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30 夫を生き返らせたかった彼女はいつかの私


『結論から言うと、ジュリアちゃんの希望は多分叶わないって思っておいた方がいいってこと』


 ルーカスが何を言っているのかがわからない。

 通信の魔道具ごしに尋ね返す。


『私の希望……? 解決してもこの国の祭壇には行けないのでしょうか』

『そっちはどうだろう? ペルペトゥスさん、この国の祭壇はどこにあるの?』

『王都の中央付近かのう。あの雲が吹きだしておる場所があろう? そのあたりではなかろうか』

『なら、魔法卿に協力しておくことで、そこにも近づけるのは間違いないね。どのタイミングでどうやって用事を済ませるかは、様子を見ながら臨機応変にいこうか』


『なら、私の希望というのは……』

『言ってたでしょ? 魔道具を止めて、カテリーナさんたちが一緒に幸せに暮らせるようにしようって』

 思いがけない言葉に少し驚いたけれど、ルーカスがいつになく真剣な顔をしているから、真剣にうなずいた。


『はい、それは。みんなそう思っていますよね?』

『ああ。できるならそうしてやれるといいとは思うが』

『うん。それはもちろん、ぼくもそう思うよ。けど、難しい覚悟はしておいて』


『なぜでしょう?』

『カテリーナさんとレナードさんをあの体にとどめているのが魔道具の効果だとしたら、魔道具を止めてこの国を元に戻した時点で、二人はいなくなっちゃうでしょ?』

『ぁ……』


 言われた瞬間に理解した。なぜそんな簡単なことに気づいていなかったのだろうか。

 ルーカスが言いたいのはつまり、魔道具を止めることとあの家族が一緒に暮らすことは両立しえないということなのだろう。

 涙があふれ出る。オスカーがそっと抱きよせてくれる。


『あの一家はみんなそれに気づいてると思う。最初に会った時、解決手段がないから解決できないだけじゃなくて、どこかで解決することにためらいがあるように見えたんだよね。だからちょっと意地が悪いことも言ってみたんだけど。

 今はもう覚悟を決めてついてきてるんじゃないかな。あの時のジュリアちゃんの言葉が最後のひと押しだと思うよ。それまではためらいがちだったのが、その後から国を優先する顔つきになっていたから』


 そんなつもりで言ったわけではない。ただ純粋に、家族みんなで幸せになれたらと願っただけだ。

 涙があふれて止まらない。胸に抱いてくれるオスカーに甘えると、そっと頭をなでられた。


『……カテリーナさんは、……いつかの私、なんです……』

 元女王カテリーナレナードを生き返らせたかっただけなのだ。その願いは痛いほどよくわかる。

『……私は、取り戻せたのに……っ』

『彼女たちは悪くないけど、手段は悪かった。それだけなんじゃないかな』

 言っていることはわかる。けれど、そんなふうには割りきれない。


 ルーカスが困ったように笑う。

『ぼくの役割はここまでかな。オスカー、あとは任せるよ』

『ああ』

『ウヌらも戻るのがよかろうか』

『うん、そうだね。スピラさんは……』

『ちょっと散歩でもしてくるよ。どっちも邪魔しない方がいいだろうから』


「もう普通に話そうか」

 言って、ルーカスが通信用の魔道具を切る。

「散歩に行くならぼくも行こうかな」

「私と? ルーカスくんが?」

「あはは。そんなに意外? 確かに珍しい組み合わせだね」

「ならばウヌも行こうかのう」

 三人が話して、一緒に部屋から出ていく。

 ルーカスがカテリーナたちに、もう少し控え室で待っていてほしいと言い置いて、扉を閉めてくれた。


「……すみ、ません。……迷惑、かけて……」

「いや」

 さっきほど勢いよく涙が飛びでてくる感じではなくなったけれど、そうすぐに止まりそうにはない。

 オスカーが答える声は、落ちついていて優しい。ゆるゆると背中を撫でてくれる。


「状況を重ねるなという方が難しいだろう」

「……ありがとう、ございます……」

 今、彼がここにいてくれることが何より幸せだ。だからこそ、カテリーナとレナードが一緒に居続けられたらいいと思うし、一人娘のセリーヌが残されるのも辛すぎる。


 オスカーはそれ以上何かを言うではなく、ただそのまま泣かせてくれる。今はそれがすごくありがたい。

 しばらくそうして、少しずつ落ちついてくる。オスカーの胸元に顔をうずめたまま、思いを吐きだしていく。


「……みんな、長生きできたらいいのに」

「そうだな」

「……そもそもは二人を殺した犯人がいけないんですよね」

「ああ」

「……数年前にカテリーナさんを暗殺しようとしたのは誰なのでしょうか」

「判明していれば処罰されているだろう。聞いてみてもいいかもしれないな」


「……今回カテリーナさんを処刑したのは今の国王でしたっけ」

「そうらしいが、処罰できるかは魔法卿や魔法協会の判断になるだろう。あるいは、この国の国民が反旗をひるがえすか……」

「……悪夢くらいは見てもいいと思いませんか?」

「ジュリア?」


「……いえ。私が勝手に怒って勝手に復讐するのは違うことくらい、頭ではわかっているんです」

「そうか」

「けど、許せなくて。彼女たちをめちゃくちゃにしたのに、もしまだのうのうと生きているのなら、なにか罰がないとフェアじゃないじゃないですか……」

「それはその立場の者に任せるより他ないと思うが」

「そう、ですね……」

 それもわかっている。わかっているけれど、腑に落ちない。


「ジュリアがどうしたいのかを考えるだけなら、ジュリアの自由だろう」

「え」

 考えるだけなら自由。そんなふうに言われるとは思わなかった。ぐちゃぐちゃだった気持ちが少し整って、頭の中がクリアになっていく感じがする。


「私がどうしたいか……。一番は、カテリーナさんたちがまた一緒に暮らせることですね。それが叶うなら正直、復讐とかはどうでもよくて。でも、それは叶わないって言われたから……。

 叶わないなら……、残されるセリーヌさんが、少しでも幸せに生きられる道はないかなと思います。両親と立場を全て失っても幸せに生きられるのかは私にはわからないのですが」

 子どもの頃に親を失った経験はない。だから想像がつかない。


「一概に同じ話にはできないだろうが。孤児院の子どもたちの中には心から笑えている子もいたから、不可能ではないのだろう」

「そうですね……」

 オスカーの言葉で、出会った子どもたちの顔が思いうかぶ。いろいろな表情の子がいたけれど、笑えている子も少なくなかった。時間はかかるかもしれないけれど、少し救われた気がする。


「それで……、犯人にはカテリーナさんたちの痛みを知ってもらいたいです。どれだけのことをしたのかというのを理解してもらう方を、物理的な罰よりも望んでいるんだと思います」

「ジュリアらしいな」

「そうですか?」

「ああ。自分も考えてみるし、ルーカスやみんなにも一緒に考えてもらおう」

「ありがとうございます」


 涙も泣きたい気持ちもすっかり落ちついた。オスカーはやっぱり魔法使いだ。うずめていた顔を上げて彼を見る。

 視線が重なると柔らかな笑みが返る。お互いに少し顔をよせて、そっと唇を触れあわせた。


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