21 魔法使いの最高峰から驚かれるといたたまれない
食べながら打ち合わせを終えて、絨毯で街に戻り、ペルペトゥスが使えそうな服を一週間ぶん買い足した。
費用は出すと言ったら、スピラがペルペトゥスに出させた方がいいと言い、半分ずつということになる。が、ペルペトゥスは持ち合わせがなかったため、スピラが立てかえてくれる。
「今回のことが終わったら、ひまな時にお金を稼ぎに行こうね」
「ウヌのウロコの一枚でも売ればすぐであろう」
「いや待って、ダメだよ? ペルペトゥスさんの実在は知られるだけで事件だからね?」
ルーカスが焦ったように止める。
「まぁ、そうですよね。ミスリルゴーレムの素材を持ち込んだだけで冠位二位にならないかって言われて大変だったので、エイシェントドラゴンの素材なんて持って行ったらどうなるやら……」
「待って。ジュリアちゃんミスリルゴーレムも倒して、素材を持ち込んだの……?」
「前の時ですよ? 今回はやりたくないし、その時に懲りたから、ペルペトゥスさんの素材は持っていってないです」
「うん……。ミスリルゴーレムも普通は倒せないし、魔法卿でも大変な相手だと思うんだけど」
「それはその時も言われましたね。私も大変でしたが」
「まぁ、ジュリアちゃんだし。エイシェントドラゴンに比べたらまだ常識の範囲内かもしれないけど。
そういう意味でもそうだし、その時と状況も違うからね」
「状況ですか?」
「うん。討伐後の素材を持ちこむならまだしも、エイシェントドラゴンが生きてることが人類に知られると大事件だからね」
「あ、なるほど」
「大騒ぎになって捜索されるのと、持ちこんだ人が冠位や次期魔法卿として勧誘されるのは間違いないだろうね」
「それはめんどうよのう」
「そうなるのは困るね。まあ、私がやってるみたいに、そこらへんでテキトーな素材を狩るのが一番早いかな。名前とか登録しなくても売れる店があるから」
「お店ですか? 冒険者協会は、身分証がなくても仮登録で受けつけてくれますよね?」
「たまにそれもしなくもないんだけど、年齢がね? 前の登録から親子って言えるくらい経たないとなかなか。毎回体の年齢を変えて行くのも面倒だし、偽名にしたりジュニアにしたりも面倒なんだよね」
「あ、なるほど。長命種には長命種の苦労があるんですね」
「長命種の苦労っていうよりマイノリティの苦労なのかな? エルフだったら堂々とエルフって登録できるから」
「確かに……。ダークエルフの誤解が早くとけるといいんですが」
当たり前のことを言っただけなのに、スピラが目を瞬いて、それからふわりと笑った。
「うん。そうだね。ふふ。そんなことを言うのはジュリアちゃんだけだけどね?」
スピラの手が少し近づいたと思ったら、オスカーが間に入ってきた。
「そろそろ集合場所に向かうか」
「そうですね」
オスカーの手を取って見上げると笑みが返る。嬉しい。
「万事問題なさそうだな」
届いていた返信を確認して魔法卿が言った。父であっても魔法卿の使いに対して拒否はしないだろう。魔法使いは自由を尊ぶけれど、冠位や序列を軽視しているわけではない。
魔法卿を絨毯に乗せて、まずは普通の状態で出発して、エタニティ王国の方へと向かう。運転手は引き続きスピラだ。
「魔法協会の三人が俺の指揮下に入るのは異論ないな?」
「もちろん」「ああ」「はい、もちろんです」
「仲がよさそうなのに見事に揃わないのがなかなか魔法使いらしいな」
魔法卿が笑いつつスピラたちに視線を向ける。
「で、そっちの二人は? 俺としては、同行するなら安全のために指揮下に入ってほしいところだが」
「うん。それはかまわないよ。ジュリアちゃんの安全を最優先にはするけど」
「おう。それでいい」
「うむ。ウヌも異論はない」
「そいつは助かる」
魔法卿が気を緩めたように座り直す。
「名前は?」
「私はスピラ」
「ペルペトゥスよ」
流れで、さっき一度名乗ったスピラも一緒に答えた。
二人とも名前だけだ。ペルペトゥスに姓はないし、スピラは正体を隠すために、なるべく情報を与えないようにしているのだろう。
「スピラ嬢とペルペトゥス殿だな」
「待って。私は男だよ」
「いやどう見ても女だろう?」
「うん。すごくよく間違えられるし、この前も触らせるまで信じてもらえなかったけど、男だよ」
魔法卿の視線がスピラの背からこちらに向く。全員が頷いて、スピラの言葉を肯定した。
「信じられないが……、世の中にはずいぶんキレイな男がいるんだな。エルフとかならまだしも、人間には珍しい」
内心でギクッとしたけれど、スピラの背からは動揺は感じられない。
「うん。珍しいんだろうけど、実在してるからね。めんどうだから呼び捨てにしてくれていいよ。
ペルペトゥスもそういうのは気にしないだろうから、名前が長いし、呼び捨てでいいんじゃないかな」
「うむ。好きに呼ぶがよい」
「ペルペトゥス氏は俺より年上だろ? さすがに気が引けるな。あと、ジュリア嬢はソフィアの客人という感覚だからな。他のメンツは呼び捨てでいいか?」
「ああ」
「魔法卿の意のままに」
オスカーとルーカスが同意する。立場上、自分も呼び捨てでいいと思うけれど、別の意味でオスカーが嫌がりそうだから言わないでおく。
「あ、あと、使い魔のユエルです」
自分の頭の上を指したら魔法卿がいぶかしそうに眉を寄せた。
「ピカテットが役に立つのか?」
「立ちますよ!」
答えてから(あれ?)と思う。
(魔力探知はスピラさんもできるし、会話できるようにする古代魔法が禁止されていると依頼もできない……?)
一般認識の方が正しいような気がしてくる。魔法卿といる限り、ユエルの活躍の場はないかもしれない。
「まあいい。で、さっきのミスリルはどうやって出していたんだ?」
「やってみせますね。ミスリル・プリズン」
今のところ最善だという結論になっている飛行形態をイメージして、魔法の絨毯をミスリルの檻でおおった。
魔法卿が鋭い目を丸くする。
「変形型のミスリル・プリズンか。まったく分からなかったぞ。というかこんな形で生成できるなんて、ジュリア嬢の頭の中はどうなっているんだ?」
魔法使いの最高峰から純粋に驚かれて、いたたまれない。
「いや、常識で考えるならまず自分たちを檻に入れようとはしないだろうな。魔法の応用センスと言うべきか……。
しかもその歳で上級魔法を使えるとは。なかなかどうして見どころがあるお嬢さんだ」
「上級魔法を使えるといってもほんとこれくらいなので。そんな大したものじゃないです……」
褒められれば褒められるほど、小さくなるしかない。一応、ルーカスから言われていた設定を言っておく。引き抜きは全力で遠慮したい。
「そう謙遜するな。俺が人を褒めるのは珍しいんだぞ?」
「えっと……、ありがとうございます」
「おう」
魔法卿が軽く口角を上げて、前を向き直した。
「そろそろか」
禍々しい雲にだいぶ近づいてきている。
「念のためにミスリルの内側に沿わせる形と、個々人にも強めに防御魔法をかけておく。大抵の状況では問題がないはずだが、もしもの時にはそれぞれ自分の命を最優先にするように」
それぞれから了解が返り、魔法卿が全員にエンジェル・プロテクションをかけてくれた。最上位のゴッデスではないのは、そこまでの必要性はないと判断したからだろうか。
「ここからは俺が運転を代わろう」
「そう? なら、任せるね」
スピラが気安く答えて魔法卿と交代する。
「行くぞ。念のために絨毯に掴まっていろ」
「はい」「ああ」「うん」「うむ」「オーケー」
同時にバラバラな返事があり、魔法卿は苦笑しつつ、ぐんっと絨毯のスピードを上げた。
スピラの時のマックススピードになる前に、ミスリルと防御壁でおおわれた絨毯が、黒と深緑が入り混ざる不気味な雲の中に突入した。




