24 エタニティ王国の状況と生存者の正体
スピラとペルペトゥスもメンバーに加えて、リビングスペースでばらけて座っている。気を失っている人をペルペトゥスがベッドに運び、スピラが絨毯を回収してくれる間に、鍋の火は消されたようだ。
「さて、まずこちらから名乗ろうか。俺はエーブラム・フェアバンクスだ」
魔法卿がこの家の二人と一羽にそう告げると、トリが飛び上がった。
「エーブラム・フェアバンクス ダト?! トウダイノ マホウキョウ デハナイカ!!」
「なんだ、俺はそれなりに有名人だとは思っていたが、トリに知られているというのは意外だな」
「魔法卿……? 魔法使いのトップか」
「ソウダ」
男の子が尋ねてトリが答える。
「そんなのがなんでこの国に? 来訪の約束をしていたのか?」
「イイヤ ヨテイハ ナカッタ」
(おもしろいトリね)
まるで魔法卿と約束をとりつけられる立場か、その周辺にいるかのような言い方に聞こえる。
魔法卿が頭に手を当てる。
「なんでって、お前ら。この異常事態を収めに来たに決まってるだろうが」
「……ソウカ。チュウオウガ ウゴイタカ」
「つまりこいつら……、いや、この方たちは、この国にいた魔法協会のやつらじゃないってことでいいのか?」
「ソウダナ。マホウキョウ ホンニンナラ」
「本人だ。身分証でも見せればいいか?」
魔法卿が胸元から懐中時計を取りだす。フタには魔法協会のエンブレムが入っている。それを開けると、中は普通の時計に見える。
「万が一の盗難に備えて、登録してある魔力にだけ反応するようになっているんだ。まあ俺から盗めるやつなんざいないが」
言って魔法卿が魔力を流すと、濃い紫の光で『冠位一位 魔法卿 エーブラム・フェアバンクス』と浮かびあがった。濃い紫は冠位一位を表す色だったはずだ。
「カッコイイですね」
「だろ? 冠位色のローブは常に着てると目立ちすぎるし、持ち運びも面倒だからな。俺が作らせて、冠位三位までは持たせているんだ」
「三位までなんですか?」
「その先は人数が多くなるからな。それなりに入れ替えもあるからと予算で弾かれた」
「なるほど」
魔法協会のお財布は魔法卿の一存で決まるわけではないらしい。
「ホンモノノ マホウキョウカ」
「おう。本物の魔法卿だ。なんだお前ら、この国の魔法協会の支部とモメてるのか?」
「モメテイル トイウノハ セイカクジャナイ。モトモトハ キョウリョクカンケイダッタ。ミンナ ジェイコブニ ダマサレテイル」
「ジェイコブ? さっきも名が出たな。王弟で間違いないか?」
「いいや、十日ほど前に先の女王を処刑して、今は国王の座に収まっている」
「え」
この国が音信不通になったのとほぼ同時期だ。
女の子がズボンの布をきゅっと握った。
「魔法使いと魔道具師を謀り、禁忌の魔道具を開発、暴走させ、国を混乱に陥れた罪だそうだ。
女王の一人娘、元王女はその場から逃げられたが、今も指名手配を受けている」
「禁忌の魔道具?」
「ボウソウサセタノハ ジェイコブダ! カイハツハ セイコウシテイタンダ!」
「……なんの魔道具だ?」
「死者蘇生」
「なっ……」
こちら側のメンバーが全員息を飲んだ。
そんな魔法はない。前の時に自分がさんざん調べた。作ろうとした人は過去にたくさんいたけれど、失敗の記録しか残っていなかったのだ。
そういう魔道具を開発するという発想はなかった。
自分にはジャスティンのような魔道具作りの才能はないし、女王のように魔法使いや魔道具師を使える立場でもなかったから、思いついたとしてもどうにもできなかっただろうが。
(死者蘇生の魔道具……。それってつまり……)
「……女王様には、どうしても生き返らせたい人がいたんですね」
言葉にするだけでも鼻の奥がツンとする。
「数年前に……、女王が暗殺されかけたことがあった。元騎士だった王配が彼女と娘を守って殉死している」
胸中を思うと涙がこぼれてしまうのは、どうしても自分と重ねてしまうからだろう。
「ジュリア」
オスカーがそっと手を握ってくれる。二度と離さないように、しっかりと握りかえす。
「で、死者蘇生の魔道具開発は成功していた、と?」
「ザンリュウシネン -- バニトドマッテイル タマシイノカケラヲ ホカノウツワニイレル マドウグダ」
「死者に他人の体を完全に乗っ取らせるってこと?」
真っ先に察したらしいルーカスの声が、氷のように冷たい。怒っている時のルーカスだ。
「チガウ! シンダバカリノ カラダナラ ツカエル! ヒトヲ コロスモノ デハナイ!」
「なるほどな。要はその魔道具の暴走がこの国の惨状の原因ってことか。
魔道具自体の欠陥なのか、公布されたように女王がやらかしたのか、お前が言うようにジェイコブが意図したのかは調査せんとわからんが」
「……ソノトオリダ」
「魔法卿、魔法使いのトップが外から来て公正に対処してもらえるなら、己たちにとっては渡りに船だ。
あの魔道具をどうにかして国を元に戻さないとと頭をひねり続けているが、己たちは王都に入ることすらできないからな」
「王都に入れないのは俺たちも同じだがな。方法を探すためにも、他の街に行ってみるか」
「ううん、同じじゃないと思うよ?」
ルーカスがいつになくイジワルな顔で笑った。
「王女様……、『元』をつけるのは面倒だから全員略すけど、王女様は指名手配されているから、変装させたとしてもそんな危険にさらすわけにはいかないだろうし、女王陛下と王配殿下は王女様の側を離れたくないもんね?
今の君たちにとっては、国民全員の命よりもその子の方が大事なんでしょ?」
二人と一匹が目を見開いて固まった。
魔法卿が、考えるように自身の額を指先で軽く叩く。
「待て、ルーカス・ブレア。それはつまり目の前にいるこの子たちとそのトリが、元女王とその夫と娘ってことか?」
「うん。そのトリは、レインボー・ロキリートだったかな? 魔物じゃなくて普通のインコの仲間だよね。
ヒトの声帯模写ができる種類だから話ができるんだろうけど、なんでも話せるほど知能が高いわけじゃない。
女王様が処刑された時には、もう魔道具が暴走してたんでしょ? 外の惨状みたいに、その効果で生きている生物の体を乗っ取れるなら、近くにいたペットとかになることができたんじゃないかな。さすがに生きた人間の魂を追いだすのは気が引けたんだろうね。
で、その前に魔道具の開発は成功していたっていうことは、王妃様の目的である王配殿下は他の誰か、何らかの理由で亡くなったばかりの誰かの体で生き返っているってことになる。
二人で王女様を安全な場所に逃すのを最優先にして、王城と王都を飛び出して、それから王都に結界が張られたんだろうね」
「ミテキタミタイニ イウナ……」
トリの姿の女王陛下がうなだれてつぶやいた。男の子の姿の王配殿下も小さくため息をつく。
「ひとつだけ訂正するなら、己がこの子を連れて王城を飛びだした時には、カテリーナ……、女王はまだ生きていた。この場はなんとかするからセリーヌを守ってほしいと、抜け道から外に逃がされたんだ。
その場ですぐに処刑されたのを知ったのは、カテリーナが今の姿で追ってきた後だ。その可能性に気づいていたらあの場に残っていた」
「オマエガ ノコッタトコロデ カチメハナカッタサ。マホウツカイドモモ ネガエッテイタカラナ。ワタシノ フトクノ イタストコロダ」
「女王様がカテリーナさんで、王女様がセリーヌちゃん。王配殿下は?」
「レナードだ」
「うん、了解。レナードさん。名前の方が呼びやすいし、今はもう立場も何もないから、名前呼びでいいかな?」
「構わない」
「スキニシロ」
「まあ、そんなわけみたいだけど、どうする?」
ルーカスが主導権を魔法卿に戻す。
(ルーカスさんは絶対に敵に回したくないわ……)
ある意味では魔法卿よりずっとやっかいだと思う。




