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37 夢とうつつ


 一面の花畑に、オスカーと、まだ幼い娘と自分の三人。幸せな光景を、どこからか見ているようなアングルで意識に上がってくる。

 夢の中で(またあの夢……)と思った。くりかえしくりかえし見てきた、すべてを失う夢。

 この先は知っている。すべてが血に沈み、赤く塗りつぶされるのだ。

 心拍が激しくなっているのを感じる。何度くりかえしても慣れることがない、その瞬間。


 けれど、今回はどうも様子が違う。花畑にいたはずが、いつしかクルス家の別荘にいる。娘はいなくて、若い彼と二人きりになった。

「オスカー……」

「……ジュリア」

 視線が絡まる。高鳴る鼓動はその愛しさによるものなのか。夢の不条理の中ではわからない。

「ジュリア」

 自分を呼ぶ音が愛おしい。なのに、何か違和感がある。

「ぁ……」

 自分の体が崩れていくかのような感覚がある。手も顔もどんどんシワだらけになり、百年の歳をとっていくかのようだ。

「……あなたは、化け物だったのだな」

 そう冷たい声がして、彼が背を向ける。


(化け物? ……私が? ……そう、きっと。それでも……)

「オスカー……!」

 すがるように呼んでも、もう彼は振り返らない。

 いつしかその姿も消えて、独りで常闇とこやみに閉じこめられたかのようだ。


「……オスカー!!!」

 叫んで、自分の声が耳に返って目を覚ました。

 ほほが濡れている。

(そうだわ……)

 彼に真実を話してしまった。すべてを知られてしまった。

(私が私ではない、……百年もの時をさかのぼってきた、化け物……だっていうことも)

 なぜ話してしまったのかと思う。冗談でごまかすつもりが、それもできなかった。彼の言葉が嬉しくて、最後には本音を伝えてしまった。

 それを彼がどう受けとったのかはわからない。

 反芻はんすうして恥ずかしくなる前に、もっと重大なことに気づいた。


(ここ……)

 自分がいる場所が想定と違うことに気づくのと同時に、心配そうに覗きこむ二人が意識に上がる。

「……お父様? ……お母様?」

「おかえりなさい、ジュリア」

「第一声が『オスカー』なのはどういうことだ?」

 不満そうに言いつつも、父もどこか安堵したような表情だ。


(なんで……?)

 ベッドから見える景色も実家に違いない。なぜ自分が家に帰っているのかが全くわからない。

 オスカーを助けるために大きな魔法を使った。見られてはいなくても、それを誤魔化しきれるとは思えない。だから、オスカーを無事に帰したら、自分は何も言わずに姿を消すつもりだったのだ。そしてどこか遠くから、両親には生きていることだけは知らせようと思っていた。

 自分がもう一度この家にいることは想定していなかった。


「あの、私……。どうやって帰ってきたのでしょうか」

「そのオスカー・ウォードが運んできたそうだ。それをルーカス・ブレア、あの日フィン様を警護していたもう一人の魔法使いが見つけて保護したと聞いた」

「……そう、なのですね」

(オスカーが運んできた? 私が気を失っている間に? どうやって?)

 彼はまだ魔力が回復していなかったはずだ。先に体力が戻らないと魔力は戻らない。体のしくみとしての優先順位だ。


 ハッとした。

(限界突破……)

 その可能性以外は考えられない。なんて危険なことをしたのか。

 気づいたのと同時に、父にかじりつくように尋ねていた。

「彼は? 彼は無事ですか??」

「うちに着いた時には意識がなく、ゲストルームで治療した。魔力切れのままムリをしたようだな。意識が戻ってから魔力回復液を与えて、しばらく休むように言って家に帰した」

「……そう、ですか……」

 ホッとした。ひとまず彼はもう大丈夫だろう。


「お前が倒れたのは過労と栄養失調、脱水症状などが重なったものだそうだ。魔法で補助して水分とエネルギーの投与をしたが、三日ほど眠り続けていた」

(三日も……)

 思っていた以上に時間が経っていることに驚く。

 そういえば、オスカーの様子を見ていた間、自分のことには一切かまっていなかった。気が気じゃなく、睡眠も、時々気を失うようにまどろんでいたくらいだ。

 もう少し自分の体にも気をつかうべきだったと猛省する。完全に自分の落ち度だ。


「何があった?」

 父の問いにどう答えていいかわからない。

 自分の過去と魔法について話さずに、説明できる言葉は浮かばない。

「……わかりません。すみません、混乱しているみたいで」

 混乱しているのは本当だ。目を覚ましたら家にいるとは全く思っていなかったのだから。

「いや、いい。帰ってきただけで十分だ。気がついたばかりなのに、ムリをさせてすまなかった」

「……いえ。ありがとうございます」


 父の気づかいを受け取って、これだけは聞いておきたいと思って言葉を続ける。

「……あの。オスカー……、ウォードさんは、なんと?」

 夢に見た怖さが強く残っている。

(化け物……)

 彼は真実を知った。見限られるのには十分な理由だ。

 それに、自分がここでどう振るまうべきかも彼がどうしたかによるだろう。


「アレからも詳しくは聞けなかった。まだ意識がハッキリしない中で、とにかくお前を帰さないとと、二人で逃げてきたのだと言っていた」

「……そう、ですか」

(オスカー……。またあなたに守られたのね……)

 自分が居場所を失わないように、全てを伏せてそういうことにしてくれたのだろう。

 あんな重大なことを話したのに、現実の彼は、夢で見た彼と真逆の反応を返してくれるのだ。あの場でも、その後も。

(オスカー……。……大好き)

 心の奥がとても暖かい。暖かくて泣きそうになるのを、ぐっと飲みこむ。


 あの時空間転移を使った敵が捕まったらウソがバレる可能性はある。けれど、信用度の差で、なんとかできる可能性もあるだろう。

 今は、彼がくれたチャンスを最大限生かすしかない。

「……やっぱり、記憶がハッキリしなくて……。領主邸で激しい戦闘があったことまでは覚えているのですが」

「……。オスカー・ウォードは当初、生死不明と報告を受けていた。魔力切れだけで五体満足で戻ってきたことに驚いたのだが。ジュリアは、アレが魔力切れだけで後は問題ないと知っていたのだな」


 バクン。

 心臓がイヤな跳ね方をする。

 生死不明なほどの重体な彼を、誰が、なんのために、どうやって治したのか。問題はそこにある。

 先の父とのやりとりで、自分はあからさまにホッとしてしまった。心配していたのが魔力切れだけだということを勘繰られているのだろう。

 元々戻ってくるつもりがなかったから、言い訳を考えていない。彼が無茶してまで家に帰してくれたことをムダにしないために、必死に頭を回す。


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