38 守ってくれたあなたを守るために
ひとつ息を飲んで、ゆっくりと言葉をつむぐ。
「……私には、彼に雷の魔法が直撃したように見えました。それで、悲鳴をあげて。それ以降のことは……、記憶が定かではありません。……それで、先ほどお父様から、無事に家に帰したと聞き、安心しました。もしかしたら直撃自体が、起きていなかったことなのかもしれない、と」
バックン、バックン……。
ウソをつく時はやはり息苦しい。
「……そうか。ルーカス・ブレアが、魔力切れを起こす前にオスカー・ウォードが防御魔法を使っていたかもしれないと証言を加えている。それで助かったのかもしれないな。
魔法協会で捕らえた者たちの意識はまだ戻っていない。治療も不完全だ。加減してその状態なのだから、防御できていたと思う方が自然だろう」
「……そう、なのですね」
(ルーカスさん……!)
その名が出たのに驚く。オスカーとルーカスが共謀して、真実を隠してくれたのだろう。そうとしか思えない状況だ。
そうすると、ルーカスはどこまで知っているのだろうか。
(相手がルーカスさんでも、オスカーが話すとは思えないけど……)
彼の顔を思い浮かべて、それから、ルーカスを思い浮かべる。
眉間にシワがよって、ため息が出た。
(『どくしんのルーカス』なら、自力で答えを出している可能性もあるわよね……。……多分、私がオスカーを連れ去って、治療した辺りまでは)
ルーカスは間違いなく、あの時のオスカーの状態を目撃している。本当は防御魔法が間にあっていたなどとは、ウソでしか言うはずがない。だとすると、治療者をかばう以外にはウソをつく理由がない。
(魔力開花術式を受けていない、この歳の私にそれができるなんて、常識的には考えられないだろうけど……)
相手はあのルーカスだ。常識にとらわれないで、理論と直感で正解にたどりつく可能性がある。
敵以外であの場にいたのは四人。オスカー、ルーカス、自分と、フィン。そのうち三人が口裏を合わせれば、魔法使いではないフィンの証言はそれほど重視されないだろう。
(かばってくれたっていうことは、ルーカスさんも一応は味方だと思っていいのかしら……?)
考えていると、母の心配そうな声がした。
「あなた。ジュリアはまだ本調子じゃないのよ。今は休ませるのが先じゃないかしら」
「ああ、そうだな。すまなかった。
敵がなぜお前たちを連れ去ったのかはわからないが、戻ってこられて本当によかったと思っている。……その点は、オスカー・ウォードに感謝していなくもない。
フィン様の護衛は増やしてある。お前は安心して休むといい」
「……ありがとうございます」
ウソをついているのは心苦しいけれど、この家に帰ってこられたことは嬉しい。まだここで生活していていいことも、両親といられることも、どうしようもなく嬉しい。
「お父様、お母様」
部屋を出ようとする両親を呼びとめた。
「愛しています」
「私もよ、ジュリア」
母は笑顔で答えてくれて、父は顔をこわばらせた。泣くのを我慢している顔なのだと、今ならわかる。
「……お父様、お母様」
もう一度呼びかけた。今度はなんだろうと、両親が不思議そうにする。
落ちついた声で、それでいてハッキリとした意思を宿して言葉にした。
「体調が戻ったら、魔力開花術式を受けたいと思います」
両親に驚きの色が浮かぶ。父が何度か目をまたたいてから問い返してくる。
「……ジュリア、本気か?」
「はい」
「だが、怖かっただろう? あんなことがあって」
「あんなことがあったから、です。何もできない方が、何もできないで大切な人を失う方が、怖いと思いました」
「……そうか。魔法使いになるのだな」
「はい」
魔法使いにはならないと答えた時に負けないくらい、むしろそれ以上に、しっかりと決意を宿してうなずいた。
「わかった。そのつもりで手配しておこう」
「ゆっくり、ね。ジュリア」
母の気づかいが沁みこむ。今ここで休むことだけでなく、魔法使いになることもムリして急がないように、そう言われた気がした。
長く息を吐きだして、両親の背を見送った。
それから、もそもそと布団の中に戻る。今は少し甘えて、休んでいてもいいだろうか。
(オスカーとルーカスさんに回復を知らせて、お礼を言った方がいいかしら……)
そう考えたけれど、それはそれで不自然な気もする。そもそも、魔法を使わないなら、手紙か通信用の魔道具が必要だ。どちらも手元にはない。
(……意識が戻ったことは、お父様から伝わるわよね。……魔力開花術式を受けることも)
今の時間に戻ってきた当初の、オスカーに出会わないという計画は既に破綻している。もうここまで関わったら、彼に会わないために魔法協会に所属しないというのは意味がない。なら、魔法は使えた方がいい。今回のようなことから彼を守るためにも。
(裏魔法協会のことは解決していないし……、フィン様もまだ狙われているかもしれないもの)
空間転移が使われたのだから、少なくとも一人、あるいはあの場にいた二人は逃げている。父は護衛を増やしていると言っていた。まだ捕らえられてはいないのだろう。
(他の事件も、もうどうなるかわからないし……)
自分が知っているフィンの暗殺事件は単純な毒殺事件だった。そこで魔法使いの戦いは発生していない。
ましてや、オスカーが死にかけるなんていうことはなかった。彼は当時、見習いの自分の教育係が主な仕事で、臨時の護衛にはついていなかったはずだ。
(こんなに大きく変わるなら、少しでも多くの対策を用意しておかないと)
自分が戻ったことによって、オスカーや両親など、守りたい人を違う形で亡くしてしまったら本末転倒だ。
(できるだけそばで守らないと……。そばで……)
「そばで一緒に二十年を生きたい」
ふいにオスカーの言葉を思いだす。
一気に顔が熱くなって、頭が湯立ちそうだ。
「……もう、なんてことを言うのよ……」
頭から布団をかぶって必死に熱を冷まそうとするけれど、心も体も記憶も全く言うことを聞かない。
「もし、二十年後に死ぬのだと言われても。あなたのいない五十年を過ごすより、そばで一緒に二十年を生きたい」
彼はそう言ってくれた。真剣に。
「彼女の夫は、彼女との二十年を過ごせて幸せだったのではないかと思う」
そうも言ってくれた。その言葉にどれだけ救われたかわからない。
失うことに怯える自分を大切そうに抱きしめてくれた。
「……もう。これ以上あなたのことを好きにさせてどうするのよ……」
怖れがなくなったわけではない。例え二十年後であっても、彼を失いたくはない。
だから、魔法協会に行くようになったとしても距離を縮めるつもりは全くない。
意識を失う前、最後に彼に告げたのは紛れもない本心で、一番の願いだ。
でも、今は。
少しの間だけ、彼への愛しさに包まれて眠っても許されるだろうか。
「オスカー……。……愛してる」
決して本人には言えない思いを、柔らかな布団が優しく吸いこんだ。




