19 魔法卿からの協力要請
「私はスピラ。ジュリアちゃんの友だちだよ」
魔法卿の自己紹介を受けてスピラが名前だけを名乗る。
どこの魔法使いかと詮索される前に口を挟む。
「えっと、魔法卿、すみません。スピラさんは普段は旅をして各地を流れている方で。特にどこにも所属していないんです」
「そうか」
魔法卿が吟味するように、じっとスピラを見る。
(討伐対象だってバレたら一大事よね……)
今バレなくても、高速で空を飛んだことについて取り調べられたらバレる可能性が高くなる。スピラを守っているのは耳を隠している帽子ひとつなのだ。心臓がバクバクだ。
続いたのは、
「中央で勤める気はないか?」
(え)
まさかの引き抜きで驚いた。
「驚くことではないだろう」
(顔に出すぎてすみません……)
小さくなっていると、気にした感じはなく魔法卿が続ける。
「中央の魔法協会は常に人手不足でな。各地の魔法協会で解決できない案件や、今聞いた未確認飛行物体のような地域をまたがった案件が山のように集まってくるんだ。
その中でも特に遠方だったりやっかいだったりするものは俺が対応しているんだが、動ける魔法使いはいくらでも要る。
ジュリア嬢と合わせて、さっきの形で俺の足になってもらえるだけでもだいぶ楽だろうしな。移動中に寝られるなんて天国だ」
「えっと……、魔法卿の足としてはトラヴィスさんがいますよね?」
「空間転移ができるのはトラヴィスが行ったことがある場所、かつ、トラヴィスの魔力がもつ範囲だろう?
魔力回復液は湯水のように使わせているが、それでも近隣諸国の移動、せいぜいジュリア嬢たちのディーヴァ王国から少し先くらいが限度だ。
今回のような場所には自力で飛んでくるしかないし、俺と同じ速さで飛べる魔法使いはいないから、一人で来るか日程を延ばすしかない。
時間の方がキツイから一人で対応してきたが、その乗り物が使えるなら増員も可能だろう。非常にありがたい」
(なるほど……)
魔法卿の状況としてはもっともだ。
スピラが口を開く。
「私はどこにも所属する気はないし、スピードを出すにはジュリアちゃんの魔法が必要だから、その希望は叶えられないかな」
「それは残念だ。二人一緒に中央に来てもらえるといいんだがな」
まさかの自分を含めた引き抜きだった。冷や汗が出る。どうにか引き抜きから話題をそらしたい。
「あの……、未確認飛行物体になっていた件は咎められないのでしょうか」
「なんだ、咎められたいのか?」
「いえ……」
「害はないことを共有しておく。想定していたのは新種の魔物だからな。魔法と魔道具であれば、今後の発展の可能性を見たことになる。戻ったら伝えて開発させたい」
「あ、それなら、ファビュラス王国のジャスティン王がもう魔道具として研究し始めています」
情報として伝えただけのつもりなのに、魔法卿におもいっきり顔をしかめられた。
「……ああ、即位式で感謝される仲だったか」
心臓がイヤな跳ね方をする。そのあたりはあまり詮索されたくない。
「ところで魔法卿がここまで来たのはエタニティ王国の件?」
ルーカスが笑顔で、さらりと話を変えてくれた。
(助かった……!)
「ああ。見ての通りの状況を確認と解決しに、休憩も含めて二日もかけて飛んで来たんだが。
あの雲をどうにもできずに困っていたところだ。お前たちはエタニティ王国を知っているのか?」
「ぼくらはエタニティ王国の中に見たいものがあって。はるばる来たら、大変なことになっているみたいで驚いていたところ。
さっきの乗り物に防御魔法をかけてつっこんでみるか、あきらめて帰るか……、どちらかというと後者をメインに考えてる感じ」
いろいろと実際とは違う気がするのは、ルーカスのことだからわざとだろう。魔法卿がまた吟味するような顔になる。
「そうか。……確かに、あの状態でスピードを出せば中まで行ける可能性があるか……? 防御魔法をかけて飛びこむのは考えなくはなかったが。あの雲は魔法や魔力を吸い取る感覚があってな。ミスリルの物質固定であればいけそうな気がするな。
よし、お前たち。俺も乗せろ。一緒に行くぞ」
「え」
「待って、魔法卿。さっき、帰ろうとしてたって言ったとおり、ぼくらが中に行くには問題が」
「なんだ?」
「中の状況がわからないので、入れてもすぐに出られるかがわからなくて。
で、ジュリアちゃんは女の子だから外泊できないし、ぼくらも明日は仕事で。今日中に帰れないと困るので、帰るしかないかなと」
「要はそっちの支部とジュリア嬢の親の許可が出れば問題ないってことか」
「うん。ぼくらの支部長がジュリアちゃんのお父さん、冠位九位のエリック・クルス氏だから、どっちもクルス氏の許可が出れば問題ないよ」
「そうか。手配するからついて来い」
「え」
魔法卿がエタニティ王国とは違う方向にホウキを向ける。普通の絨毯でついていけそうな速さだ。
スピラがルーカスと自分を見る。ルーカスが頷くと、魔法卿の後ろをついていく形で絨毯を飛ばした。
魔法卿に連れられて、エタニティ王国から最も近い魔法協会の支部に行った。今日は休みなのに、魔法卿が勝手に開ける。
「あれ、普通、魔法と物理で二重に鍵がかかっていますよね?」
「そうだな。魔法卿権限のマスターキーだ」
(チートね……)
「事前に使う可能性は連絡してあるから、勝手をしているわけじゃないぞ」
「そうなんですね」
「連絡魔法の効果範囲は狭いし、そもそも連絡魔法や魔道具の手紙を飛ばせるほど各地と親しくないからな。固定型の通信の魔道具で送るのが早いだろう」
父が魔法協会で確認しているものだろう。中央からの情報共有は全てその魔道具で送られてきている。基本的には文字情報を送りあうものだが、お互いにそこにいれば音声共有も可能だったはずだ。必要な魔力は増えるらしいが。
「今日はお休みなので、見るのは明日以降になると思いますよ」
それでも送ってもらわないよりはいいが、今夜は心配させることになってしまう。
「いや、中央は緊急時のために交代で休日も出勤しているから、そっちに送る。トラヴィスに連絡してもらい、ソフィアと冠位三位でも連れて行かせて話してもらえばいいだろう」
「あの、実は父には友だちと遊びに行くとしか言っていなくて。こんなに遠くにいるのが知られたら腰を抜かすと思うので、そのあたりは伏せてもらえると助かるのですが」
「ああ。出先でたまたま会った俺が協力を頼んでいて、詳細は秘匿事項となるが、しばらく預からせてもらいたいということでいいか?」
「そうですね……。以前クロノハック山で出会ったことも伏せてもらえるとありがたいです。私の行動圏が広いことを父は知らないので」
「なんだ、面倒だな」
「すみません……。魔法卿やソフィアさんがたまたまうちの近くに来ていた時に偶然、としていただけると助かります」
「まあいい。俺は俺の目的が達成できればそれで構わないからな。長距離移動はできない方向でつじつまを合わせておくように頼もう」
「ありがとうございます」
魔法卿が連絡用の魔道具にいくらか情報を書きこんでから、振り向かずに聞いてくる。
「父親の今日の居場所はわかるか?」
「家にいると思います。トラヴィスさんはうちの場所を知っているかと」
「わかった。許可をとる必要があるメンバーのフルネームを教えてくれ」
「ジュリア・クルスです」
「オスカー・ウォードだ」
「ルーカス・ブレア」
魔法卿が慣れた感じでテキパキと処理していく。
(本当に魔法卿なのね……)
仕事ではほとんど関わっていなかったから新鮮だ。




