20 参謀の指示で普通を装う
「返事を待ってから出発した方がいいだろう。お前ら、昼は食べたのか?」
「あ、絨毯で食べられるように持ってきていたけど、まだでした」
「ピクニックかよ……」
「魔法卿の分はないんじゃないか? 別行動にしてしばらくしてから合流でもいいと思うが」
「いいだろう。いろいろと向こうで動いてもらって、一時間半から二時間といったところか。二時間後にここの魔法協会前で集合でどうだ?」
「わかりました」
絨毯に乗り直して、少し街から離れる。遠くにエタニティ王国を包む暗雲が見える海辺で降りて、みんなでお昼にすることにした。
全員分を渡していく。みんな慣れたもので、嬉しそうに受けとってくれるのが嬉しい。
「驚きましたね。まさか魔法卿に会うなんて」
「そうだな」
「おかげで外泊はなんとかなりそうだね」
ルーカスが笑顔で言って、食事を口にする。
「……ルーカスさん、いつからこの結果を狙っていたんですか?」
「魔法卿に気づいた瞬間からだよ。元からソフィアさん経由でっていう可能性の話はしてたでしょ?
で、向こうがこっちに頼みごとをするなんていう絶好の機会はなかなかないからね。利用する以外にはないよね。
一度話が通っちゃえば、二回目以降はいくらか簡単になるだろうし」
「びっくりです……」
さすがルーカスとしか言いようがない。一番の問題をこんなにあっさり解決するなんて。
「あの場では聞きにくかったのですが、ジェットは大丈夫ですか?」
「うん。エルフの里の時もそうだったけど、急に帰れなくなる可能性はいつもあるからね。ダッジに頼んで来てるよ」
「ダッジさんですか?」
ちょっと懐かしい名前だ。職場では毎日会っていたけれど、特に仕事以外で話すこともなかった。
「彼女が小動物を好きらしくて、休日に預けると喜ぶんだよね」
「あ、なるほど。交際は順調なんですね」
「うん。そのまま結婚するんじゃないかな」
「よかったです」
人と人は相性があると思う。自分はダッジが苦手だけど、それをいいと感じる人と居られるならそれが一番だ。
「自分は、ジュリアが魔法卿から引き抜かれかけたことに驚いた。ムリにでもという感じではなくて助かったと思っている」
「うん。そこは賭けだったんだけどね。乗り物だけなら知られても断れる範囲かなって。
いい? ジュリアちゃん。今回はずっと魔法卿と行動することになると思うから、ミスリル・プリズン以外の上級以上の魔法と、珍しい魔法と、古代魔法は禁止。
知られれば知られるほど、きみを守れなくなる可能性が高まるからね」
「わかりました。珍しい魔法というのは、たとえば空間転移とか、使い魔の召喚とかですよね」
「うん。そういう、誰でも訓練で使えるようになるわけじゃなくて、才能に依存するような魔法ね。透明化も。
特に空間転移が使えることは絶対秘密ね。トラヴィスさんと弟子のブラッドさんじゃ足りてなさそうだから、後継者という意味も含めて、喉から手が出るほどほしいだろうから」
「わかりました。基本的には普段の仕事と同じつもりでいますね。状況的にミスリル・プリズンだけ例外という感じで」
「うん。それがいいだろうね」
言って、ルーカスが今度はスピラたちの方を向く。
「スピラさんもペルペトゥスさんも、言動には気をつけて。魔法卿はある意味で人類のトップだから。もし正体がバレて敵対することになったら、ぼくらにはどうすることもできないからね」
「倒すのは倒せると思うがのう」
「もし魔法卿を倒したら、全魔法使いがペルペトゥスさんの敵になるからね。ぼくらも含めて全員滅ぼすつもり?」
「ふむ。それは面倒であるな」
「逃げても似たようなものだね。追われることになるだろうから、バレたらアウトっていうくらいには気をつけて。スピラさんのさっきみたいなのもダメだからね」
「さっきみたいなの?」
「『人間の偉い人』って言うと、自分は人間じゃないように聞こえるでしょ? 今回は絶対、人間を演じ通してね」
「うん、わかった」
「今からリンセを呼んでスピラさんの外見を完全な人間にしてもらうのも難しいですものね……」
「そうだね。安全のためには使った方がいい魔法だけど、今回は厳しいと思う。今からメンバーが増える妥当な説明ができないからね。
もちろん、スピラさんも古代魔法は禁止ね。見た目が若いから、できればジュリアちゃんに近い制約をつけてほしいかな。使って上級魔法までね」
「わかったけど、とっさの時は唱えやすい方を唱えちゃうんだよね……」
「なら、なるべく魔法自体を使わないで魔法卿に任せるくらいなつもりでいた方がいいかもね。引き抜かれて魔法卿に仕えるつもりはないんでしょ?」
「それはまったく。あ、もしジュリアちゃんが魔法卿になったら全力でサポートするよ!」
「魔法卿にはなりたくないので、全力で回避したいです……」
「ジュリアの魔力量が知られれば、次期魔法卿候補として中央に呼ばれる可能性があると言われていたな……」
「あ。私とスピラさんには魔力を抑える魔法をかけましょうか。かけていても絨毯のスピードは出せますか?」
「うん。それは問題ないと思う。オスカーくんも短距離ならって言ってたでしょ? 同じ感じになるんじゃないかな」
「なら、それがいいだろうね」
「わかりました。とりあえず一週間分くらいかければ十分ですかね。トランスパーレント・ライトノンマジック」
スピラはオスカーよりちょっと多いくらい、自分はオスカーよりちょっと少ないくらいのイメージで魔法をかける。
「どうでしょう?」
「へえ、おもしろいね。かけるとこんな感覚なんだ。なんだろう。出入り口が細くなって外からはそこしか見えなくなってる感じなのかな。実際に魔力がなくなってるわけじゃないよね。
だから一度に魔力を大量消費するような強い魔法は使えないけど、この魔力量で使える魔法の範囲内なら連発はできる、みたいな」
「そこは意識して気をつけないとですね」
「オスカーが使える範囲を基準にして、スピラさんは少し多いくらい、ジュリアちゃんは少し少ないくらいまでにしておくのが無難かな。それでもだいぶ有能な方だからね?」
「わかりました」
参謀ルーカスが自分と同じイメージを持っていて安心だ。
スピラが受ける。
「今のオスカーくんの魔力量だと……、魔法封じの鉄の檻で三、四回くらい。ミスリルの檻は二、三回くらいで、ミスリルに魔法封じを足せるのは一回できるかどうか、かな。中級魔法を中心に戦った方がいいだろうね」
「ああ。実際に自分はそうしている。ジュリアのおかげで上級魔法も覚え始めているが、魔力消費を考えるとまだ効率的ではないから、奥の手だな」
「魔法卿がいないところはカウントしなくていいんですよね? たとえば、朝のペルペトゥスさんの寝ぼけ防止とか」
「そうだね。そこは使って、使ってない感じにしておくのがいいだろうね。使わないで外に火炎を吐きだした方が問題になるだろうから」
「閉じこめられると服が燃えて困るのだがのう」
「あはは。予備の服を多めに買っておこうか」
「まずは寝ぼけないように気をつけなね?」
「それはヒトにあくびをするなと言うておるようなものよ」




