15 [オスカー] ウォード家のジュリア評価
ジュリアの母の希望で両家の顔合わせをすることになった。場所は、ジュリアが前の時に使ったというウッズハイムの料亭を予約した。
朝一で寮からホウキで実家に戻り、正装に着替える。ジュリアたちは予約時間の昼頃に店に着くようにホワイトヒルから馬車で来ると言っていたから、だいぶ余裕があるはずだ。
「あらあなたも気が早いこと」
整えた状態でリビングに行ったら母がそう言って笑う。そう言う本人もバッチリメイクをしているし、父も既に正装でそわそわしている。つい笑ってしまう。
「自分の気の早さは親ゆずりだな」
「ジュリアちゃんが嫁いでくるなら離れに住むのか?」
「そのつもりではいるが。それもまだ気が早いだろう」
「婚約での顔合わせよね? なら秒読みなのでしょう?」
「どうだろうな。結婚できるかは別として、どうなったとしてもずっと側にいたいとは言ったが」
「ジュリアちゃんはなんと?」
「嬉しい、と」
「なら何も問題はないじゃないの」
「いや……。二人でどうにかすることだから、今日の場では聞かないでもらえると助かる」
「そう?」
完全に納得したわけではないけれど、そういうものとして受けとってもらったようには思う。
「私は早く孫の顔を見たいとは思っているのよ?」
(唐突に何を言いだすんだ……!)
飲んでいたものをふきだすかと思ったが、なんとかとどめた。
「だってそうでしょう? かわいいかわいいと思っていた息子が思っていたよりも厳つくなっちゃって、口数も減ってかわいげがなくなって、ちょっとショックだったのだもの」
「……初耳だ」
「あなたに限った話じゃなくて、男の子の親ってけっこうそうみたいよ?
もちろんオジサンになってもかわいく見えるっていう人もいるみたいだけど、ねえ? ビジュアル的にムリがあるでしょ? あの頃のかわいさはどこにいったのとは思うけど、その図体で昔みたいにお母さん大好きとか言われても気持ち悪いものねえ。
その点、女の子はいいわよね。大きくなっても柔らかくてかわいくて。ジュリアちゃんみたいな娘なら一生かわいいと思うわ」
「……ジュリアがかわいいことには心底同意するが」
聞かない方がよかった本音ではあるけれど、言っていること自体はわかる。
(ジュリアからはかわいいとも言われることがあるが、自分でもそれはわからないからな……)
「そうなのよ。かわいいのよ。あんなにかわいい子があなたを選ぶなんて、最初に会った時は詐欺かと思ったわ」
「母さん……」
散々な言われようだ。息子をなんだと思っているのか。
「だってそうでしょう? そこまでいかなくても、魔法使いとしての安定性とか、そういう現実的なことを考えて相手を選ぶ女性はそれなりにいるのよ?
だから好きなところを聞いても表面的なことしか言えないんじゃないかと思っていたのだけど。
それがまさかあなたにベタ惚れだなんてねえ。安心はしたけれど、空からヤギでも降ってくるんじゃないかと思ったわ」
「自分でも彼女に選ばれたのは幸運だとは思うが」
「でしょう? だからさっさと既成事実を作っちゃいなさい」
お茶のカップを落としかけて、なんとか支える。
「……待ってくれ。それは冗談だよな?」
「半分は本気ね」
「半分も本気なのか……。倫理的にまずいだろう……」
「あら、バレなきゃいいわけだし、すぐに責任を取れば何も問題はないじゃない」
「そうは思えないが……」
魔法使いには変わり者が多い。母も例にもれない魔法使いだが、ここまで価値観がズレたのは初めてだ。
自分としては衝動が抑えられなくなりそうになることはあるけれど、それがいいと思っているわけではない。本来であればちゃんと手順を踏むべきだと思っているから、必死に飲みこんでいる部分もある。時々ふっ飛ぶことはあるが。
「ちゃんと捕まえなさいね。それで早く孫の顔を見せてほしいわ。ジュリアちゃんに似た女の子なら絶対にかわいいから」
「それは……、かわいいだろうが。気が早いが、善処するとしか」
「結婚さえしちゃえばゆっくりでもいいけれどね。ジュリアちゃんを娘としてかわいがる期間があってもいいと思うわ」
「母さんに嫁いで来るわけではないからな?」
「ふふふ。ちゃんと私にも貸すのよ? いっぱいかわいがっちゃうから」
「不安しかないのだが……」
「まあ、あれだな」
黙って聞いていた父が話に入ってくる。助け舟を出してくれるのかと思ったが、
「かわいい孫は私も楽しみだ」
(お前もか……!)
がっかりだ。
「エリック・クルス氏とは仕事で関わりがあったが、ジュリアさんとはまるで似ていないからな。かわいい女の子は期待できるんじゃないか?」
「自分に似ない前提か……」
両親が彼女を気に入っているのは嬉しいが、息子の扱いがひどすぎやしないか。
「まあ、ジュリアちゃんの一番いいところは、男を見る目があるところよね。ふふふ。もうかわいくはないけれど、いい男には育ったんじゃないかしら?」
聞かれても困るけれど、そう思われているなら嬉しくなくはない。彼女を幸せにする甲斐性くらいは持ち合わせたいところだ。
両家の顔合わせは特に問題なく済ませられた。どちらの両親もよそ行きの顔をしていたからだろう。
特に心配していた母からの余計な言葉や、クルス氏から自分へのアンチが飛ぶこともなかった。むしろ仕事ができることを上司として褒められて驚いた。
家と家としてもお互いにつながりを持っていくことを確かめた形で終了する。ホッとして店の出口へと向かう。
(それにしても今日のドレスも似合っていてかわいいな)
晴れの日用の化粧もあいまって、会った瞬間にはかわいいしか考えられなくなって大変だった。
「おつかれさまでした」
「ああ。おつかれさま」
両親たちが前を行く後ろを一歩引いて歩く形で、ジュリアと二人で言葉を交わす。どちらからともなく指を絡めて、視線が重なると笑みがこぼれる。幸せだ。
そうして店を出たところで、母が待ち構えていた。
「ジュリアちゃんは今日はもう帰るのかしら? よかったらうちに寄って行かない?」
「え。急ですしご迷惑ではないですか?」
「うちはいつでも来てもらって構わないわよ? なんなら泊まっていってもらってもいいわ」
「母さん……」
気を抜くのが早かったと後悔する。ちゃんと別れるまでが戦場だった。
「あら、これからは第二の家になるのだから、そのくらいいいんじゃないかしら? ねえ、クルスさん?」
「あらあら、ふふ。そうね。ご迷惑にならない程度なら」
クルス氏が何か言う前にシェリーさんが応じたことで、クルス氏は何も言えなくなったようだ。必死にムスッとしないように努力している気がする。
「……なら、少しだけお言葉に甘えさせていただきます」
(来るのか? これから? この天使が?)
今日は心の準備ができていない。不意打ちに舞いあがりそうになる。
「ジュリア、それなら帰りはホウキで大丈夫かしら?」
「はい、お母様。お父様と馬車でお帰りいただいて大丈夫です」
ジュリアが答えて、クルス氏とシェリーさんが乗った馬車を見送った。
それから、実家に向かう馬車に四人で乗りこむ。母が強引にジュリアをこちら側に取りこんだ形だが、もう少し一緒にいられるのは純粋に嬉しい。
「ありがとうございます、お義母様。お誘いも、まだオスカーといられるのも、嬉しいです」
(か わ い い、か……っ!!!)
唐突な母のとんでも発言はどうでもよくなった。むしろナイスだとすら思えてくる。
「あらまあ、ふふふ。ほんと、ジュリアちゃんはかわいいわね。まったく遠慮はいらないから、実家だと思って過ごしてちょうだいね」
「ありがとうございます」
「少し緊張しているのかしら?」
「あ、えっと……、お義母様とお義父様がいらっしゃるからというのがなくはないのですが。……今日のオスカーがいつも以上にカッコよくてどんな顔をしていいのか……」
そう言って頬を染める彼女をどうすればいいのだろうか。
(むしろジュリアがかわいすぎるのだが?!)
今、馬車の中が二人きりではないのが悔しすぎる。




