26 指名手配中の王女の変装
王都に入る手段を探しに他の街に向かうことになったが、ルーカスがその前にと声をあげた。
「セリーヌちゃんをもうちょっとちゃんと変装させてあげたいんだけど、手を加えてもいいかな?」
本人も保護者もうなずく。
「カテリーナさん、レナードさん、ハサミってある?」
「この家にあったのは古くてあまり切れなかったな。他の家を探してこようか?」
「なら、ジュリアちゃん。魔法でハサミって出せる?」
「それはもちろん。鉄製でいいですか? ミスリルにもできますが」
「待って、ミスリルの切れ味で何を切るの」
「鉄とか、たいていのものはスパッと切れますね。キレイですよ?」
「……うん、普通の鉄製でお願い」
「アイアン・シザーズ」
ルーカスが持ちやすい散髪バサミをイメージして形作る。
「あ、すきバサミもあった方がいいですよね」
同じ呪文で凹凸のあるハサミも出しておく。
「待ってくれ、ジュリア嬢……」
魔法卿が指先で額をトントンする。頭が痛いとでも言いたそうだ。
「はい?」
「ミスリルのハサミはまだしも、なんだすきバサミって……」
「これですか? 一本あると便利ですよ?」
「そこじゃない。物としてはわかる。普通はそんなものは出せんと言っているんだ」
「え」
普通に出せていたから思いもしなかった。オスカーとルーカスを見てみたら頷かれた。魔法卿の意見が正しいようだ。
ルーカスが苦笑する。
「魔法卿、そこはジュリアちゃんだから。ミスリルの檻をじゅうたんに被せて形態を変えちゃう子だから」
「ああ……、そうだったな。それに比べれば生活魔法の範疇か……?」
(ううっ……、今回は普通のことしかしてないはずなのに……)
魔法卿の自分への評価が普通じゃない方にぶれていくのをなんとかしたい。
ルーカスがセリーヌの椅子の後ろに立ち、ベッドのシーツを軽く巻きつけた。
「顔立ちがかわいいから、男の子に見えやすいようにかなり短くしちゃうよ? 変装しなくてよくなったら伸ばしたり、カツラを使ったりしてね」
セリーヌがこくりと頷くと、ルーカスが軽い手つきで髪を切る。男性の中でも短い方のルーカス自身に近い長さだ。ボサボサだったのがきれいに整っていく。
「ルーカスさん、散髪もできるんですものね」
ジャスティンの時もルーカスが切ってくれていたのを思いだす。
「姉さんたちに切らされていたから多少はね。失敗すると半殺しにされかねないから必死だったよ」
笑って言うルーカスがどこまで本気なのかがわからない。
(お姉さんたち、たしかにエネルギッシュだったものね)
悪い人たちではないのだけど、兄弟としては苦労もありそうだ。
「こんな感じかな。ジュリアちゃん、化粧品は持ってる?」
「泊まるつもりはなかったので、本当に最低限ですが」
荷物から出してルーカスに渡す。
「ジュリアちゃんの髪色に合わせたライナーなら、ぼかしたり混ぜたりで影色にできるかな。もう少しいろいろほしいとこではあるけど……」
真剣に言いつつセリーヌの顔に色を乗せていく。と、女の子にしか見えなかった顔立ちが中性的になり、髪型と服を合わせれば男の子の印象になった。
レナードが目をまたたく。
「魔法使いか……?」
「あはは。確かにぼくは魔法使いだけど、これは魔法じゃなくてお化粧ね。変装は得意なんだ。
この状態で、むしろ堂々と歩いていたら、かなり親しい人にでも会わない限りはお姫様って気づかれないと思うよ」
「鏡ってありますか?」
本人がそわそわしていたから聞いてみたけれど、この家にはないらしい。それなりに高級品だから、村だと難しいのかもしれない。
「アイアン・シールド」
小さめの平たい鉄の盾を出す。前に透明化の時などにも鏡代わりにしたものだ。顔を見るにはもう少し反射度がほしい気がする。
「うーん……、ミスリル・シールド」
同じく平たいミスリルを上に被せる。だいぶ鏡っぽくなった。
「これでどうでしょう?」
「よく映っているな。魔法使いは便利なんだな」
レナードが感心したように言い、自分の姿を見たセリーヌが目をまたたく。
魔法卿が苦笑する。
「これを魔法使いの基準にするなよ? 普通は盾を鏡にしようなんて思わんし、盾の形状は湾曲していてちゃんとは映らんし、ピッタリ二つの盾を重ねるなんてできんからな」
「え」
「なぜそこで驚くんだ。いいかげん、自分が器用で普通じゃないことを自覚しろ」
「普通じゃない、ですか……」
オスカーとルーカスにはできないと言われていたけれど、魔法卿でも同じだとは思っていなかった。ものすごく抑えて、見せてもよさそうな範囲でしか魔法を使っていなくて、自分では普通だと思うことしかしていないから、かなり心外だ。
「セリーヌちゃん、どう? イヤじゃない?」
ルーカスが尋ねると、セリーヌがこくりとうなずく。表情は変わらない。会った時からずっと同じ無表情で、まるで喜怒哀楽が抜け落ちているかのようだ。言葉と一緒に過去に忘れてきたのかもしれない。
魔法の絨毯に乗って、魔法卿が通常の球体の防御魔法で包む。次の目的地はさっき見つけた街だ。スピラは運転手に徹するつもりのようだ。
「セリーヌちゃんの偽名はリーでいいのかな?」
「ソウダ」
(檻に捕まっていた時にそう呼んでいたわね)
「二人は?」
「考えていなかったな」
「ワタシハ『ロキ』デ」
「元々のインコの名前?」
「ナゼワカッタ……」
「ぽいなって」
「己は……、ナイトでどうだろう」
「騎士?」
「そうだ」
「レナードさんはカテリーナさんの騎士だったんですよね?」
「そうだな。子どもの頃から仕えていた」
「オサナナジミダ」
「己の方が五つも上だが」
「キゾクノシテイノ ホウコウデ キタンダ」
「奉公? レナードさんも貴族なんですね」
「でないと王配にはなれないからな。最上位ではなかったから、それなりに反対はあったが。
子どものうちから慣れ親しめるようにと、半年ほど側近を勤める習わしがあるんだ。己は剣に才能があったのと、文官には向かなかったから、騎士になった。
その半年が過ぎた時にカテリーナがごねて、そのまま正規の近衛騎士になった形だ。十数年後に押し切られて結婚することになるとは思っていなかったな」
「マテ。オシキッタ オボエハナイゾ?」
「告白が『レナード、私の伴侶になれ』だったのには心底驚いたんだがな?」
「ソクザニ『オココロノママニ』トイッタデハナイカ!」
「それはまあ……、カテリーナを一番そばで支えたいとは思っていたからな」
「……ソレナラバ ユルス」
(仲がいいのね)
姿が違っても変わらない二人を見ているとほほえましい。
「間違えないようにもう偽名に慣れておこうか。リーが着ている服が、元はナイトの服?」
「そうだ。城で着ていたドレスは目立ちすぎるから、王都で追っ手から隠れていた時に変えさせたんだ。
己のは村に残っていたものだ。村に子どもはいなかったのか、かなり古いものしかなかった」
「街に入ったらお店を探そうか。どっちもちょっと違和感があるから、目立たない感じでぼくが選んじゃってもいい?」
「そうだな。今は疑われないのが最優先だろうな」
「うん。それを考えると、スピラさんにお母さんを演じてもらえるといいのかな」
「待って。なんで私?」
「ジュリアちゃんだと、この二人の親って言うには若すぎてムリがあるでしょ? どっちか片方だけでも親がいた方が自然で、ぼくとオスカーもジュリアちゃんと同じ理由でダメで、ペルペトゥスさんは逆に年上すぎる。
魔法卿は年齢的にはOKだけど、魔法卿だって名乗る場面があるかもしれなくて、魔法卿の子にするわけにはいかないでしょ?
消去法でスピラさんしかいないんだよね」
「外見年齢はそうでも、肌の色からして似てないよ?」
「養子ならそういうこともあるよね。その設定の方が、多少よそよそしくてもごまかせるし」
「それでもお父さんじゃないのかな?」
「父親のがいいなら、髪を切って男装の化粧をしようか?」
「私は男なんだけど……、あきらめてお母さんを演じた方が早い気がしたよ……」
話しているうちに街に着く。結界の外になっている場所はだいぶ荒れているように見える。白いモヤは村のあたりより多いけれど、王都ほどではない。
「こんな感じなら、人に会う前に着替えちゃおうか。魔法卿、この国のお金は持ってきてる?」
「予算は預けられたな」
「こまかいのちょっとちょうだい。服をもらって代金を置いてくるから」
「俺が出すのか?」
「事件解決のための必要経費でしょ?」
「そう言われるとそんな気がするな。むしろ場所を覚えておいて、解決後の後日清算の方がいいんじゃないか? 現金を置いておくのは不用心だろう」
「じゃあそうしようか」
中流階級向けの子ども服がありそうな店に入る。人が生活している気配はない。
スピラの服の雰囲気に近いものをルーカスが選んで二人に着せると、男の子二人を連れたお母さんに見えてくるから不思議だ。
(エルフの里で私のお母さんを演じてくれた時とはまた違う感じね)
あの時はリンセに頼めたから、外見も寄せてもらっていた。
「結婚する前にまた子持ちになるとは思わなかったかな……」
「あはは。その気持ちはわかるよ」
スピラには社交辞令に聞こえたかもしれないけれど、ホープの母親を演じたルーカスの実感だろう。




