23 生存者との戦闘と確保
煙が上がっている家は集落の端にあった。台所で何かが煮込まれているのか、かすかに肉のいい香りがする。人が生活していそうなのは間違いないが、外からパッと見える範囲にはいなさそうだ。
ここに着くまでにも何人か、動物に似た動きをする人間がいた。コミュニケーションはとれなかった。戻す方法が見つかるまでそのまま生命維持をしてもらう方針に決まり、手は出していない。
「見たところ建物全体が結界に覆われている感じはなさそうだな。でかくてめんどうだが俺の結界を建物を覆うくらいまで広げて、玄関から訪ねてみるか」
魔法卿が絨毯をドアの前に降ろし、結界をかけ直してからドアを叩く。
ノックから少ししても物音ひとつしない。
魔法卿が再びドアを叩いて、同時に声を張りあげる。
「誰かいるか? 正気のやつを保護しに来た、魔法協会の者だ」
やはり返事はない。
「出かけているのでしょうか」
「どうかな。火がたかれていて窓が開いているのを考えると、いないなら不用心だね。こんな状況だから、そのへんがどうでもよくなってる可能性はゼロじゃないけど」
ルーカスの言葉は限りなくゼロに近いというニュアンスに聞こえる。
「カギもかかっていないな。中で倒れていないとも限らないから、一応中と周辺だけ確認して、いなさそうなら街に向かおう」
言って、魔法卿が先陣をきる。オスカーが続き、その後ろをついていく。
ルーカスがついてきつつ、スピラとペルペトゥスに絨毯の留守番を頼んだ。
「万が一のために魔法の絨毯を守ってほしいのと、その人の様子を見ててほしいのと。あともしこの家から誰か飛びだそうとしたら取り押さえてもらえるかな?」
「オーケー、任されるよ。外のが気楽だしね」
「うむ」
二人が快く留守番を引き受けてくれる。
中に入ると玄関ホールがあり、広いリビングに続いている。リビングから更にいくつかの部屋がある平屋のようだ。
リビングに入ると、奥に台所が見えた。鍋が煮えたままで、人の姿はない。魔法卿が眉をしかめる。
「誰かいそうなのに、誰もいなさそうだな」
「台所は小窓だけ、こっちの窓から出ようとすると家のドアの前の二人に気づかれるから出られない。なら、そのへんの部屋に隠れているのかな」
ルーカスがいつもの軽い調子で言うと、魔法卿は首をかしげた。
「それはないだろう? この異常事態の中で救助が来たとなれば普通は飛びつくんじゃないか?」
「例えば魔法協会の敵対勢力とか、スネに傷がある相手とか。あるいは保護されたくない理由があるとか。さっきの声を聞いて隠れたとすると、そんなところだろうね」
そう言ったルーカスがオスカーに小声で指示する。オスカーが頷いて、小声で魔法を唱えていく。
「アイアン・ソード。エンハンスド・ホールボディ」
(鉄の剣と全身の身体強化?)
いったい誰と戦うというのか。
(敵対勢力とかなら私も戦うつもりでいた方がいいのかしら?)
そう思いながら見守っていると、オスカーが足音を殺してドアのひとつに近づいていく。押すタイプの扉を素早く開いたが、ベッドがひとつ置かれているだけだ。やはり誰もいない。
そのまま扉を閉めるのかと思いきや、一歩中に入ってベッドの下をのぞきこもうとするかのようにかがむ。
と、その時、扉の裏から飛びだしてきた人影が彼の背に剣を振りおろした。
「オスカー!」
呼ぶまでもなく、オスカーが反応して鉄の剣で相手の剣を受ける。
「……子ども?」
十二、三歳くらいだろうか。ぼろの服を着た男の子だ。
その子は受けられたことに驚いたようだったが、すぐに下がって再び間合いをつめてくる。その歳くらいの子どもとは思えないような素速い動きで、剣の型もきれいだ。ただの魔法使いだったら捌けなかっただろう。
(けど、オスカーの敵じゃないわね)
身体強化なしでも彼の方が強いと思う。体格差がなかったらそれなりにいい戦いになる可能性があるくらいか。
再び向かってきた剣を軽く捌きながら、オスカーが魔法を唱えようとする。
「スパイダー……」
と、死角になっていたのだろう方から人の顔ほどの大きさの色鮮やかなトリが飛びだしてきて、オスカーに襲いかかった。
「デテイケ! ウラギリモノノイヌドモ!!」
右手の剣で男の子の剣を受け、左腕でトリを払ってから、オスカーが一歩下がって間合いをとる。
「裏切り者の犬……?」
「アイアン・プリズン」
魔法卿の声がした。トリと男の子がまとめて鉄の檻に閉じこめられる。
「話はゆっくり聞こうか。お前たちがこの環境でどうやって無事でいられたのかも含めて、な」
男の子が舌打ちする。
「オスカー、ベッドの下」
「ああ」
ルーカスの声でオスカーが再び身をかがめる代わりに、ひょいっとベッドを持ちあげた。
(?!)
身体強化をかけているとはいえ、自分にその発想はなかった。
そこには、それなりにいい身なりの子どもがいた。
「リー!」
男の子とトリが檻の中で騒ぐ。
が、ベッドの下にいた子はむしろ落ちついた様子で立ち上がった。男の子より数歳小さいくらいだろう。ほこりにまみれても尚きれいな印象だ。
(女の子……?)
服は男の子のものだ。街の少しいい家くらいの作りだろうか。けれどサイズはあっていなくて、大きい。顔立ちはきれいな女の子に見える。髪は短く、素人がちゃんとした道具もなくザックリと切ったような感じだ。
その子がベッドを降ろすのに邪魔にならないあたりまでゆっくりと歩いてから、凛とした瞳で全員の顔を順に見ていく。
最後に男の子とトリに向くと、男の子が小さくため息をついた。態度の方が顔つきや体格より大人びて見える。
「どうやってここを見つけだした」
「煙が上がっていたからな」
魔法卿が答える。
「そんなのは珍しくもないだろう。国中探したのか?」
「探されている立場なのか? どうやら子どもとトリしかいないようだが」
男の子が理解できないという様子で眉を寄せる。
「魔法協会なんだろう? ジェイコブのやつの手先じゃないのか?」
「ジェイコブ? ……この国の王弟がそんな名だったか?」
「……どうやらこちらのはやとちりのようだ。攻撃したことは詫びる。そちらと状況をすり合わせたい」
「おう。望むところだ」
魔法卿が檻を解除する。
「先に言っておくが、少しでも不穏な動きをしたらまた拘束するからな」
「わかっている。魔法使いなら速攻の近距離で倒せると見た己が甘かった」
男の子がチラリとオスカーを見る。彼が褒められた気がして、ちょっと誇らしい。
「そちらの方こそ。その歳の子とは思えない、いい動きだったと思う」
オスカーが告げると男の子が苦笑する。
女の子をイスに座らせ、隣に男の子が立ち、その肩にトリが乗った。魔法協会のメンバーも話しやすい位置に座る。
「どのくらいかかるかわからないので、外で絨毯とおじさんを見てくれているスピラさんとペルペトゥスさんを呼んできてもいいですか?」
「そうだな。絨毯と男もいったん回収してきてくれ。ベッドにでも転がしておくといい」
「わかりました」
「どうして己たちがあの部屋に隠れていると思った?」
男の子の声がして、ルーカスが答えるのが聞こえる。
「んー? ただのカンって言っちゃえばそれまでなんだけど。
家の作りとして、そこがベッドルームっぽいなって。で、パッと隠れられる場所なんて、クローゼットとかベッドの下とかくらいでしょ?」
(さすがルーカスさん……)
当たり前のように言っているけれど、そう思ったのはルーカスだけだ。やはり特殊能力のたぐいだと思う。




