32 王都からの拒絶と王都への侵入
王都から返信があった。
『結界の解除はできない。内政干渉を拒否する。』
「ふ ざ け る な っ !!!」
魔法卿がおかんむりだ。
「政治の話の前に国民の安全と生活だろ??!」
「まったくですわ。この返事は私も予想外ですわよ」
ヨランダが困ったように頬に手をあてる。ヘンリーは眉をよせた。
「カワード氏は普通に話が通じる方だと思っていたが」
ルーカスが苦笑する。
「返事が来るのに時間がかかっていたから、上の指示をあおいでいたのかもね」
「俺は全魔法使いの上司なんだが?」
「カワード氏より上の魔法使いはこの国にはいないはずよ?」
「新しい国王様、とかね? カワード氏にも何か思惑がある可能性はあるけど」
「裏切り者の犬、か」
魔法卿がカテリーナの言葉を思いだしたようにつぶやく。
「なんですの?」
「いや、こっちの話だ」
ヨランダたちにはカテリーナたちのことは伏せている。魔法協会の近くにセリーヌの指名手配ポスターが貼られていて、絶対に味方だとは言い切れないからだ。
「ともあれ、王都に入らんことにはな。最終手段で結界を壊すか……?」
「結界を壊さなくても入れると思うよ?」
ルーカスが軽く言う。魔法卿がヨランダたちの顔を見ると、ヨランダもヘンリーも首を横に振った。上位の魔法使いたちにも見当がつかないようだ。
「言ってみろ」
「あの結界、穴があいてるでしょ? あの雲は魔法を吸いとるみたいなことを魔法卿も言ってたし、雲が吹きあがっているところはふさげないんじゃないかな」
「結界には穴があいていても、あの雲は通れませんわよね? 初めのころ、わたくしたちも助けを呼びに行こうと……」
ヨランダがそこまで言って、ハッとした顔になる。ヘンリーが話を引きとった。
「魔法卿と君たちは外から、あの雲をつっきってこっちに来た、のか?」
「そうだったな」
魔法卿がニヤリと笑ってこっちを見た。
「ルーカスの提案はジュリア嬢がいれば実現可能だ。帰ったらホワイトヒル支部には褒賞を出さねばな」
「父にはなるべく普通な感じで伝えてもらえると助かります……」
「それは詳細を一切言うなというのと同義だな」
「ううっ、そんなに普通じゃないですかね……」
「そこはもう諦めた方がいいと思うぞ」
仲間たちの顔を見ると、全員から頷かれた。おかしい。今回はかなり自重しているはずだ。
ヨランダとヘンリーはこの街を守る必要があるから残るという。後学のためにと一番若いポールが同行者として指名された。
ポール自身も行く気満々だが、他にも魔法使いがいる中で見習いが指名されたことに魔法卿が眉をしかめる。
「自分の身は自分で守れることが同行の最低条件だ。俺がそこまで気を配れる状況かはわからないからな」
「はいっ! それはもちろん!」
「こまづかいくらいはできると思うから、どんどんしごいてあげてくださいませね」
ヨランダが笑って加えた。
続けてカテリーナたちも絨毯に乗ろうとしたら、ヨランダたちから反対された。
「それこそ、自分の身を守れない子どもが向かう場所ではないですわよね? ここネクスタウンで保護しますわよ?」
「申し出はありがたいが、己らには戻らねばならない義務がある」
「……義務、ですの?」
「寝たきりのおばあちゃんのために薬草の採取に出てたら、そのまま街に戻れなくなっちゃったんだって。心配だし、無事なら向こうも心配してるだろうから、早く帰したいよね。王都に着いたら先に家に送り届けるから大丈夫だよ」
ルーカスがさらさらとウソをつく。
(よくとっさに思いつくわよね)
「……そういうことでしたら、王都に帰すしかありませんわね。何か力になれることがありましたら、いつでも頼ってくださいませね」
セリーヌたちが頷く。
「俺の結界は今夜くらいまではもつだろうが、夕方までに空が晴れないようなら張り直してくれ」
「かしこまりました。久しぶりに安心して休めて助かりましたわ」
「おう。お前らもよくがんばったな。解決したら褒賞を出そう」
「ありがとう存じます」
魔法卿の運転で王都に向かう。
「ポールと言ったか」
「はいっ! 魔法卿様!」
「その魔法卿様はやめろ。魔法卿でいい。どうしても様をつけたければファミリーネームで呼べ」
「申し訳ありません、魔法卿様! ファミリーネームを知りません!」
「元気がいいのはいいが、組織のトップの名前くらいは覚えておけ。俺はエーブラム・フェアバンクスだ」
「はい! フェアバンク様!」
「惜しい間違え方をするな。フェアバンクスだ」
「フェアバンクッス様っ!」
「お前それもうわざとだろ……」
「とんでもないです! フェアバンクス様!」
「おう。それでいい。話したいのはそこじゃない。これから見聞きすることは俺が許可する相手以外には一切口外するな。使われる魔法を含めて、だ」
「それはいいですが、僕だけですか?」
「俺が連れて来ているヤツらは周囲に積極的に伏せているから言うまでもないし、ガキどもも言いふらすタイプではないからな」
「僕は口止めしないと言いふらすタイプだと? その通りですが!」
「だろうな……。これからジュリア嬢に使わせる魔法は彼女のオリジナルだ。マネしようとして簡単にマネできるものでもないが、そういうものを見たというのも本人の許可なく口外するなよ。魔法使いとしての常識だとは思うが」
「はいっ! わかりました!!」
「あれって私のオリジナルなんですかね? 呪文はみんな知っているものですが」
「呪文はイメージを形作るためのものだが、呪文からイメージされるものとは明らかに違うものだろう? あれはもう呪文が同じだけの別の魔法だ」
「そうなんですか……?」
違う魔法を使っているつもりがないから実感がわかない。
王都の上空、暗雲が吹きだし続けている場所に近づいていく。
「そろそろスピードを上げるぞ」
「わかりました。ミスリル・プリズン」
正確な結界の穴の大きさがわからないから、翼部分は後ろに倒した形にしてみた。じゅうたんがミスリルで包まれたのと同時に魔法卿がぐんとスピードを上げ、吹きだす雲の中につっこんでいく。
「なっ……、これプリズン系の魔法なんですかっ?!」
「な? 呪文が同じだけの別の魔法だろう?」
「やっていることは変わらないんですけどね……」
自分の中では同じなのだ。違うと言われるのは不思議でしかない。
昨日狩りに行った時に近いスピードだが、ミスリルで包んでいて風圧を感じないからか、ポールも問題なさそうだ。
途中で発生した小さな雷をよけて、絨毯は雲のうずをナナメにつっきり、王都の中心地へと抜けた。
「もう解除していいぞ。あまり目撃されるとめんどうだからな」
「わかりました。リリース」
解除を唱えてミスリルの檻を消す。雲に入る時に魔法卿の結界は解除されているから、今はただの空飛ぶじゅうたんに乗った状態だ。
雲が吹きあがってきている場所は城の中央の中庭のようだ。そこに向かって魔法卿が高度を下げていく。
連絡用の魔道具からペルペトゥスの声がした。内輪の五人だけの通信だ。
『聞こえておろうか』
『ペルペトゥスさん? どうしました?』
『あの雲が噴きだしておる場所があろう? おそらくはムンドゥスの祭壇のあたりよのう』
『え』
『祭壇が開いてるの?』
『否。祭壇自体は開いておらぬが』
『ムンドゥスの祭壇は元々ムンドゥスと繋がりやすい場所に置かれてるからね。場所的に魔力が巡りやすくて、土地の魔力が魔道具に流れこんで雲を作り続けてるんじゃないかな』
『その可能性はあろう』
『魔法卿にも共有した方がいいですよね? 世界の摂理のことや私たちの目的は言えないですが』
『言える範囲のことをぼくから言ってみようか』
ルーカスに任せることになったところで、城から拡声魔法を通した声がした。
『城の上空は飛行禁止区域である。そこの魔道具に乗っている者は速やかに退去するように』
魔法卿が拡声魔法を唱えて応じる。
『魔法協会冠位一位、魔法卿、エーブラム・フェアバンクスだ。この国の代表者との面会を望む』
すぐに反応はない。相談をしているのだろうか。
高度が下がって城下の様子が見えやすくなっている。往来に人の姿はない。全ての窓が閉まっていて、明かりも見えない。街自体が死んでいるような印象だ。
(すぐ隣なのにネクスタウンとはずいぶん違うのね……)
魔道具の暴走の影響を受けているのは同じはずなのに、まるで状況が違って見える。
少しして、拡声魔法で返事があった。
『魔法卿を偽称することは大罪である。故に賊を拘束する』
「は?」
言葉の意味を理解したのと同時に、城の四方八方から拘束用の網が飛びだしてきた。




