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13 外部研修初日と二人のランチ


 九月に入り、完全な外部研修が始まった。最初の一ヶ月は運送協会だ。

 お金を払って手紙や荷物を運んでもらうシステムで、馬車や飛脚を使う陸路と、魔法使いが運ぶ空路がある。

 空路は早くなる分、陸路の十倍以上の値段になるため、急ぐ時しか使われない。それでも個人で魔法協会に依頼したり魔法使いを雇ったりするよりはかなり安いため、特別な事情がない限りは運送協会に依頼される。


 運送協会で働く魔法使いとして必要な能力は、初級魔法であるホウキに乗れることと、魔道具のじゅうたんを運転できることだけだ。

 魔法使いになれる魔力があれば誰にでもできる仕事だとされていて、ほぼ全ての魔法使いは運送協会の研修を受けている。


(懐かしい……。暇な時は暇だけど、忙しい時は忙しくて、一日飛びっぱなしの日とかは体力的にきつかったのよね)

 ホワイトヒルの運送協会に所属している魔法使いは一人だけだったはずだ。あとは他から来た魔法使いがルート上でピックアップしていくことがあったか。


 動きやすいパンツスタイルで出勤する。貴族女性としては珍しい格好だ。

(変装用に買った服が役に立つ日が来るとは思わなかったわ……)

 あの時は魔法協会に入る気もなかったのだ。ずいぶん、当初の想定とは違う道を歩いてきた。


「魔法協会から一ヶ月の外部研修に来ました。ジュリア・クルスです。よろしくお願いいたします」

 深く頭を下げると、気楽にしていいと言われた。重いものも扱うため運ぶ仕事をしているのは若い男性が多く、女性や年配の男性はほとんど事務員だ。


 そんな中に配達員としては異色な、白髪の老人が一人。好々爺(こうこうや)という印象のその人が、ホワイトヒル唯一の魔法使いの配達員だ。

「よろしうな、クルスはん」

「よろしくお願いします、フリードマンさん」

「なんや、もう名前を聞いとったか」

(今回はまだ聞いてなかったわ……)

 懐かしんでいるうちに名前を思いだして、つい呼んでしまった。事前に父や他の先輩から聞いていると思ってもらえてよかった。


 初日は魔法の絨毯じゅうたんの運転確認からだ。荷物を乗せて運ぶ前提なため、なるべくゆっくり飛ばすことを意識する。そのおかげか、無事に合格をもらえた。

(前の研修中は結局、実際に使う機会はなかったけど、今回はどうかしら)

 前の時は六月くらいに来ていたはずだ。月がずれると配達物も変わるだろう。


 今日は魔法での速達依頼はなく、仕分けを手伝う。重いものはいいと言われたけれど、浮遊魔法を使えば簡単だ。戦力になると喜んでもらえた。

 休憩時間はそれぞれ配達途中で適当にとることになっている。事務や仕分けの時はある程度決まった時間にとれるため、オスカーに連絡して待ち合わせることにした。


「クルスはん、昼食は?」

「約束があって。外でいただきます」

「ほな、行ってらっしゃい」

「はい。行ってきます」

 見送ってくれるフリードマンさんに手を振る。

(フリードマンさんは確かいつもお弁当なのよね)


 外に出ると、オスカーが迎えに来てくれていた。嬉しくて駆けよる。

「すみません、お待たせしましたか?」

「いや。今来たところだ」

 魔法協会の休憩時間に入って間もないから、遠くないとはいえ、急いで来てくれたのだろう。嬉しい。

 指を絡めて手をつなぐ。


「この辺だとあそことあそこが、早くておいしいかと」

 外部研修のため、ユエルには留守番してもらっている。やっと出られるようになったばかりなのにとすごく残念がっていたけれどしかたない。その分選べる店の幅は広がって、前の時に使っていた店が自由に使える。


「そうだな……、どちらも気になるが。まだ機会はあるだろうから、今日はこちらでどうだろうか」

「はい」

 正直、彼と一緒なら店はどこでもいい。何を食べるかより、誰と食べるかが大事だと思う。


 テラス席に案内される。ちょうど心地いい季節だ。注文を出してから、軽く指先を触れあわせる。

「懐かしい服だな」

「その節はすみませんでした……」

「いや。ジュリアの本音を聞けた日だから、何も悪くはなかったと思う」

「……ありがとうございます」

 自分の中では黒歴史なのだけど、彼が許してくれるなら許せる気がする。


「研修先はどうだ?」

「よくしてもらっています」

「フリードマンさんは元気か?」

「はい。あなたは二年くらい前に行っていたんですよね」

「ああ。十月下旬に魔法協会に入ったから、翌年の十一月から外部研修で、定例通り最初の研修先だったな。自分の後には新人がいなかったから、約二年ぶりか」


「浮遊魔法で手伝ったら、若い方たちから驚かれました。あなたの時は使わなかったんですね?」

「自分は身体強化で運んだ方が早かったからな」

「目に浮かびます」

 同じようにしてもいいのだけれど、それは男性の面子をつぶすような気がするから、自分は今の形の方がいいのだろう。


「……若い男ばかりだろう? 口説かれたりは……」

「してませんよ?」

 ちょっと苦笑して答える。前の時は彼以外から告白されていないのだから、自分が格段モテるわけではないはずだ。今回はたまたま変な状況が重なっただけだろう。


「そういえば、前の時は一度だけ、相手はいるかと聞かれた気がするのですが。今のところはそれも聞かれてないですね」

「……普通の相手なら十分に効果があるんだな」

 しみじみとつぶやいて、左手の薬指の指輪に触れられた。

(あ、なるほど)

 今回は婚約指輪をつけているから、相手がいるかは聞くまでもなかったようだ。


 前の時に結婚に向けて話を進めはじめたのは、来月の彼の誕生日あたりからだったか。

(やっぱり早くなっているのよね……)

 今週末に両家の顔合わせをするというのは、前の時よりも早い。


「前の時、外部研修中に告白されたりとか変な人につきまとわれたりとかはなかったので。そこは大丈夫かと思いますよ」

「そうか」

「はい。というか、あなた以外から告白されたことはなかったのですが」

「それをふまえるとむしろ不安になるのは自分だけだろうか……」

「なんだかすみません……」

 確かに、前と違うことが起こりすぎているから、前はなかったからないが通用しない気もする。


「ジュリアがイヤな思いをしたり、危ないことになったりしなければいいのだが」

「ありがとうございます。十分気をつけますね」

 心配や不安のベクトルが自分に向いているのが嬉しい。オスカーのこういうところも大好きだ。

 視線が絡まると外せない。このまま時が止まって、二人でいれたらいいのにと思う。絡めた指先に軽く力を入れてにぎにぎする。それだけでも幸せだ。


「……来月のあなたの誕生日なのですが。その前の週末はゆっくりしませんか?」

「いいのか?」

「むしろ私が一緒にゆっくりしたいです……」

「そうか」

 嬉しそうに、少し恥ずかしそうにうなずいてくれる。かわいい。


 オスカーが少し考えるようにしてから、聞いていいか迷うようにしながら口を開いた。

「……外泊許可は取れるだろうか」

「え」

 二日ともゆっくりデートができればと思っていたのだけど、お泊まりデートができるならもっと嬉しい。


「そう、ですね……。ルーカスさん案で、それまでに実家を出られていたら、多分問題ないかと。もし出られていなかったら、今週末の顔合わせの状況次第でしょうか。

 婚約しているし、商会仲間やルーカスさんを交えた外泊は許されたので、そこまで難しくはないと思うのですが」

「シェリーさんは許してくれそうだが、クルス氏はどうかというところだな」

「そうですね……」


 父とは一応話はしているし、今は特に仲が悪いというわけではない。商会仲間との外泊許可もちゃんと出ている。けれど、その時は不機嫌そうではあった。

 婚約の時に怒ってから和解はしたけれど、どこか腫れ物に触るような感じが残っている気がする。


(私からもあんまり、お父様に好きって言う気持ちになれないのよね……)

 戻ってきた時には両親が生きているだけで嬉しかったけれど、一緒に生活して、いろいろあって感覚が変わっている。大事にしたい気持ちもあるからこそ難しい。


「もしダメならダメで、それぞれの日にゆっくり過ごせればと思う」

「ありがとうございます」

 負担にならないようにそう言ってくれたのだろう。優しい。


「私もあなたと夜を過ごしたいので。がんばってみますね」

 素直な気持ちを伝えたら、オスカーが固まった。

(何か変なことを言ったかしら……?)


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