11 [ルーカス] ジュリアはダメ男ホイホイ
里長選挙のために三度目のエルフの里に行く。いつものメンバーだ。
「よく来たな、ジュリア」
里長邸の下でサギッタリウスが待っていた。
(あ、これ面倒なやつ)
直感的にそう思った。ニタニタした笑顔が気色悪い。
「こんにちは、サギッタリウス様」
ジュリアがいつもより引き気味に見える。オスカーとスピラが警戒心をあらわにして、ジュリアを一歩後ろに下げた。
サギッタリウスが気にせずに話す。
「ジュリアの所信表明は、推薦への感謝と、世が治めるのもよいと思うというものであったな」
「そうですね」
みんなで決めた所信表明だけど、ジュリア自身の意見が大きい。
サギッタリウスが長老として治めていた間に特に問題があったわけではなさそうだから、エルフですらない自分よりはふさわしいとのことだ。
(面倒を押しつけられるなら誰でもいいと思うけど、里のためにいいかをちゃんと考えるのがジュリアちゃんらしいよね)
だからこそ余計なことを背負いこみやすいのだろうが。
(まあ、ジュリアちゃんが意図したのとは反対の効果になるだろうけど)
ジュリアはサギッタリウスに票が流れるようにそういう内容にしたのだろうが、はたから見ればライバルに寛大な人格者でしかない。
サギッタリウスがニヤリと口角を上げる。
「実は世もそう思っておった」
「そうですか」
ジュリアが苦笑する。すごい自信家だと思っているのだろう。彼女の苦手なタイプだ。
(でも今サギッタリウスが言いたいのは違うことだろうね)
「勘違いするでないぞ。世もジュリアが治めてもよいと思うたという意味である」
「え」
「そう不審そうな顔をするでない。どちらが治めることになろうと、伴侶として二人三脚で治めればよかろう」
「……はい?」
「ヒトの男が好みであらば、愛人として迎えることを許可する」
(あー、考えそう)
サギッタリウスからすれば至極当然の発想だと思う。ジュリアとオスカーはものすごく不服そうだが。
オスカーが斬り捨てようとしないのは、エルフの里でのヒトとしての立場をわきまえているだけだろう。
ジュリアが言葉を選びながら答える。
「そもそもサギッタリウス様とそういう関係になった覚えがないのですが……」
「何を言うておるか。伴侶選びの場で世を選び、熱烈なキスをしたであろう?」
そこだけ切り取れば確かにそう言えなくはない。ジュリアが困り顔だ。
「サギッタリウス様の魔力をいただいて、それからオスカーに甘えた記憶ならありますが」
「うむ。思いだすだけで痺れるような口づけであった。あれほど刺激的な女は他におるまい。交わったらどれほどよいか……」
恍惚と言うサギッタリウスに、さすがのジュリアも拒否反応を起こしているようだ。
(ジュリアちゃんってほんとセクハラ受けやすいよね……)
自分の感覚だと完全にアウトだが、エルフは違うのだろうか。
スピラとオスカーが前に出た。
「うちの子をそういう目で見るのはやめてもらえるかな?」
「あの場でジュリアが選んだのは自分だというのが公認のはずだ。渡す気はない」
サギッタリウスは引かず、スピラに目を向ける。
「よくお考えください、ご母堂。エルフとしてどちらが幸せなのか。
世は何人も妻を迎えておったが、ジュリアを迎えるにあたり離縁は済ませておる。長く生きる上で再婚は珍しくなかろう?
ヒトを伴侶としたところで、伴侶も子も長く生きられず、泣き暮らすのは明らか。ならば傷が浅いうちに他に思いを移した方がよかろうに」
(ジュリアちゃんはエルフじゃないから、前提が違うんだけど)
こちらから見ていると笑い話だが、エルフの理論としては一理なくはない。
スピラが首を横に振る。
「ジュリアちゃんの幸せを決めるのはジュリアちゃんであって、貴方じゃないから」
(スピラさん、成長したなぁ……)
最初のころはサギッタリウスと大差なかった印象だ。
「後悔することになっても?」
「後悔させる気はない」
オスカーが言いきってジュリアを抱きよせる。ジュリアがオスカーに軽く甘えるようにしてから、しっかりとサギッタリウスを見据えた。
「……サギッタリウス様」
「世に嫁ぐか?」
「いえ。もし本気で私を欲してくださるなら、まず私を知ってください。私がどんな人を好きで、どんな人が苦手なのか。私がどんな時に嬉しくて、どんな時にイヤだと思うのか。それらを知った上でなお、私を好きなのか。
そして、私がサギッタリウス様を好きになれるのかも。結婚以前に、おつきあいできるかどうかはそこからではありませんか?」
「ほう? 世に条件をつけようというのか。だがよい。その賭け、乗ろうではないか」
「賭けではないのですが……」
「構わぬ。時はいくらでもあろう。要は惚れさせればよいのであろう?」
「惚れ薬はなしですよ?」
「わかっておるわ。効かぬ相手に何度も使うほど愚かではあらぬ。すぐに世に抱かれたくしてやろう。首を洗って待っておるがよい」
(好きな子に言う言葉じゃないよね……)
誰もそういうことを教えなかったのか。一から教育し直してやりたい。
サギッタリウスが立ち去って、ジュリアがホッとひと息つく。
控えていたキグナスがうなだれつつ、メンバーを屋敷へと案内していく。
「申し訳ない、ジュリア様。一言激励するだけだと言われ……」
「キグナスさんのせいではないので、気にしないでください」
「ジュリアはダメ男ホイホイ過ぎやしないか……?」
オスカーが深くため息をつく。
(セクハラ男をダメ男って言うなら間違いないね)
「そんなことはないと思いますが……」
「あはは。堅物キラーだなと思っていたことはあったけど、ダメ男ホイホイな部分もあるかもね」
「待ってください。前者も初耳です……」
スピラが軽い感じで入る。
「タイプを問わず惚れられやすいだけじゃない? かわいいし、隙があって落とせそうに見えるし」
「隙があって落とせそう……」
ジュリアが心底不服そうだ。
「まぁマトモな男なら、ジュリアちゃんに相手がいる時点で、惚れても言わないだろうからね。必然的にダメな感じが目立つ人からしか告白されなくなるよね」
言って、前半がブーメランで刺さった。
キグナスが苦笑する。
「相手がいると知らず婚姻を申しこんだことは申し訳なく思うが。我もあきらめられぬ故、ダメ男なのであろうか」
「キグナスさんはダメではないと思いますよ? サギッタリウス様も、ちょっと困った方ではあるけど、ダメかっていうと私にはわかりません」
「そういうところに隙があるんだからね?」
「ううっ、すみません……」
厳しめにつっこむスピラがもうお母さんにしか見えない。
キグナスがジュリアをあきらめきれないというのも気持ちはわかる。エルフには目つきがキツくて気位が高そうな人しかいなかった。
(キレイなのは、すごくキレイなんだけど)
自分は苦手なタイプだ。一緒に暮らすなんてまっぴらだと思う。対等に扱ってもらえる気がしないのだ。
サギッタリウスくらい上からいくか、そういうタイプが好みでない限りは厳しいだろう。
加えて、これは公には言えないが、みんなスレンダーだなとも思った。
(いないんだよね、ジュリアちゃんみたいにおっぱいがおっきい子)
小さい良さもあるのだろうけれど、大きいのがイヤだというのは少数派だろう。キグナスに出会った時、一瞬目がいっていたのを自分は見逃さなかった。
(顔がかわいくて、おっぱいが大きくて、若くて、優しそうで隙がある……ってなったら、ねえ?)
狙われる要素しかないだろう。
ましてやオスカーにはエルフのふりをさせていない。
(そこはミスったかな。エルフはもっと排他的だと思っていたから)
上の世代が不在な影響も大きいだろう。
わかっていたら、オスカーにもエルフを演じさせていた。かなり幼いことにはなるが、一応同族であれば、今よりは反論しやすかったはずだ。
あるいは、ペルペトゥスやスピラに、親ではなく年長者の婚約者を演じてもらってもよかった。その方が手を出されにくくなっただろう。
(まあもう言っても仕方ないけど)
思いこみで考えずに正確な情報を得るのは大事だと改めて思う。
難しい顔をしていたオスカーが、小さなため息と共に話を受ける。
「なるほど? つまりジュリアがもっと高嶺の花のような態度をとれば、こんなに苦労しなくて済むわけか」
「苦労をかけていてすみません……」
「あはは。練習してみる? 『あなたがこの私にふさわしいと思いまして?』とでも言ってみれば?」
「ううっ、ものすごく恥ずかしいのですが……。……あなたがこの私にふさわしいと思いまして?」
(……待って。死ぬほどかわいいんだけど?)
必死に上から目線になろうとしているのに、恥ずかしそうな上目づかいなのだ。かわいさしかない。
「ダメだね」
「ダメだな」
「うん、むしろかわいいね」
オスカーもスピラも同意見だった。キグナスも申し訳なさそうに頷いている。
「いつも通り、オスカー以外は異性じゃないって言ってた方がまだマシかな」
「もういっそ、オスカーのですって顔に書きたいです……」
「もうそうするか? 婚約指輪も異種族には効果がなさそうだしな」
(ちょっと待って。何を言いだしたのかな、このバカップルは)
実際に書いていたら会うたびに笑いころげそうだ。一番被害を受けるのは自分に違いない。
「おもしろいけど、バカップルっぷりを見せつけるくらいにしておきなね」
「え、バカップルじゃないですよ?」
「バカップルではないと思うが?」
「あはは。そういうことにしておくね」
無自覚は無自覚でおもしろいから、そのままでいればいいと思う。




