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17 お泊まりの翌朝、エタニティ王国へ


 結局、あまりよく眠れなかった。

 十分遅くなってから戻ったからすぐに眠さが勝つと思っていたのに、いざネグリジェに着替えて一緒にベッドで横になると、どうしても心臓が落ちつかなかった。

 オスカーは目を閉じていたから、眠っていたのだろうと思っていたけれど、朝起きたら眠そうにしていた。彼も同じだったのだとしたら、申し訳ないと思いつつも嬉しい。


 魔法で身支度を済ませて母屋に行くと、すでに使用人が朝食を用意していた。義父母にお礼を言ってからありがたくいただく。


「今日もゆっくりしていっていいのよ?」

「ありがとうございます。お気持ちは嬉しいのですが、友人と約束があって」

「あら、女の子のお友だち?」

「自分も一緒に行く用事だ」

 答えにくい質問だなと思ったのと同時に、オスカーが代わりに答えてくれた。ここは黙っておいた方がいい気がする。


「あらそうなの。二人でけっこうよく冒険者協会に出入りしているみたいだけど、冒険者に興味があるのかしら」

「……待ってくれ。知っていたのか?」

「それはもちろん。見かけた友だちからも、冒険者協会からも魔法協会からも、話は耳にするわよ?」


 想定以上に情報が筒抜けすぎる。

 ウッズハイムの魔法協会からスカウトがきた時点で、そこに勤める義父には知られていてもおかしくないとは思うが。

 その義父が話を受ける。


「ずいぶん難しい依頼をこなしているらしいな。早く実家に戻ってこっちの魔法協会に勤めるよう説得してほしいと言われている」

「結婚したらこちらでとは思っているが。時期は未定だな」

「あら、それは楽しみね」

 笑って流してもらえるのはありがたい。一応、誤解は解いておく。


「あの、これといって冒険に興味があるわけではないのですが。必要性がある時に行ったり、人的被害が出そうな案件を一緒に受けたりしている感じです」

「まあ、そうなのね」

「浄化の魔法も覚えたらしいな。難しかっただろう」

「ああ……。いい師匠に出会えたから、いろいろと成長できていると思う」

「あら、どなたかしら? ご挨拶させてもらわないと」


(目の前にいます、お義母かあ様……)

 思うけれど、これは秘密だ。


「どうだろうな。師匠は知られたくないだろうから、自分から伝えておければと思うが」

「クルスさんではないのか」

「ああ。クルス氏は見て盗めのタイプだな」

(私もクルスさんだけど、この場合はお父様しか指していないわよね)

 バレることはないと思うけど、ドッキドキだ。


「このあたりで中級以上の浄化魔法を使える魔法使いが他にいたかしら?」

「自分が使えることを人に知られたくない人……だと聞いているので、知られていないのだと思います」

 詮索せんさくされたくなくて少し口を挟んでみる。


「それは確かに知りようがないなぁ」

「あらあら。陰のボスみたいでおもしろいわね。正体をあばいてみたくなるわ」

(やめてください、お義母かあ様……)

 ものすごくいたたまれない。


「ジュリアちゃんは会ったことはないのかしら?」

「えっと……、はい。そうですね」

 会ったことがあるかと言われれば、自分で自分には会えないわけだから、ないと言ってもウソではないはずだ。


「知られると困ることがあるから隠しているのだから、詮索はやめてもらいたいのだが」

「あらあら。そうね」

 納得してもらえたようでホッとする。

 が、すぐに内緒話の声で耳打ちされた。


「……ジュリアちゃん、わかったらこっそり教えてね?」

「え……」

「母さん……、頼むからやめてくれ……」

 しっかり聞こえていたのだろう、オスカーが眉間にシワをよせる。かわいい。指アイロンしたい。


 思いがけない話で少しドギマギしたけれど、それ以降は平穏に過ぎ、なんとか送りだしてもらえた。

「あ、お義母かあ様。いろいろとご用意いただいてありがとうございました」

「どういたしまして」

「寝具は魔法で洗って乾かしたので、そのままにしてもらって大丈夫です」


 事務連絡として伝えたのに、義母の顔がパァッと明るくなった。

「あらあら、気をつかわなくてもいいのに」

 そう言う声が弾んでいる。

(待って。何を想像されているのかしら……?)


「誤解がないように言っておくが、手は出していないからな?」

「さすがにそこまでヘタレじゃないって信じてるけど、そういうことにしておくわ」

(これ多分、何を言っても信じてもらえない気がするわ……)


 オスカーが盛大にため息をつく。かわいい。ハグしてよしよししたい。

 思いつつ、ホウキを浮かせる。もう一度礼を言って挨拶をしてから、二人でホワイトヒルへと戻った。



「あはは! すごいね、オスカーのお母さん」

「笑いごとじゃない」

 昨日から今朝にかけてのことを話したら、ルーカスに爆笑された。


 魔道具の絨毯じゅうたんをミスリル・プリズンで覆って翼もつけてから、スピラに飛ばしてもらっている。家で留守番だったユエルもピックアップ済みだ。


「暴走することがなくはない人ではあったが、ここまでのことは初めてで、正直動揺している」

「そうですね。前の時にもなくて。もっと好きにさせてくれて、サポートだけしてくれる人っていうイメージでした」


「状況が違うから焦ってるのかもね。前は結婚までとんとん拍子だったんでしょ?」

「そうですね。ご挨拶に伺って、両家の顔合わせをして、式と引っ越しの準備をして。

 私の研修が終わり次第、ウッズハイムに引っ越す前提で最初からお会いしていました」

「うん。で、今回は、結婚の時期は未定だもんね。その理由は話せないわけだから、向こうからしたらなんでっていう感じなんだろうね」


「だからといって息子に既成事実を作らせようとするか? 普通」

「どうだろうね。ぼくら庶民だと、できちゃった婚もなくはないけど」

「え」

「けど、ジュリアちゃんは貴族だもんね」


「父が冠位だからというだけで、その自覚はあまりないんですけどね」

「自覚はなくても、準男爵で冠位魔法使いの娘、箱入りのお嬢様なのは事実だから。バレたら戦争かもね」

「バレなければいいと言っていたな……」


「あはは。お母さんがグルになって隠蔽いんぺいしてくれるのは心強いんじゃない? 外泊の言い訳にも協力してくれそうだし」

「そこは確かに、場合によっては助かるかもと思わなくはなかったが」


「ジュリアちゃんはどう思ってるの?」

「私ですか? えっと……、お義母かあ様の気持ちは嬉しいし、ありがたいです」

「ありがたいのか……」

「はい。家族になる前から家族として受け入れてくれていて、早く家族になろうって言ってくれているっていうことだと思うので。

 ただ……、今の私は前の時と違って、手放しでそれを受け入れられないので。孫の顔を見せられるのかどうかも含めて、申し訳ないと思っています」


「前と同じくらいの時期に結婚だけしちゃうっていうのはナシなの? 子どもは授かりものだから、仲がよくてもいない夫婦もいるし、ごまかせるんじゃない?」

「そうですね……」

 ルーカスの提案を改めて吟味して、言葉を選びながら答える。


「世界の摂理の問題が解決しない限り、それも絶対安全だとは言えないので。前と状況が違うことで、私が感極まってしまわないとは言いきれなくて。

 私にとって一番大事なのは、やっぱり、オスカーが無事なことなんです。たとえ結婚できなくても、子どもを持てなくても……、最悪、そばにいられなくても」


「側にいられないのは自分がイヤなのだが」

「最悪の話ですよ? 私もイヤなのはイヤです」

「そっか。じゃあ、一刻も早く解決しないとね」

「ありがとうございます」

 まるで絶対に解決できることのように参謀が笑ってくれるのが心強い。


「ま、でも、今は絨毯じゅうたんに乗っている以外にできることはないから。寝不足なら仮眠をとってもいいよ」

「そうだな。着いたらどうなるかわからないから、そうさせてもらえればと思う」

「うーん……、完全に横になるのは落ちつかなさそうなので、イスをつけてみましょうか。ウォーター・クラフト」

 水のベッドを作るのと同じ要領で、ベッドと椅子の中間のような背もたれつきのソファを出す。進行方向を向けるから、こっちの方が安心だ。


「え、なにそれ。ぼくも座りたい」

「狭くなって移動しにくくなりますが、人数分出しましょうか?」

 運転しているスピラには普通のソファの背もたれだけを作って、あとのメンバーはそれぞれに転がれるようにする。


「……いいな」

「うむ」

「すごい、楽だね」

「よかったです」

 好評で何よりだ。心地よい感触とほどよい揺れに寝不足も重なって、すぐに眠りに落ちた。


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