18 暗雲に覆われた目的地と想定外のエンカウント
「おはよう、ジュリアちゃん」
「おはようございます」
目を覚まして少し動いたらルーカスから声をかけられ、続けてほかのメンバーの声もした。
魔道具の絨毯の上の気温は快適だ。一番熱いエリアから更に南に下ったことで、家のあたりとそう変わらなくなっている。
運転しているスピラが前を向いたまま続く。
「そろそろ見えてくると思うよ」
「すみません、スピラさん。完全に任せっきりで」
「それはいいんだけど……、目的地はかなりヤバいかもしれないね」
「ヤバい、ですか?」
「うん。進行方向から、今まで感じたことがないような変な感じの、気持ち悪い魔力を感じるから」
「正直オイラは今すぐ帰りたいです、ヌシ様」
ユエルが言いながら胸の間に隠れようとする。ペルペトゥスがよく見ようとするかのように目を細くし、みけんにシワを寄せた。
「不自然な気配と言うのか。ウヌもこれまで出会ったことがない感覚よ」
「うーん……、まったくわかりません。オスカーとルーカスさんはどうですか?」
「自分もわからないな」
「ぼくも全然」
スピラとユエルの魔力探知組がそう感じるなら、そうなのだろう。ペルペトゥスは魔物としての感覚だろうか。
そう経たずに、スピラの心底引いた声がした。
「なにあの気持ち悪い雲」
目視できる距離になり、自分にも異常が理解できた。上空から海面まで黒と深緑のとぐろを巻いたような不気味な雲が渦巻いている。
近づきすぎない程度にもう少し近づいて、絨毯が止まる。
「ふむ。位置としては南の島があったあたりよのう」
「え、あの中に飲みこまれているっていうことですか?」
「うむ。それらしき場所に他に陸が見えぬから、相違あるまい」
「これは確かに……、一見してかなりヤバいですね……」
「あれが何かはわかる?」
ルーカスの問いにスピラが首を横に振った。
「ううん。私は見たことないかな。ペルペトゥスは?」
「ウヌも初見よ」
長く生きているスピラとペルペトゥスが見たことのないものを自分たちが知るよしはない。
「うーん……、飛びこんでみるしかないですかね」
「ジュリア?!」「ジュリアちゃん?!」「ヌシ様?!」
オスカー、ルーカスとスピラ、ユエルの声が重なった。そんなに変なことを言っただろうか。
「ミスリル・プリズンって、外からも中からも同じ強度ですよね? 考え方を変えれば、丈夫な乗り物に乗っているわけで。
これに防御魔法を重ねがけすれば、たいていなんとかなるんじゃないかなって」
「それはそうかもしれないけど……」
スピラが魔法的には可能そうな反応をしたが、オスカーが顔をしかめた。
「無事に入れたとしても無事に出られるとは言いきれないだろう? 安全性もだが、さすがに今日帰れないと言い訳がつかないだろう」
「それはそうですね……」
そこは彼の言う通りだ。しばらく中から音信不通だというなら、簡単には出られない可能性がある。閉じこめられたらやっかいだ。
「とりあえず、一番近い陸に降りて少し休憩しながら考えようか」
ルーカスが提案したところで、雲の上の方からホウキが飛んできた。距離的に点にしか見えなくて、向こうから向かってくるまで見逃していた。
「魔法使いか?」
「あ、あれって……」
相手が誰かわかった瞬間、自分だと気づかれる前に逃げた方がいいかと思う。が、こちらが認識できる距離は、相手からもこちらを認識できる距離だ。
「なんだ、なんでジュリア嬢がこんなところにいるんだ? しかもなんだその変な乗り物は」
「魔法卿……」
「魔法卿こそ、こんな所でどうしたの?」
ルーカスがよそ行きの笑顔で尋ねる。
「もちろん仕事だが? 休みもなく働かされている俺をねぎらっていいぞ、若輩ども」
「それはお疲れさま。ぼくらはちょっと友人と観光に来たところだよ」
「とんでもない速さで飛んでくる未確認飛行物体があったから見に来てみたんだが。それは新しい魔道具か?」
「え、ただの魔法の絨毯ですよ? 魔道具協会のレンタル品です」
「は? ただの……?」
「えっと……、ちょっと魔法で改造しましたが」
「魔法で改造? 外壁はどう見てもミスリルだろ? こんな変な形のミスリルを魔法で出せる魔法使いがいるわけがないだろう。からかっているのか?」
(ううっ、常識だとそうよね……)
正論を言われると小さくなるしかない。
「ぼくらのことはどうぞお構いなく。お仕事が大変でしょうから」
「そうだな……、数週間前にも空を高速で飛ぶ未確認飛行物体が大陸の東半分で目撃されていて、中央に調査依頼が来ているんだが?
害はなさそうだからと後回しにしていたんだが、今、先にそちらを済ませた方がよさそうだ」
「すみません……」
ルーカスは話を逸らそうとしたのだろうけれど、まさかの、自分たちのことが仕事に含まれていた。
上空を飛んでいたから目撃されていないと思っていたが、何かが移動しているくらいには気づかれていたのだろう。
「正直に言うとコレはなんだ?」
「ただの魔法の絨毯です……」
そうとしか言いようがない。本当にただのレンタル品なのだ。
「ジュリア嬢……」
(完全に信じていない、頭が痛いっていう感じの顔よね……)
「ジュリアちゃん、魔法を解除して見せようか」
「え」
ルーカスに言われて驚く。それは魔法卿から見てもありえないミスリルを出した犯人だと自首するようなものだ。本当にそうしていいのかわからない。が、そこは参謀を信じるしかない。
「わかりました。解除するので、好きなだけ改めてください。リリース」
ミスリルの檻と、合わせて水のイスも解除する。乗っていた絨毯がただの魔道具の絨毯に戻る。
「本当に魔法だったのか……」
魔法卿が信じられないものを見る顔になる。
「……ありえないような速さの原因はミスリルの壁で風が当たらなくなったことと、運転している魔法使いの魔力量か? 運転者はどこの所属だ?」
スピラが質問を向けられて、キャスケット帽を押さえて深く被った。
「私? 貴方はジュリアちゃんの知り合いみたいだけど、私とは初対面だよね? 自分から名乗るのが礼儀じゃない?」
(きゃーっ! スピラさんっ!!!)
相手は魔法卿だし、自分とルーカスが魔法卿と呼んでいる。普通の魔法使いならその時点でかしこまってガチガチになる相手だ。
魔法卿が笑う。
「それもそうだな。俺はエーブラム・フェアバンクス。冠位一位、魔法卿だ」
「ああ、ニンゲンの偉い人か」
「人間の偉い人……?」
(きゃーっっっ)
一番、スピラの正体がダークエルフだと知られてはいけない相手だ。ヘタすると討伐対象になってしまう。
(ううっ、胃が痛い……)




