25 願いが悲劇で終わっていいはずがない
「なるほどな。状況は理解した」
魔法卿が長く息を吐きだす。
「ルーカス・ブレア。お前は特殊能力持ちなのか?」
「あはは。ぜんぜん? 庶民出のフツーの魔法使いだよ」
(ぜんぜん普通じゃないと思うわ……)
自分もよくそう言われるけれど、ルーカスはルーカスで普通だと言われると腑に落ちない。
「特殊能力じゃないなら、お前の頭の中はどうなっているんだ……」
「そっちはよく言われるね。ぼくからすると当たり前のことしか言ってないんだけど」
「ホワイトヒル支部にはおもしろい若手が多いな。見通す目を持つ者に、女王の騎士を剣で切り伏せる者……、魔法の才能だけが魔法使いの才能じゃないのかもしれないとは初めて思ったぞ」
(二人ともほんとすごいのよね)
ルーカスとオスカーを褒められると自分のことより嬉しい。今回は自分は普通でいられるのも嬉しい。
「まあ、魔法の才能としておもしろいのもいるが。普通はやろうとしないぶっ飛んだことをやろうとして実現してしまう魔法使いっていうのも希少だな」
魔法卿と仲間たちの視線が自分に向く。
「え、私ですか?」
「無自覚か……」
目の強化と絨毯を包むミスリル・プリズンくらいしか見せていない。今回の自分はちょっとだけ上級魔法が使える普通の若手のはずだ。ぶっ飛んでいると言われる理由がない。
「まあいい」
魔法卿がカテリーナたちに向き直る。
「こちらも紹介しておこう。魔法協会のルーカス・ブレア、オスカー・ウォード、ジュリア・クルスだ。それと、協力者のスピラとペルペトゥスに、ペットのユエル」
全員呼び捨てなのは、身内として紹介しているからだろう。
ユエルは使い魔だけど、魔法卿にペットだと言われたのをわざわざ訂正するほどではない。ユエルに翻訳魔法をかけていないから、本人は気づかないはずだ。
「結論から言う。まず、この国を正常に戻してなるべく多くの国民を助けたい。これは俺の第一目標だ。
魔道具が止まれば、まだ体が生きていて魂も残っているなら、本人の体に戻るという認識で問題ないか?」
「オソラクハ」
「なら、現状は止めないのではなく、止められないのだろう。魔道具を止めてこの国を元に戻す。この点はそちらの希望と一致していて協力しあえるはずだ」
「ソウダナ」
「その上で、魔法協会は組織として政治には関与しないという原則がある。セリーヌ王女を立てて現国王を排斥する、という動きはしない。
が、一個人としてのセリーヌ嬢の身を守るというのは、魔法使いとして当然だ。そこは保証する」
「願ったり叶ったりだ」
レナードの表情が和らぎ、カテリーナも頷く。
「この事件の責任の所在については問題解決後に調査する。その結果によっては現国王を糾弾する可能性はゼロではないし、逆に、カテリーナ女王が不名誉な形で歴史に刻まれるかもしれん」
「アア。コウセイナ チョウサヲノゾム」
「そして、開発された魔道具だが……、これは魔道具協会ともすりあわせる必要があるものの、存在自体の抹消が妥当だろう」
「え……」
想定外の言葉に思わず声が出てしまった。
「この惨事を引き起こしたのだから当然というのもそうだが。そもそもの発想からして危険極まりない。死者の体を使えるとのことだが、生きている者を別人にしてしまうこともできるわけだ。
記録としては新しい魔道具の開発中に暴走したという形にとどめ、製作者たちの記憶も封じる方向になるだろうな」
「イゾンハナイ」
(なるほど……)
魔法卿が言うことはもっともだ。
(死者蘇生の魔法の成功記録がなかったのも、抹消されていた可能性があるのかしら……?)
死者の体を生前と同じ状態に保ち続けるのは、植物の保存魔法を応用すればできなくはないかもしれない。けれどそれ自体がほとんど知られていない魔法だし、知っていたとしても応用できるようになるまでに腐敗が進むだろう。
回復魔法は本人の回復力が残っていないと使えないから、死体を元の状態に戻すことはできない。キャンディスとジャスティンに使った体の時間を戻す魔法も、生きていないと発動しない。物体の時間を戻す魔法も、生き物の体には効果がない。木材や貝殻の修復は可能だが、生きられる状態には戻らない。
つまり、死者の蘇生に生前の体を使うのは至難の業なのだ。となると、他の体に魂を入れる方が現実的になってくる。
カテリーナ女王が言っていたように、まだ腐敗していない他人の死体を使うのも手だろうけれど、その死体にも死因になった損傷があるはずだから完全ではないだろう。
生き返った瞬間に強い回復魔法をかけてとどめられるかどうか、といったところか。それほどの回復魔法を使える魔法使いも、それほど強力な回復薬を用意できる人も多くないはずだ。
となると、純粋に死者の蘇生だけを考えるなら、生きた人間の魂を抜いてそこに入ってもらうのが最善なのかもしれない。
そこまで考えて、ゾワッとした。
そんなものは明らかに禁呪だ。他者を呪う以上に恐ろしい。切実な願いが誰かを殺してしまうのだから。
もしこの形での死者蘇生魔法が存在したとしたら、罪を背負ってでも使おうとする人はいるだろう。たとえ生き返った相手も共に苦しむことになったとしても、それでも一緒に生きたいと願う、その気持ちは痛いほどわかってしまう。
(……あってはいけない魔法ね)
死者蘇生魔法については、失敗例も詳細の記録は見つけられなかった。ただ失敗したとしかわからないのも、その記録を元に誰かが成功させてはいけないからなのかもしれない。
考えている間にも話が進んでいく。
「これからのことだが。手順を考えるにあたって、改めて確認しておきたいことがある」
「ナンダ?」
「カテリーナもレナードもセリーヌも魔法使いではないということであっているか?」
「その通りだ」
「なら、どうやってモヤどもに抵抗してきたんだ?」
「己らは一度死んでいるからな。魂のあり方はアレらと同じだ。
そのためこちらから触れられるし、己らが触れている武器で斬ることもできる。近づく者で説得に応じない者は斬り捨ててきた」
「説得ができる、つまり話ができるのか?」
「相手が人間の生き霊であれば」
「シリョウハ ダイタイ ムリダ。ツヨイオモイガナイト コノヨニ トドマレナイカラ カンジョウガ サキニタツ」
「……レナードさんは残っていたんですね」
「守りたかったからな」
その言葉で泣きそうになったのを、ぐっと飲みこんだ。もう一度オスカーの手をぎゅっとにぎる。
(……オスカーやみんなも、側に残っていてくれたのかしら)
「マドウグデ シネンヲ トトノエナオシテ イレルンダ」
「記憶はかなり断片的だ。何が大事かだけが強く刻まれていて、戻った後の記憶の方がしっかりしている状態だな」
「そこらの霊能力者以上じゃないか。これは思っていた以上の収穫だな。共通目標のためにぜひ手を結びたい」
「イイダロウ」
「よろしく頼む」
「セリーヌ王女は?」
魔法卿の言葉に、静かに聞いていたセリーヌがこくりと頷く。
「アア セリーヌハ ハナセナインダ」
「話せない?」
「声帯の異常ですか?」
声帯を切ってしまって話せなかったジャスティンが浮かぶ。魔法卿には見せられないけれど、治す方法ならある。
「イイヤ。イシャハ カンモクダト イッテイタ。……レナードヲ ウシナッタトキカラ クチガ キケナクナッテイル」
「心因性ってことかな」
「アア。トリモドセバ ヨモヤト オモッタノダガ」
(ぁ……)
すとんと腑に落ちたことがある。カテリーナにはセリーヌが残っていたのに、なぜ生きている娘よりも夫に執着していたのかがずっと引っかかっていた。
もしクレアが生き残っていたなら、辛くはあっても、二人でなんとか生きようとしたと思うのだ。
カテリーナがレナードを取り戻そうとしたのが自分のためだけではなく、娘のためでもあったのなら、その思いはより大きかったのだろう。
その願いが国に惨劇を招いた悲劇で終わっていいはずがない。
「……必ず。魔道具を止めてこの国を元に戻しましょう。そして、皆さんが一緒に幸せに暮らせるようにしましょう」
そう伝えると、全員が驚いた顔になった。
(何か変なことを言ったかしら?)




