35 魔道具を止めるためのキーパーソン
想定外の話を聞いたところで、開いていた窓からオスカーが飛びこんできた。
「ジュリア、無事か?!」
慌てたように呼ぶ彼と目が合うと、きょとんとされる。
「……これはどういう状況だ?」
「あ、すみません。ちょっとお話ししてました」
「何もされてないんだな?」
「はい。えっと……、セイレムさん、彼は私の婚約者です」
「なんだそのうらやましい紹介は」
「オスカー、こちらはここの魔法協会のダン・セイレムさんです。
魔道具が暴走する前、ここの魔法協会支部長で冠位七位のカワードさんが、カテリーナさんと魔道具協会と一緒に研究をしていたらしい話を聞いていました」
「そうか」
オスカーが息をついて、セイレムとの間に座った。広めに開けていたからちょうどいい感じだ。
オスカー越しに話を続ける。
「それで……、失敗した魔道具が暴走したと、セイレムさんは聞いているんですね」
「現国王陛下からの発表でな。で、各地と連絡をとりながら対処法を探して、結界を張ることに行きついたんだが。
カワード氏が非協力的でな。やるなら勝手にやれと言われ……」
「え。ネクスタウンではカワード氏が中心になっていると聞きましたが」
「建前上はな? 冠位が対応を放棄したなんて言えんだろ。
幸いというか、王都だからな。昔のものになるが、防衛のための魔道具が設置されている。そこに魔力を流すことで、オレたちには普段はムリな全体を包む結界を張れたってわけだ。
ただ、維持が大変でな。交代で魔力を流して、魔石や魔力回復液も使いつつって感じでな。
協力を拒否したカワード氏以外のここの魔法使いはみんな疲弊してるところに、街の治安悪化でそっちにも手を取られ、その上での召集だろ? 正直やってられん」
「街の治安が悪いんですか?」
「この状況だからな。食料の奪い合いが起きたりしている。いつまでこの状況が続くかわからんから死活問題だ。
賢明な者はみんな家にカギをかけて閉じこもり、残っている食料を少しずつ削って生きている感じだな。
これも大声では言えんが。女王陛下だったら国庫を解放したんだろうが、国王陛下は進言した臣下を捕らえ、見せしめとして食事を与えていない」
「え……」
話を聞いていたオスカーが眉をしかめ、セイレムに尋ねる。
「新国王やカワード氏は今の状況をどうするつもりだと思う?」
「どうだかな……。国王様はセリーヌ様……、元女王陛下の娘を探しているな。まるで見つければ全て解決できるかのように言っていた。
オレたちの召集はそっちのためだったんだ。魔法卿や君たちが来なければ、今ごろは結界の外に探しに行かされていたところだな」
『オスカー、ジュリアちゃん、聞こえる?』
「あ、ちょっと待ってください。通信の魔道具です」
「大体話したから、気にしなくていい」
「ありがとうございます」
オスカーが通信に答える。
『なんだ? ルーカス』
『そっちの状況はどう?』
『ジュリアが敵の魔法使いを懐柔していた』
『懐柔したわけではないのですが。いろいろ興味深いお話を聞けました。ルーカスさんにも共有できればと』
『うん。こっちは衛兵と魔法使いをみんな捕まえたとこ。あ、そっちにもう一人いるから、みんなじゃないかな』
『こちらの方には戦闘の意思はないので、捕まえなくていいかと思います。連れて戻りますね』
『うん、お願い』
話し終わったところでセイレムに向き直る。
「向こうの戦いが終わったみたいです。セイレムさんも一緒に来てもらっていいですか?」
「この短時間であのカワード氏を下したなら、やはり本物の魔法卿か……。カワード氏に送った連絡の返事が来なかったのは戦闘中だったからだろうな。
裏切ったみたいになると問題だからな。負けて捕まったポーズをさせてもらえると助かるんだが」
「ああ。それなら自分が」
オスカーが魔法封じを付与した木の檻にセイレムを閉じこめ、浮遊魔法で運ぶ。
「すみません、ちょっとの間ガマンしてください」
「なに、オレが頼んだことだし、むしろゆっくり休めてありがたい」
王宮の中庭に戻ると、カワードが鉄の檻、他の魔法使いたちが二人ずつ木の檻、衛兵たちが鉄の檻に閉じこめられていた。
カワードと魔法使いの檻には魔法封じがかかっているのだろう。衛兵たちの方は単純に物理で壊されないように鉄にしてあるのだと思う。
オスカーが、運んできた木の檻を他の二つと並べた。
「よし、全員無事だな。よくやった」
魔法卿が満足そうに見回す。カテリーナたちを乗せた絨毯も降りてきている。
「俺はこの魔道具を止めたいんだが。止め方がわかる者は?」
捕まえた魔法使いと衛兵たちが首を横に振る。カワードは目を閉じて無反応だ。トリの姿のカテリーナが装置の上に移った。
「モトモト オンオフハ ジョオウノ マリョクニンショウ ダッタ」
(魔力認証……)
魔法使いや魔道具師になれるほどの魔力がなく、魔力開花術式では無反応でも、たいていの人は認証できるくらいのわずかな魔力を持っている。魔道具に組みこむと高価になるため、あまり一般的ではなかったはずだ。
「待て。だとすると、女王陛下が亡くなられた今はシステムとしてオフにはできないってことか?」
(魔力は精神に付随していたから、鳥の姿のカテリーナさんでも認証できるんじゃないかしら?)
思ったけれど、この場ではトリのロキがカテリーナだと知られてはいけない気がして黙っておく。
「処刑後にそれが判明し、調べたところ娘のセリーヌにも権限が付与されていたのだ」
建物の方から初めて聞く声がした。王冠、マント、王笏が現国王だと主張している。取り巻きの近衛兵は十人くらいだ。
「故に、セリーヌが戻ればこの件は解決する。魔法協会の内政干渉は拒否すると返したはずだが?」
「内政に干渉するつもりはない。俺はこの状態が戻ればそれでいいからな。魔法関係の責任の所在は問わせてもらうかもしれんが」
魔法卿と国王が視線を戦わせる。
国王が不敵に笑った。
「セリーヌを連れてきてくれたことには感謝しよう」
(!)
捕まっている面々が驚きの顔になり、こちら側の全員が戦闘態勢をとる。
ルーカスが言っていた。かなり親しい人にでも会わない限りはお姫様って気づかれないと思う、と。
(かなり親しい人……、家族、だものね)
現国王はセリーヌの叔父だ。変装を見破れたとしてもおかしくない。
レナードが剣を抜き、セリーヌの前に立った。相手方の近衛兵も剣に手をかける。




