番外 [前オスカー] 後輩として入ってきた上司の娘がかわいすぎるんだが、どうすればいい? 前編
読まなくても本編には一切影響がない番外編です。
お時間がありましたら、ジュリア視点との差をお楽しみいただけると嬉しいです。
〈 これはジュリアが時を遡る前、最初の時の、オスカーから見たジュリアの話。もう誰も知らない物語。 〉
ジュリア・クルス。
その名は以前から知っていた。自分が所属している、魔法協会ホワイトヒル支部の支部長、冠位魔法使いエリック・クルスの娘だ。
クルス氏がデスクに置いている投影の魔道具で、ちらりと姿を見たこともあった。周りがかわいいと騒いでいるほどとは思わず、普通にかわいらしい女の子というくらいの印象だった。
その子が、魔力開花術式を受けにくるという。
「うしっ!」
同じく立ち合いに選ばれた先輩、カール・ダッジはガッツポーズで喜んでいた。が、同じようには感じなかった。
(上司の娘、か。普通は気が重くなるものではないのか?)
魔法協会は自由な風潮だけれど、だからといって粗相があっていいということではない。特に、クルス氏は娘を溺愛しているのが誰の目にも明らかだ。
(できるものなら誰かに役目を押しつけ、いや、譲りたいが……)
喜んで引き受けてくれそうな顔は何人も浮かぶが、上司に言えるような交代理由がない。仕事だからと割り切ってその場にいどんだ。
が。
「ジュリア・クルスです。よろしくお願いします」
笑顔でぺこりと頭を下げた彼女の姿に衝撃を受けた。空気感と言うのだろうか。おごりがなくまっすぐで、やわらかい感じがする。投影で見るより何十倍もかわいい。
(いや、これは仕事だ……)
雑念を振り払って、ダッジに続いて挨拶する。
「ウォード先輩」
どこか緊張気味な笑顔で呼ばれて鼓動が早まったが、顔に出さないようにして術式に立ち合った。ダッジが主導することになっているため、本当に立ち合うだけだ。
彼女が魔法陣と水晶球を光らせる。自分の時とそう変わらないくらいだろうか。
「ここまで全属性で高適性だとは。さすがクルス氏の、冠位魔法使いで支部長のお嬢さんだな」
ダッジが褒めるようにそう言ったが、彼女はどこか困ったように笑った。
「いや、彼女の個人適性ではないだろうか」
そう言わずにはいられない。もし自分が自分の適性を親のそれとして片づけられていたらイヤだろうと思った。
「ん? まあ、そうか。完全に遺伝するわけじゃないしな」
「ああ」
一瞬、彼女と視線が絡んだ。どことなく目を輝かせて見上げてくる感じがかわいすぎる。
(天使か……?)
彼女を待たせて、育成部門の部長、ブリガム氏に結果を報告しに行く。その場で見習い登録がされて、予定通り、立ち合った二人がそのまま中心になって彼女の研修をするように言われた。
「ウォードの実践も兼ねてお前が主担でオレがサブ担な」
「いいのか? 近づきたいんじゃ……」
「わかってないな。前で教えているより、サブの方が近くにいられるだろ?」
(下心しかないじゃないか……!)
盛大につっこみたい気持ちをぐっと飲みこむ。彼女のことは心配だけど、誰を選ぶかは彼女次第でこちからがどうこうすることではない。仕事の面ではいい機会だととらえることにした。
部屋に戻って担当になることを告げた。
「クルス嬢。至らないところもあるだろうが、よろしく頼む」
「私の方こそ。よろしくお願いします、ウォード先輩」
花が咲いたように笑う彼女がかわいすぎる。
(いや、おかしいだろう……。あの支部長からどうやったらこんなにかわいい天使が生まれるんだ……?)
どうにかなりそうな感覚は初めてで、自分でもどうしていいかがわからない。
(ちゃんとしないとな……)
仕事は仕事だ。彼女がどんなにかわいくても、浮かれる場所ではない。彼女が一人前の魔法使いになれるよう尽力しようと思う。
翌朝、みんなが出勤するより早い時間に職場に着いた。クルス嬢の研修をしっかりできるよう復習に、というのは建前で、寮の部屋にいても彼女のことばかりが浮かんで落ち着かなかったから、出勤した方がマシだと思った。が、あまり効果はなかった。
「はよ」
「ルーカスか」
早めに出てきたルーカスから声をかけられる。
「ジュリアちゃん」
突然名前を出されて、顔面をデスクに打った。痛い。
「あはは。かわいいよね。オスカーが落ちたのは予想外だったけど。それが楽しいんだけどさ」
「そもそも好きなのかどうか……」
「その顔で?」
「……そんなにわかりやすいだろうか」
「どうだろうね。ぼく以外、ジュリアちゃんも気づいてなさそうで、それもおもしろいんだけどね」
「そうか……」
ルーカスは妙に鋭いところがある。ルーカスが、彼女は気づいていないと言うのならそうなのだろう。仕事の距離でいるべきなのに内心で浮かれているなんていう恥ずかしいことに気づかれていなくてホッとする。
「ま、がんばりなね。普通にしてればたぶん、懐かれると思うから」
「だといいが……」
自分がメインで指導する初めての後輩でもある。いい先輩として、懐いてもらえるに越したことはない。
ダッジが距離を詰めようとすると、詰めただけ彼女が離れるのが少しおもしろかった。ダッジが昼に誘うと、彼女が少し困ったように首をかたむける。
「えっと……、ウォード先輩も一緒なら」
(?!)
ダッジと二人になるのがイヤなだけで他意はないはずだと考えても、気持ちははやってしまう。
嬉しいが、間を持たせられる気がしなくて、二人の許可を得てルーカスも誘った。
そのまま四人で昼食をとることが続いたが、ひと月もしないうちにダッジが抜けて三人になった。彼女との距離感も、先輩以上にはしようとしなくなった気がする。
不思議に思って、二人だけの時に聞いてみた。
「クルス嬢はもういいのか?」
「あー、まったく脈がないのに追っかけ続けるなんてカッコ悪いことはしたくないからな。お前に任せるわ」
ニタニタ笑ってそう言われたが、任せられても困る。相手を選ぶのは彼女なのだから。
ルーカスの予言通り、懐かれている感じはあった。嬉しくないはずがない。仕事だと割りきって対応しようとするけれど、ふと集中が切れたり、距離が近づいたりすると心臓が跳ねた。
(……気づかれてはいない、よな)
悟られないように平静を保とうとしても、日々かわいさが増していくように見える。本人の前でボロが出ないように、夜にルーカスと飲みに行くことが増えた。
そんなふうにして半年ほど経った頃だろうか。
「ウォード先輩は、私を名前で呼んでくれないんですか?」
二人になったタイミングでちょこんと見上げて尋ねられ、心臓が暴れた。
「……名前で呼んでもいいのか?」
「はい。お父様と紛らわしいから、最初の頃からそうしている人の方が多いですし、それでいいと私も言いましたから。クルス嬢って呼ばれるのも好きですけど」
(好き……。いや、そういう意味ではないよな)
好かれているような気はするけれど、自分と同じ感情なのかはわからない。色々教えてくれる先輩への好意なのか、それ以上なのか。わからないから、前者として受けとっている。勘違いをして迷惑はかけたくない。
「直接許可されるまでは、自分が呼んでいいかがわからなかったから……。……ジュリアさん」
ファミリーネームで呼んでいたのを名前に変えただけなのに、妙な気恥ずかしさがある。
彼女も真っ赤だ。
(……かわいいな)
そう思って、思わず頭を撫でてしまった。他意はないつもりなのに、自分の心音がうるさい。
彼女がビクッとして、涙目で見上げられる。
(イヤだったか……?)
すぐに手を引いたら、手を掴まれて戻された。動きが可愛くて、そっと撫で重ねる。
息苦しいほどに気持ちがふくらんでいるのを感じる。触れる愛しさを離しがたい。
彼女がおずおずと言葉を紡ぐ。
「あの……、ウォード先輩に名前で呼ばれると破壊力がすごいので、時々、で……」
(破壊力ってなんだ……?)
「……あと。時々、がんばったら撫でてもらえると嬉しい……です」
「……わかった」
(かわいい……。かわいい)
いい先輩でいたくて平静を装って答えたけれど、心の中は大騒ぎだ。
(こんなにかわいい子がいていいのか……?)
どうにもかわいくて、どこまで理性がもつかわからない。




