29 食料を確保してホッと一息のはずが
ポールが示した方向に絨毯を飛ばしていく。
「そろそろですか?」
「えっと……、暗くてよく見えないですね」
魔法で明るくしているのは自分たちの周りだけだ。地表を照らして逃げられても困る。
(さっきまでより元気がない……? 気のせいよね)
ポールが静かになっている気がするのは、ミッションに集中し始めたからだろうか。
「視力強化がいいだろうな。エンハンスド・アイズは使えるか?」
「最近習いました。かけます」
ポールが唱えて、驚いたように声をあげる。
「視力強化って遠くまで見えたり細かいものが見えたりするだけじゃなくて、暗い中でも見えやすくなるんですね!」
主な使い方じゃないから習っていなかったのだろう。
ポール、オスカーに続いて視力強化をかける。
平地で動く茶色い点が、群れでいるかのように集まっている場所がいくつかある。
「あの跳ねているのがオオマクロパスです」
「けっこう近かったですね」
「速かったですからね……」
感覚的には五分強、十分はかかっていないくらいか。
街の近くほどは白いモヤがない。少し見えるものも、オオマクロパスには近づかないようだ。
「普通に見えますね。魔物には暴走している魔道具の影響がないのでしょうか」
「あ、確かに。以前と変わらないように見えます」
「自分たちは、個々人への結界でも大丈夫だろうか」
「この状態だと戦えないですものね。原理は同じなので、理屈では問題ないかと思います」
話して、それぞれにプロテクションをかけてから、オスカーが絨毯を覆う防御壁を解除した。
次の瞬間、
「どうにも暇すぎでのう。遊んでこよう」
「え」
ペルペトゥスがそう言って絨毯から跳び降りる。
「ええええっっっ!!!」
ポールが驚きの声をあげた。
(まだけっこう高いものね……)
普通は跳ぼうなんて思わない高さだ。絨毯を降下させて追いかける。
上からだとあまり大きさがわからなかったが、ペルペトゥスが前に立つと、オオマクロパスがその倍近いサイズなのが見て取れる。高さは三、四メートルくらいあるだろう。
オオマクロパスに姿が似た動物はカンガルーだろうか。二本足で立って跳ねる感じが特に近い。それよりはるかに大きく、両手の甲に硬いトゲがついていて、目にも止まらない速さのパンチをくりだす。
(追尾型の魔法じゃないと当てるのが難しそうね)
そう思ったのと同時に、ペルペトゥスが軽々とオオマクロパスの懐に入り、拳ひとつでノックアウトした。
「ええええええっっっ!!!」
ポールがまた叫んだ。耳が痛い。
「いやいやいやオオマクロパスはBランクの魔物ですよ?! 群れが大きくなったらAランクになることもあるんですよ?! 一体をおびき出して全員で戦うのが定石で……、それを一人で一撃って! 何者なんですかあの人!」
「えっと……、わかりやすい説明をありがとうございます?」
ポールにペルペトゥスがエイシェントドラゴンだなんて言った日には、世界の裏側まで届く声で叫ばれそうだから、質問ははぐらかしておく。
隣のオスカーがうずうずしているような気がする。
「……あなたも行きますか? こっちは大丈夫だと思うので」
「ありがたい」
言って、オスカーが身体強化をかけて飛び降りた。
「これはどうコメントすればいいんだ?」
獲物を運んで帰ったら、魔法卿が指先で額をトントンした。何か困らせることをしたのだろうか。
「えっと……、ごめんなさい?」
「申し訳ない」
「謝るようなことはしておらぬであろう?」
「……先に休んでいいですか?」
元気がなくなったポールがふらふらと奥に戻っていく。
移動と狩りを合わせて三十分弱で戻ったから、時間がかかりすぎたということはないはずだ。
みんなで食べるのに十分な量を獲ってきたし、魔法卿が何に困っているのかがわからない。
「程度というものがあるだろう。これは三千人以上いても食べきれないぞ?」
「それは自分が謝るべきかと。ペルペトゥス氏が嬉々として殴り飛ばしているのを見て、つい混ざりたくなってしまい」
オスカーが申し訳なさそうに事情を説明する。
二人で群れひとつをのしてしまったのだ。
結果、魔法協会の前にはオオマクロパスが七頭、山になって積み重なっている。
オオマクロパスは全長三メートル以上。一頭で五、六千キロくらいはあるだろうか。多いと言われれば多い気もする。
「あの、これでも、息があった個体は回復魔法で治して逃したんです。腐らせちゃうともったいないので。このくらいなら、低温保存すれば食べきれるかなって」
「で、浮遊魔法をかけて魔法の網に入れて運んできたわけか」
「はい」
食べ物に直接魔法をかけると不味くなる。けれど、この数を魔法なしで運ぶのは大変そうだった。
(ペルペトゥスさんもオスカーも走って持ち帰る気満々だったけど)
その場で少し切って、そのままのもの、浮遊魔法だけをかけたもの、保存魔法だけをかけたもの、浮遊魔法と保存魔法をかけたものを味見した。
保存魔法はアウトだったけれど、浮遊魔法だけならそう味は変わらなかった。普通の食べ物は浮遊魔法もダメだったことがあるから、これも魔物だからだろうか。
ヨランダがくすくす笑う。
「わたくしたちとしては大助かりですわよ? ありがとうございます」
「どういたしまして」
「まずは三頭さばいてもらってふるまいましょうか。みんなお腹いっぱい食べられるはずですわ」
そういうことならと、野次馬の中から冒険者協会所属の解体屋たちが名乗り出る。
「残りは保存しますね。フローティン・エア。アイシクル・プリズン」
仮置きした場所よりも邪魔にならない位置に移して、氷の檻に閉じこめる。溶けにくいように壁を厚めにした。
「……そういう使い方をする魔法だったか?」
「はい。一度に食べきれない時は便利ですよ?」
一人でサバイバルをしていた時には重宝していた魔法だ。冷たくしすぎない温度感も身についている。中級魔法だから見せても問題がない範囲だろう。
ルーカスがケラケラ笑った。
「魔法卿、そこはジュリアちゃんだから」
「おう……、そうだったな」
普通のことしかしていないはずなのに、なぜ困った子を見るような顔をされるのかがわからない。
部屋分けは、魔法卿が一部屋、スピラ一家と自分で一部屋、残る男性三名でひとまとめになった。
場所に余裕はないから、魔法卿が応接室、自分たちは控え室と合わせて広さがある魔力開花術式用の部屋、男性三名はオフィスの雑魚寝に混ざる形だ。
魔法卿からは何人か部屋に来ていいと言われたが、落ちつかないからとオスカーたちが辞退した。
魔力開花術式用の部屋は魔法陣が敷かれていて一般には開放できないけれど、魔法卿の連れならと使わせてもらえることになった。避難している人たちに貸せる場所はすべて貸しているため、そこしかないとのことだ。
「私とナイトは控え室で寝るから、気楽に使ってね」
スピラが言って、ナイトを連れて手前の部屋に行こうとするが、家族という設定上、違和感がある気がする。
「それなら私が控え室の方がいいような……」
「私にだって、何かあった時に貴女を守れるくらいの甲斐性はあるからね?」
性別だけでなく護衛を兼ねてというつもりのようだ。魔法協会の中は安全だと思うけど、気持ちはありがたい。
「わかりました。ありがとうございます」
そこまで話したところで、廊下からつながるドアがノックされた。代表してスピラが返事をする。
「はーい」
「ぼくだよ」
「ルーカスくん?」
「うん。オスカーとペルペトゥスさんも一緒」
スピラが扉を開ける。
「邪魔するね。ロキさん、ナイトくん、リーくん。ちょっと身内だけで一息入れたいんだけど、少しの間、奥の部屋を借りていいかな?」
「スキニシロ」
「構わない」
セリーヌもこくりと頷く。
ルーカスを先頭に、自分とユエル、スピラ、ペルペトゥス、オスカーで中に入った。オスカーの横に座るとホッとする。
「やっとこのメンバーに戻れたね。お疲れ様」
ルーカスがそう言いながら、通信用の魔道具を渡してくる。これがあれば部屋が離れていても安心だと思いながら装着しておく。
『この後の連絡用っていうのもあるけど、ちょっと内緒話もあって。ドアを閉めていれば聞こえないとは思うけど、一応これを使って話してね』
『わかりました』
カテリーナたちにも内緒の話ということだろう。思いいたることはないけど、参謀ルーカスの言うとおりにしておく。
『あの、すみません。とりあえず謝っておきます……』
『あはは。それは何に対して?』
『魔法卿に呆れられるくらい変な魔法を使ったらしいことについて、ですかね』
『まあ、あのくらいなら想定内だから大丈夫じゃないかな。魔法の使い方が柔軟な子、くらいな感覚だと思うよ。
最初に見せたミスリル・プリズンで魔法卿にはもう知られてることで、そこを越すことはなかったから』
『だといいのですが』
参謀から怒られることではなかったらしい。少しホッとした。
『ぼくがここに来たのは別件の共有のためだよ』
『別件ですか?』
『うん。……結論から言うと、ジュリアちゃんの希望は多分叶わないって思っておいた方がいいってこと』




