14 クルス家のオスカー再考
口から心臓が出そうだ。
(前の時はどうやってやり過ごしたのだったかしら……)
思いだせない。同じようにすごく緊張していたような気もする。
きちんとした顔合わせだからと、気軽にホウキや絨毯で飛んでいくのではなく、朝からいい馬車に乗ってウッズハイムに向かっている。もちろん家族全員正装だ。
父がピリピリしているのは前も変わらなかった気がする。母はウキウキしているように見える。それに少し救われる。
「ジュリアはいつからウォードくんが好きなのかしら?」
「百年以上前からですね」
「あらあら、ふふ。それはステキね」
ふいに尋ねられて、緊張で頭が回っていなくて、つい本当のことを答えてしまった。まずいと思う前に母が冗談として笑ってくれてホッとする。
「おつきあいしてそれなりに時間が経つけれど、好きな気持ちは変わらないのかしら?」
「もちろん変わってますよ? 毎日もっと大好きになっています」
本当のことを答えただけなのにクスクス笑われた。
(なんでかしら……?)
不思議だけどイヤな感じではない。
「嫌いなところはないのかしら?」
「オスカーのですか? 思いつかないですね……」
前の時から考えてもまったく浮かばない。
父がむすりとしたまま話に入ってくる。
「そんなにいいものか? あいつは普段ニコリともしないだろう?」
「そうですか? 仕事だと真剣な顔が多いかもしれないですね。それもカッコイイけど、私といる時はだいたいニコニコしてますよ?」
「……ああいうマジメそうに見えるやつほどムッツリすけべだったりするんだぞ?」
「それはまあ、私がすけべされたければ問題ないですよね」
「ジュリア?!」
母が耐えきれない様子で笑いだす。
「エリック? あなた自身のことかと思うのだけど?」
「シェリー?!」
「お母様はお父様の嫌いなところはないんですか?」
「あら、もちろんあるわよ?」
「シェリー?!」
「ふふ。でも、それがあってもやっぱり好きなら、本当に好きなんじゃないかしら」
「お母様はそうなんですね」
父が少し照れくさそうにしてから、じっと考えこむ。
「オスカー・ウォードの悪いところか……、魔法使いなのに筋肉バカだというのは?」
「え、カッコイイですよね? 魔法剣士っていう時点で珍しくてすごいし、近接戦で戦っているのもカッコイイし。筋肉って触り心地がいいですし」
「さわっ……、ジュリア?!」
「もちろん腕とかですよ?」
実際は前の時に全身くまなく触っているけれど、さすがに内緒だ。彼は確かに鍛えていていい体をしているが、決して過剰な感じではなく、ほどよいと思う。余計な脂肪がないという印象だ。
(ぷにぷにならぷにぷにで好きだろうけど)
別に筋肉が特に好きなわけではない。オスカーが好きなのだ。
「運動後は汗くさくないか?」
「いつもすぐに流していますし、なんならいい匂いだなと」
「におっ……、ジュリア?!」
「婚約者なのだから身をよせたりくらいはしますよ?」
婚約前というかつきあう前から彼の匂いに安心していたのは内緒だ。
「交友関係が狭そうなのはどうだ?」
「そうですか? ルーカスさんとはすごく仲がいいし、他のメンバーとも特に仲が悪くはないと思いますが。
あ、友だちより私のことを優先してくれる感じはしますね。ありがたいことに」
「あいつはおもしろみがないだろ?」
「オスカーにおもしろさは求めていないので。一緒にいて幸せとか、安心感とか、そっちな気がします」
「デートも別に楽しくないんじゃないか?」
「すごく楽しいですよ? 大笑いするとかそういうのではないのですが。いろいろなことをシェアできるので」
「いびきがうるさいとか寝相がひどいとか寝顔が変だとか……」
「寝息は静かでしたね。寝相も普通かと。寝顔はかわいかったです」
「ジュリア??!」
「みんなで大部屋にいた時の話ですよ?」
大部屋は大部屋だけど、父が知っている場所ではないが、そこは伏せておく。前の時に一緒に寝ていた時も特に気になったことはなかったというのも内緒だ。
「あらあら、ふふ。あなたの完敗ね?」
「いや、まだだ。まだ何かあるはずだ」
「なんでオスカーのあら探しみたいになっているんですか……」
「アレだ! デカすぎる! 背が高すぎるだろう? お前と並ぶと」
「オスカーは背が高い方だけど高すぎるとまではいかないので、それ遠回しに私が小さいって言われている気がするのですが……」
「小さいジュリアはかわいいと思うが」
「フォローになってません……」
「一緒にいると首が痛くならないか?」
「ずっと見上げているわけではないので、なりませんよ? 時々見上げると視線が合うのがすごく幸せです。座っているとそんなに気にならないし、ひざの上に座らせてもらうとちょうどいいし」
「ひざっ……、ジュリア?!」
「たまにですよ? たまにはそのくらい甘えてもいいじゃないですか」
そういえば最近はしてもらっていないし、ひざまくらもしていないなと思う。もう少し彼に甘える時間がほしい。
「子どもから怖がられそうなのはどうだ?」
「まあ、なくはないかもしれませんが」
孤児院の子どもたちは懐いていたけれど、娘は確かに少し怖がっていた。自分の子に厳しくなってしまう部分はあるかもしれない。
「けど、お父様ほどではないかと」
「ジュリア??!」
「あ、今は平気ですよ? 大事にされているのはわかっていますし。けど、怖くて苦手だなと思っていた時期はあるので」
時間を戻っていなかったら、もう少し先まで苦手感があっただろうけれど、それは内緒だ。
「うぐぐ……っ」
「もう諦めたらどうかしら? あばたもえくぼということわざがあるではないですか」
「オスカーにあばたなんてないですけどね」
「そういえば、ウォードくんに限らず、ジュリアが誰かを悪く言うのは聞いたことがない気がするわね。苦手な人とか嫌いな人はいるのかしら?」
「それはもちろん。ぐいぐいくる押しが強い人は苦手だし、人を人として扱わない人も苦手です。
相手に呪いをかけて思い通りにしようとする人とか、魔法を悪用して他の人の幸せを壊す人とかは嫌いですね」
「それは誰でも苦手で、嫌いなんじゃないか? というか嫌いな方は魔法協会としても懲戒ものだろう」
「まあ、そうですね」
呪いの方はかけられた相手がドワーフだったから魔法協会は役に立たず、悪用した方は証拠が揃わなくて役に立たなかったようだが。
「私の嫌いなところはあるかしら?」
「え、お母様のですか? ……思いつかないです」
急に言われたのもあるけれど、ここが嫌いというのは考えたことがないから出てこない。
「エリックの嫌いなところは?」
「お父様ですか? うーん……」
いろいろ困ったところがなくはないけれど、それが嫌いかと言われると難しい。
「あ」
「あるのか……?」
「オスカーのあら探しをしたり、オスカーを試そうとしたり、オスカーに冷たいお父様は嫌いです」
前の時にはそんなことはなかったはずだ。同じように馬車に揺られていた時の父は終始無言だった気がする。母から同じ質問をされたかは覚えていないが。
「全部オスカー・ウォードがらみじゃないか!」
「はい。私がオスカーといることに寛大なら、お父様に嫌いなところはありません」
「あらあら、ふふ。一本取られたわね?」
「うぐぐっ、オスカー・ウォードめ。私のかわいいジュリアをたぶらかしおって……!」
「たぶらかされたんじゃなくて、私が好きになったんですからね?」
「同じことだろう」
「ぜんぜん違うと思います……」
「本当に、あいつのどこがいいんだ……」
「全部」
「は?」
「お父様の知らないカッコイイところも、かわいいところも、実はちょっと繊細なところも。強いところも弱いところも、優しさも厳しさも、心配性なところも、時々見せる独占欲も。全部です」
父が信じられないという顔をしているが、それはそれで構わない。これは事実なのだ。
「私はオスカーの全部を、愛しています」
百年以上前からずっと。出会い直して、改めて。百年後の未来までもきっと。
オスカー・ウォードという人間が、この世界に存在していることが愛おしい。




