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22 エタニティ王国の惨状


 積乱雲が渦巻いている状態に近いだろうか。突入してすぐに抜けることはなく、分厚い雲の層に阻まれる。中で走る雷は緑だ。避けながら先が見えない中を前進していく。

 乗っている側としては不安しかないが、運転している魔法卿はニヤリと笑った。


「上々だな。やはりミスリルの壁は正解だ。しかもこの形状は速さを阻害しない。素晴らしい!」

 高揚こうようしたような声と共にもう一段階スピードが上がる。スピラの速度に慣らされているため、誰も驚かなかった。

(魔法卿もスピード狂なのかしら)


 無軌道に走っているように見えていた緑の雷が、行く手を阻むかのように集中してくる。

「揺れるぞ」

 短い言葉と同時に絨毯じゅうたんが上下左右に動き、雷の合間をくぐり抜けていく。さすがのコントロールだ。

 それが続くかと思って身構えたら、ふいに揺れが収まり、景色が変わった。眼下に大きなひとつの島が見える。


「……抜けたな」

 魔法卿がひと息ついた。

 分厚い雲に覆われていて、光があまり届かず、昼なのに夜が近い夕方のように暗い。

 なんとなく見える感じでは、街が点在しているらしいのは他の国々と変わらないようだ。


「原因はあそこか」

 地上の一点からもくもくと、黒と深緑が螺旋らせん状に混ざった雲が立ち上がっている。ちょうど島の中央あたりだろうか。一番広い街の中心地という印象だ。


「王都、スピリットだな」

「ご存知なんですか?」

「一応この国の地図には目を通して来たからな。主要な都市以外はわからんが」

(さすがね)

 魔法卿という立場はダテじゃない。忙しい中でも準備をしてきているというのもそうだし、そもそも遠方他国の地図を入手できる時点で権力者だ。


 追ってくるかのような雷を避けながら降下していく。

「……待て。なんだアレは」

 地表が近づいてくるにつれて、あちらこちらに白いモヤのようなものが飛び回っているのが見えてくる。


「王都あたりにはなさそうですね」

「結界が張られているな。アレが入らないようにしているのか? ……俺たちも入れなさそうだが。

 壊すのはできるが、それは向こうが困るだろうな。さすがに出入り口はあるだろう。探すぞ」

 魔法卿が独り言のように、それでいて自分たちにも聞かせるようにつぶやいて、王都周辺を目指して高度を下げていく。


 白いモヤが複数向かってくる。中には人の顔のような影や、動物のような影が見えるものもある。

「ゴースト?!」

「それにしては違和感があるし、この数は明らかに異常だぞ?!」

 正面にぶつかったモヤがはじき飛ばされる。


「ミスリルはすり抜けて防御壁に当たっているな。性質としてはゴーストのようだが……」

「試しに浄化をかけてみるか?」

「やってみよう」

「パリフィケイション」

 オスカーと魔法卿が同時に唱える。試しで初級の浄化魔法にしたようだ。

 三分の一ほどが消えて、他が残る。残った位置はランダムで、当たりどころの問題ではなさそうだ。


「! まさか……、いや、さすがにそんなことはあってはならないだろ……?」

「魔法卿?」

 魔法卿が明らかに動揺しているように見える。

 逡巡しゅんじゅんするようにしてから、ぽつりとつぶやかれた。

「……あいつらは生きりょうかもしれない」

「え」


「生き霊?」

「おう。浄化魔法の出力不足ではなく、明らかに無効な場合、その可能性があると言われている。

 まだ生きているのに、魂だけが抜けてさまよっているんだ。なんらかの理由で元の体から出てしまって、戻れなくなっている状態だな」

「そんな……」


「元の体を見失った生き霊は他の生物の体を乗っ取ろうとすることがあるから、絶対に俺の結界から出るな。……それにしても数が多すぎる。明らかに異常だ」

「街全体に結界が張られているのは、生き霊を入れないため……?」


「力を増した死霊も混ざっていたから、どちらもだろうな。この事態は想定以上だ。……一周したが、人の姿も結界の切れ目もないな。内外の行き来が完全に遮断しゃだんされているようだ」

「だと、中には入れませんね……」

「いったん他の街に行き、結界を張って休みながら考えるか。他の場所の様子も見たいしな」

 魔法卿がため息をついて、絨毯じゅうたんの方向を変える。


「王都から一番近い街は南東だったか」

 飛びこんできたのとは反対の方向だ。日の位置もわからない中でどうするのかと思ったら、魔法卿がコンパスを取りだす。が、針はくるくると回ってしまって北を指さない。

「……ダメだな。磁場がめちゃくちゃだ。あいつらが上がってこないギリギリを飛んで、目視で探すぞ」

「視力強化で援護する」

 魔法卿に告げて、オスカーが視力強化の魔法を唱える。


「なら、私も。エンハンスド・アイズ」

 部分強化は下級魔法だから、問題なく役に立てるところだ。一人より二人の方が視野が広くなって、気づけることもあるだろう。

 大きさも明るさも見やすくなり、動くものも認識しやすくなる。なんとなくオスカーが右半分、自分が左半分のエリアを眺めていく感じになった。

 王都を離れると、モヤの数は少なくなった気がする。時々見かける程度だ。


「村か、町か……、集落のような場所からけむりが上がっているな。煙突えんとつか? それ自体はあちこちついているが、けむりは一本だけのようだ」

「あ、あっちの方には大きな街がありますね。中心の方には結界が張られている場所もありそうです。王都よりはかなり規模が小さいようですが」


「とりあえずの目的地はその街だな。王都より結界規模が小さいなら人の姿くらいは見られるかもしれんし、その外側は普通に使えるだろう。

 が、取り残されている可能性があるなら見捨てられんから、煙突のけむりの方も軽く様子を見にいくぞ」


 オスカーが示した方へと絨毯じゅうたんが向かう。

 そう経たずに、ぽつぽつと民家が建つ村が見えてくる。あたりは果樹園が多いだろうか。熟れきった実が落ちていて、かじりかけの木の実もあり、ここしばらく作り手が入っていない感じがする。


「あ、人がいますっ!」

 りんごの木の上に、背を丸くした人影がある。向こうもこちらに気づいて振り向く。無精髭が目立つおじさんだった。

「こんにちは! 大丈夫ですか?」

 大きく手を振って尋ねてみる。

 と、相手は目を見張るような動きで大きく後ろに飛びすさった。


「キィキーッ!!」

「え」

「あれ低級霊にとりつかれているんじゃない?」

「パリフィケイション」

 ルーカスの言葉に、すかさずオスカーが浄化を唱える。

「キッ……」

 相手が魔法を認識する前に魔法が相手を包んだ。あわい光が消えると、気を失ったかのように木から落ちる。


「おおっと」

 魔法卿が絨毯じゅうたんを急発進させて下にすべりこませた。

 ドンッとミスリルの天井に落ちる。落下距離が短いぶんだけ地面よりはマシだろう。


「あの人より外側に結界を張り直してもらうことはできますか? ミスリルを一度解除して、回収できればと」

「おう」

 魔法卿が結界を移したのを確かめてから、ミスリルの檻を解除した。

 空からおじさんが落ちてくる。オスカーが受けとめて、絨毯の上に寝かせてくれた。ルーカスが鼻先に指をあて、それから心音を確かめる。


「意識はないけど、生きてはいるね。こまかなすり傷はあるけど、治療がいるほどじゃないかな」

「普通にとりつかれただけなら本人の魂は残っているはずだが。

 なんらかの原因で本人が追いだされて生き霊になっていた場合、本人が戻ってこないとどうにもできんし、近づいてきたのが本人かを識別する方法がないからな……、どうしたものか」


「ないんですか? 識別方法」

「この中に霊能力者はいるか? ゴーストやゾンビのような魔物化した強い思念ではなく、そこいらにいるらしい普通のが見えたり、あの白いモヤがちゃんとヒトに見えたりっていう異能者なんだが」

 全員が首を横に振る。魔法卿に知られないためではなく、純粋にいないだけだろう。このメンバーからそういう話を聞いたことはない。


「だと、どうにもできんな。一度出て手配すれば連れて来られなくはないが、島中が同じ状態だとすると焼け石に水だろう。

 加えて、中の人間が安全な形で結界を解いて、特定の魂だけを呼び戻すというのも現状だと現実的じゃないから、このまま体の安全を確保する以上のことはできないだろうな」


「もしずっと魂が戻らなかったら?」

「どうだかな。まず考えられるのは体が衰弱して死ぬことだな。魔法で水くらいは飲ませられるだろうが、それでももって二、三週間か。そのへんの低級霊でも入れて栄養を取らせればなんとかなるかもしれんが」

「浄化して回ればいいっていう話でもないんですね……」


「そこが今回の特殊なところだな。普通はとりついた霊を浄化さえすれば済むんだが。特殊な状況になっている原因はわからんが、まああの雲が絡んではいるんだろう」

 空を覆いつくしている暗雲に目がいく。と同時に、改めて煙が見えた。


「煙突を使っているなら動物霊ではないだろう。予定通り行ってみるぞ」


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