワードを支えながら建物に向かう。他の魔法使いたちも従っていく。
カワードのことを教えてくれた魔法使い、セイレムがこちらを振り返った。
「嬢ちゃんはさっき確信を持って、この国は助かると言っていたな」
「えっと、はい……」
何か問題があっただろうかと心配になったけれど、セイレムはニッと笑った。
「魔法卿の連れがそう言うならきっと大丈夫だろうと、あの言葉で安心したヤツも多かった。加えて、さっきまで戦ってた相手に回復魔法だろ? 女神扱いには甘んじるしかないだろうな」
「え」
その程度のことでそんな大層なものにされるのは心底困る。
「彼氏持ちなことを残念がってるヤツらは多そうだ」
笑って、本人も建物の中に入っていく。
「普通のことしか言ってないし、当たり前のことしかしてないですよね?」
オスカーに聞いたら苦笑された。
「ジュリアの普通や当たり前は一度疑った方がいいと思うが。それがジュリアのいいところでもあるから、そのままでもいいんじゃないか?」
「ううっ……、普通が難しすぎます……」




