31 [スピラ] いろいろな好き
魔法で明かりを灯して通りを歩く。すっかり暗くなっていて、月や星も見えないからか、あたりに人の姿はない。
一緒にいるのはルーカスとペルペトゥスだ。ペルペトゥスはまだしも、ルーカスがついてきた意味がわからない。
ルーカス・ブレアは頭が回りすぎる。正直、何を考えているのかわからなくて苦手だ。
ジュリアが信頼しているし、ジュリアの味方なのは間違いなさそうだから、仲間だとは思っている。ジュリアに好かれるための授業もためになったから、感謝している部分もある。
けれど、彼女を通して関わりがあるという距離感だ。特に話したいこともない。
ルーカスが長く息を吐いた。
「ぼくが一緒に来る理由がわからなくて、スピラさんは困ってるんだろうけど」
(そんなにわかりやすく顔に出てたかなあ?)
「ぼくはただ自分の気持ちの整理をつけたいのと……、ちょっと仲間意識があるだけだから、気にしないで」
「どっちもよくわからないんだけど? ルーカスくんにも気持ちの整理なんて必要なことがあるの?」
「あはは……、そりゃあ、あるよ。ぼくだってただの人間だもん」
ただの人間。その感覚は、ダークエルフの自分にはわからない。
「わからなくていいから、ちょっとだけ聞いて」
「わからなくていいんだ?」
「頭の中身なんてみんなぜんぜん違うんだから、完全にわかることなんてないしね」
「ルーカスくんがそれ言う?」
「ぼくは推測できちゃうだけで、ちゃんとわかってるわけじゃないよ。考えは読めるのにどうしてそんなに相手の気持ちがわからないんだっていうのは、よく言われてきたかな。
本当に気持ちがわかるなら、ジュリアちゃんをあんなに泣かせないで済んだのかなって思ってる」
(なるほどね)
つまりこの男は、ジュリアを泣かせたことで落ちこんでいて、誰でもいいから話したくなったのだろう。仲間意識の部分はわからないが。
「そのへんはオスカーの方がうまいんだよね。関係性が違うのもあるんだろうけど、それだけじゃないっていうか。ぼくはどうあがいても、オスカーにはなれないんだよね」
「それは当たり前じゃないの? 私だって、死ぬほどうらやましいけど、あの場でオスカーくんの代わりはできないのわかってるから身を引いてるんだし」
「うん。だからぼくはスピラさんについて来たんだよ」
静かな声にあきらめが混ざっているように聞こえた。ふいに、仲間意識の意味がひらめいた。
「ルーカスくん、ジュリアちゃんが好きなんだ?」
「人としてね?」
「ウソつき」
「あはは」
肯定とも否定ともとれる笑い方だ。
そうだとしたら確かに立場は似ているのかもしれない。けれど、自分と彼は違うと思う。
「私は絶対、自分の気持ちにウソはつかない」
「うん。そうできるきみが時々うらやましいよ」
それは本心に聞こえた。この男はなんでも器用にこなしそうなのに、思っていたより不器用なのかもしれない。
(苦手でいる必要はないのかもしれないね)
これまでとは違う仲間意識が生まれた気がする。
飲み屋も当然のようにやっていなくて、ただぶらぶらと歩き続けていたら、オスカー・ウォードからもう戻って構わないという連絡が回った。
合わせてジュリアの希望が共有される。
(一番は、あの人たちがまた一緒に暮らせること、ね……)
長く生きる中で、死者を生き返らせたいと願う人間はそれなりに見てきた。そのほとんどは、生前の姿、生前の性格、生前の記憶のすべてを持った完璧な状態を願っていた印象だ。
ジュリアが選んだ方法では、相手や周りにはない記憶を自分一人だけが持っていることになる。それはさみしいことなはずなのに、彼女は気にしていないようだ。
彼女にとって大事なのはオスカーが生きていることだと明言していた。その目的のための最善の手段をとったのだと思う。
カテリーナが選んだ方法では、生前の姿に戻ることはない。過去の記憶もほとんどなく、ただ人格や思いのカケラが形を成しているにすぎない。
それでもそこにいることに意味があると、カテリーナやジュリアは思っているのだろう。
それは自分の思いよりも大きな愛情な気がする。
ジュリアを死なせる気はないけれど、もし生き返らせるとしたら、やっぱり今の彼女の姿がいい。重ねた時間も覚えていてほしい。自分はワガママな多くの人間と同じだ。
(姿が変わっても記憶がなくても一緒にいたい……、そんな家族を一緒にいさせたい、ね……)
その願いはとてもジュリアらしい。
朝の準備ができたところで、ジュリアとユエル、カテリーナ、セリーヌが奥の部屋から出てきた。
「おはようございます」
「おはよう、ジュリアちゃん」
オスカーより先に彼女と朝の挨拶ができるのが、少し優越感だ。それが例え女性扱いの結果だとしても。
「よく眠れたかな?」
「はい、ありがとうございます。スピラさんたちは大丈夫でしたか?」
「うん。ジュリアちゃんのウォーターベッドのおかげでね」
「よかったです」
(天使かな?)
笑顔が輝いて見える。朝からかわいいが過ぎる。抱きしめて愛情表現をしたいけれど、それはダメだと言われているから、手は出さないでおく。
朝食にはパンとミルクに保存食の肉が添えられていた。昨日の残りの、まださばいていないオオマクロパスはまた夕食に出すのだという。
会う人会う人から、魔法卿が肉の礼を言われる。なんだかお腹の奥がイヤな感じだ。
「待って。狩りに行こうって言ってみんなを連れて行ったのはジュリアちゃんだし、倒したのはペルペトゥスとオスカーくんでしょ? 魔法卿は何もしてないじゃない」
「あの、スピラさん。私は目立ちたくないので。むしろ魔法卿だけ覚えてもらった方が都合がいいのですが」
「手柄を横取りされているのに?」
「うーん、そう言われると……、私はいいけど、オスカーとペルペトゥスさんは認められてほしいような?」
魔法卿が口元をゆがめる。
「スピラは組織に所属していないんだったな。いいか? 組織とはそういうものだ。末端の仕事は組織の仕事だ。ひいては組織の代表の仕事ということになる」
「組織って横暴なんだね」
「おう。その代わり功績に褒賞は出すし、問題の最終責任はすべて俺がとっている。休みもなく飛び回ってるんだから感謝してほしいところだな」
「プラマイプラスみたいに言ってるけど、今回のことだけで言えば、私たちが一方的に損してるからね?」
「ごめんなさいね? 魔法卿の名前はあえて宣伝させてもらったのよ」
ヨランダが申し訳なさそうに眉を下げる。ヘンリーの顔つきだと違和感しかない。
「あえて?」
「ええ。いつまでこの状態が続くのかと、みんな不安になっていたから。食料も結界のための魔力回復液もいつか底をつくでしょう?
外から食べ物を張達したとしても、日の光が届かない状態が続いたら、島の食べ物自体がなくなってしまうもの。
できるだけ希望を示してきたけれど、いつか来る終わりに怯えていた人は多いの。
だから、外から救助が来たと、世界で最高位の魔法使いがこの国を救ってくれるのだと、自分たちは必ず助かるのだと思えるように、お肉を分ける時にあえて魔法卿からって伝えたのよ」
「スピラさんの不満はもっともだけど、ぼくも上の立場としてはそれが正解だと思うよ。オスカーもペルペトゥスさんも別に気にしてないんでしょ?」
「ああ。自分は功績のために狩ったわけではないからな。むしろはしゃぎすぎたと反省している」
「うむ。もう少し骨がある相手と遊びたいのう。オスカーはどうであろう?」
「指名はありがたいが、さすがに身がもたない気がするのだが」
「ペルペトゥスさんは楽しくなると加減を忘れそうなので絶対ダメです」
ジュリアのストップが入る。遊ばれていた側として、その点には大賛成だ。
が、ため息が出る。
「なんか私が一人でごねてるみたいだね」
「私たちのために公正にしようとしてくれたのは嬉しいですよ? スピラさんのそういうところ、好きです」
(ああもう、この子は……)
そんなことを言われたら好きでいる以外にないではないか。
「私もジュリアちゃん大好きだよ」
「え」
そう返されるのは想定していなかったのだろう。驚いた顔もかわいい。
ルーカスが苦笑して、オスカーが頭を抱える。
「手は出すなよ?」
「ふふ。ジュリアちゃんの了承がない限りはね?」




