33 [ルーカス] 王宮での敵対勢力捕獲作戦
『魔法卿を偽称することは大罪である。故に賊を拘束する』
「は?」
言葉の意味を理解したのと同時に、城の四方八方から拘束用の網が飛びだしてきた。
「ふ ざ け る な っ !!!!!」
魔法卿が叫んで、素早く詠唱する。
「ファイアバード・ハンドレット!」
大量の火の鳥が辺りに散って、網を燃やし尽くす。
(オーバースペックだね)
怒りの現れなのと、あえて力を誇示したのと両方といったところか。
『もう一度言う。魔法卿エーブラム・フェアバンクスだ。戦闘行為を続けるのなら相応の措置をとる』
『魔法卿がこの国、この王都に来られるはずがない。故に偽物と判断する。捕縛に応じぬならこちらも相応の措置をとる』
(あーあ、火に油を注いじゃった)
魔法卿のひたいに青筋が浮いて見える。
王城から中庭に衛兵が集まってくる。四、五十人くらいだろうか。
(このくらいの規模のお城だと一般的な人数かな。王族の近衛兵は別にいそうだね)
合わせて、ホウキに乗った魔法使いが六人、こちらに向かってくる。先頭は頭の固そうな老人だ。
(あの人が冠位七位のマーティン・カワード氏だろうね)
魔法使いは通常、年齢が上がるほど魔力量が増え、魔法にも詳しくなって強くなる。そこに本人の素質が加わるから、同じくらいの素質であれば、年が上の方が優位になる。
「あの者たちを確保せよ。生死は問わぬ」
カワード氏だと思われる老魔法使いは、名乗らずにそう命じた。魔法卿が好戦的に口元をゆがめる。
「全面戦争か。おもしろい。ホワイトヒル支部とその連れ、おまけのポール。魔法卿の名において許可する。好きに暴れろ。全責任は俺がとる!」
「ふむ」
「了解だ」
「わかりました」
「私も遊んであげようかな」
「がっ、がんばりますっ!!」
ペルペトゥスが真っ先に、三階くらいの高さから軽く飛び降りた。囲んでくる兵士たちを、ハエでも払うかのように軽々と弾き飛ばしていく。
ジュリアがあわてた様子でホウキをよせる。
「ペルペトゥスさん、手加減してくださいね。殺しちゃダメですよ」
『難しいことを言うのう』
ジュリアの注意に、通信用の魔道具でぼやきが返ってきた。
(一応、守ろうとしてはくれそうだね)
オスカー、スピラ、ポールはそれぞれ、飛んでくる魔法使いの方へと向かって進路をふさぐ。
「魔法卿、ぼくが運転を代わって、彼らを避難させてようか? 魔法卿が自由に動ける方が効率的でしょ?」
「おう。任せた」
言ってすぐに魔法卿もホウキで飛びだし、老魔法使いの方へと向かう。
カテリーナ一家と自分だけが残った絨毯を上昇させながら、気持ちばかり、下級の防御魔法で包んでおく。
ないよりはマシな程度だが、自分が使える最大限でもある。魔法の才能や魔力量では後輩たちに遠く及ばない。
追ってこようとした魔法使いと絨毯の間にジュリアが入った。
高度が上がると全体がよく見える。
ペルペトゥスはもう衛兵の大部分をのしてしまったようだ。逃げていった者たちは追わず、獲物を探すかのように空を見上げ、苦戦しているポールの方へと跳んだ。
ジュリアはちゃんと中級魔法までで、魔力もセーブしながら戦っているようだ。
(感心感心)
攻撃を受けてよろけた相手と何か話してから、後を追って建物の中に入っていく。
(うーん……、なんかまた仏心を起こしてそうな気がする)
彼女のそういうところは心配だけど、今回は危なそうな気がしないから、特に声はかけないでおく。
ジュリアの動きに気づいたオスカーが後を追いたそうだが、一人で魔法使い二人を相手にしていて、すぐには抜けられそうにない。
スピラは制限つきでの戦いに慣れなくて、思うように動けていない感じか。詠唱がワンテンポ遅いように見える。
魔力を抑えられていること以上に、扱い慣れている古代魔法を唱えてはいけないという方が大変なのだろう。
魔法卿は老魔法使いと魔法戦を繰り広げている。実力は魔法卿の方がはるかに上なはずなのだが、相手が周囲を巻きこむような魔法を唱えるため、被害を出さないようにすることに苦心しているようだ。
(守る戦いの方が何倍も実力が要るんだよね)
ポールのところに向かったペルペトゥスも、ポールがいることで逆に戦いにくそうだ。
(さて、どうしようか……)
放っておいても時間の問題だとは思う。相手の魔法使いたちの動きは、中心の老魔法使い以外は精細を欠いていて、本調子ではなさそうに見える。
自分の仕事があるとすれば、オスカーを早めに解放して、ジュリアのところに向かえるようにすることくらいか。それから、スピラとペルペトゥスを魔法卿の援護に向かわせられるといいだろう。
『ペルペトゥスさん、聞こえる?』
『うむ』
『正直、ポールさんが邪魔なんでしょ? こっちに向けて投げてくれたら受け取るよ』
『それはよい』
ペルペトゥスが敵の魔法使いとは反対の、ポールの方へと跳躍する。ポールも敵も驚いて反応が遅れ、次の瞬間には投げ飛ばされたポールがこちらへと飛んでくる。
「リリース。スパイダー・ネット。プロテクション・スフィア。……ヒール」
防御壁を解除して、魔法の網でポールを回収し、防御壁を張り直す。おまけでポールのケガを治しておいた。完治ではないけれど、影響しないくらいには治ったはずだ。
「お疲れ様、ポールくん。あとはぼくの仲間たちに任せておいて」
「……めちゃくちゃくやしいですっ!」
「うん。ポールくん、初めての実戦でしょ? まだ見習いだし、相手は格上の魔法使いなんだし、よくがんばったんじゃないかな」
ポールが腕で目元を隠しているのは、くやし涙を見せないためだろう。
(あまり歳が変わらなさそうで、自分より小さくてか弱そうなジュリアちゃんがそつなく戦ってたし、魔法使いですらないペルペトゥスさんの方が魔法使いの相手がうまいし。彼女たちの背景を知らなかったら、そりゃあ心が折れるよね)
ヨランダは魔法卿から学ばせるつもりなようだったが、その周りが怪物だということには気づいていなかっただろう。見習いにとっては手痛い経験だと思う。
(ま、くやしいって言えるなら大丈夫かな)
それをバネにできるタイプなら、これから伸びる可能性もある。そのあたりは自分がどうにかする範囲ではない。
『ペルペトゥスさん、スピラさんが戦ってる魔法使いを後ろから捕まえて、今そこにいる魔法使いの方に投げて。
スピラさん、両方入れる形でウッディケージ・ノンマジック』
指示をしたのと同時に二人が動く。どちらも相手の想定外の動きのため、相手の反応が遅れ、一瞬で片づいた。
スピラは呪文の指示があった方が唱えやすそうだ。ウッディ・ケージはアイアン・プリズンほど硬くない代わりに魔力消費が少ない。魔法を封じた状態でそれを壊せるパワータイプがいなければ十分有効だ。
『すごいや、ルーカスくん!』
『あと二人。オスカー、スピラさんとペルペトゥスさんが援護に入るよ。できるだけ大きな火炎魔法を打って』
「ブレージング・ファイア・ダブルス」
二本の太い炎がうねりながら敵の魔法使いたちに向かう。
『ペルペトゥスさん、相手が炎に気を取られて対処しているうちに背後をとって。重そうな方をもう一人の方に飛ばして。
スピラさん、二人がまとまったところで、もう一回ウッディケージ・ノンマジック』
ペルペトゥスが跳び回り、背後から魔法使いを蹴りとばす。ふっとんだ一人がもう一人に激突して、落ちたところをスピラの魔法封じの檻が捕らえた。
『お疲れ様。オスカー、ジュリアちゃんのところに行っていいよ』
『ありがたい』
オスカーが返事を口にしながら最速で窓に飛びこんでいく。相当焦っていたのだろう。
『私は?』
『ごめんね、スピラさんには協力してもらいたいかな。先頭にいたおじいちゃんが、こっちの戦闘が終わってるって気づく前に一気に片をつけたい。
ジュリアちゃんがニゲルに操られた時にオスカーに使った魔法、覚えてる?』
『あの凶悪なウォーターね。うん、あれなら私にもできると思うよ』
『それを相手の上から落として。人間は頭の上からのものに一番反応できないから。
ペルペトゥスさんはスピラさんの援護をお願い。多分大丈夫だろうけど、もし気づかれたらおとりになって隙を作って』
『うむ』
老魔法使いと魔法卿が魔法を唱えあっている上からスピラが水の球を落とす。
「ごぼぼっ?!」
唱えかけていた呪文をさえぎる形で水球が命中する。何が起きたかわからず、老魔法使いがその場でもがく。
「っ! アイアンプリズン・ノンマジック」
即座に魔法卿が反応して、唱えていた呪文をとりやめ、魔法封じの鉄の檻に相手を閉じこめた。
スピラの水魔法も解除されたが、中の老魔法使いはもう魔法を使えないから、これで戦闘終了だ。
「チェックメイト、だね」
横で様子を見ていたカテリーナが息をつく。
「オマエガ シジシテ イタノカ?」
「うん、そうだよ」
通信用の魔道具を使っていたから話は聞こえていないはずだが、状況からそう見えたのだろう。
「ワタシノ ブカニ ホシカッタナ」
「あはは。女王陛下のおめがねに適って光栄だよ」




