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10 ソフィアの特殊能力を甘く見ていた


 キャンディスのところから戻って、オスカーを送った。魔法卿夫人(ソフィア)からもらったドレスに着替え、一人でソフィアのところに行く。


「……いらっしゃい、ジュリアちゃん」

(あれ?)

 挨拶の前に一瞬、驚いた顔をされたのは気のせいだろうか。


 手入れが行き届いた庭に季節の花が色とりどりに咲いている。ガーデンテーブルにかわいいお菓子が用意されていて、メイドが淹れてくれたお茶も前回とは少し香りが違う。

 大事にもてなしてくれている感じが嬉しい。


 ソフィアが笑顔で勧めてくれて、食べながら最近の魔法卿とソフィアのことなどを聞く。一時期よりはかなり、一緒にいられる時間が増えたそうで何よりだ。

 ひと段落したところで話が移ってくる。


「ドレス、着心地はどうかしら?」

「すごくいいです。ありがとうございます」

「普段使いにもよさそう?」

「はい。時々使わせてもらっています」

 実際そうしているから、笑顔で答えられる。ウソをつかなくていい状況を作るのは大事だ。


「それで、今度は何をしているの?」

「え」

 尋ねてくるソフィアの表情は穏やかだけど、どことなく苦笑気味にも見える。

(ちょっと待って。どのこと……?)

 何をしているか。いろいろしすぎていて自分にもわからない。ソフィアが何を指しているのか、何を答えればいいのかが浮かばない。


 困っているのが伝わったのか、ソフィアが補足してくれる。

「ふふ。ジュリアちゃんは会うたびに、あなたをしたう人……、人? が、増えているのよね。心当たりはないのかしら」

「あ……、ソフィアさんは強い感情を向けている相手が後ろに見えるんでしたっけ」

 そう言われると納得だ。誰が増えているのか興味はある。


「どんな人が見えているんですか?」

「そうね……、全部言ってもいい?」

「はい、もちろん」

 もう見えてしまっているのだから、聞かせてもらった方がむしろいいだろう。


「初めて出会った時から、伝承の中だけの存在だと思っていたダークエルフがいて、驚いていたけれど。

 ひと月会わなかっただけで……、ずいぶんと禍々(まがまが)しいドラゴンに、複数のエルフに……、ヴァンパイア、かしら?

 ふふふ。エルフはまだしも、他は魔法卿あのひとが実在を知ったら気を失いそうね」


 ソフィアの口調は笑い話といった軽いものだ。

 エルフはキグナスだろうか。複数というのが誰かはわからない。ペルペトゥスとニゲルからは慕われている自覚はないけれど、魔法卿くらいの関わりでもソフィアには見えていたから、恋愛感情に限らないのだろう。


「えっと……、ドラゴンはいい人ですよ。エルフたちもよくしてくれるし、ヴァンパイアもそんなに害はないかと」

「あらあら、ふふふ。世界を滅ぼせそうなドラゴンがいい人で、排他的なエルフがよくしてくれる? ヒトの血を吸うヴァンパイアが、そんなに害がない……? あなたの目に映る世界は本当におもしろいわね」

「そんなにおかしいでしょうか……」


「少なくとも魔法卿あのひとには理解できないでしょうね。討伐依頼があれば倒さないといけない相手ですもの」

「ドラゴンの方は魔法卿でも相手にならないと思うし、本気で戦ったら周りの犠牲が大きいと思うので、やめておいた方がいいかと」

「そうでしょうね。もしそういう話が出たら止めてみるわ」

「ありがとうございます。私の方でも、そういう話にならないように十分気をつけます……」


 ダンジョンの奥深くで隠居していたペルペトゥスを連れ出してもらったのは自分の都合だ。人類と敵対させるわけにはいかない。

(やっぱりどんな状況でも、ダンジョンの外で元の姿に戻るのはやめてもらうのがよさそうね)



 翌朝、朝食の時に、ソフィアから言われたことをシェアした。


「特殊能力というのは恐ろしいものだな……」

「私も甘く見てました」

「ニゲルはどのツラさげてジュリアちゃんに懐いているのかな」

 まだ許せていないのか、スピラの口が悪くなっている。


「スピラさんもペルペトゥスさんも正体を認識されるだけで魔法協会や冒険者協会に討伐依頼が出される可能性があるので。今まで以上に気をつけられたらと思いました」

「まあそうだろうね。普通の人からしたら私たちは脅威だろうから。

 その人もかなりの変わり者だね。ジュリアちゃんを経由すれば私たちに辿りつけるの、あえて放置してる感じだもんね」


「普通がよくわかりません……」

「……ダークエルフは不吉な魔物。見かけたら討伐依頼を出して退治してもらうもの。それが私にとっての普通だよ」

「ウヌも大差ないのう。ドラゴンは恐怖の対象であり、ごくまれに畏怖いふ崇拝すうはいとなるくらいであろうか」


「スピラさんもペルペトゥスさんもいい人なのに、不思議ですね」

「……うん。私はそんなジュリアちゃんが大好きだけど、普通の人はそう言うジュリアちゃんが不思議だと思うよ。異端視いたんしされかねないから、あんまり言わない方がいいかもね」

「わかりました」


 珍しく黙って話を聞いていたルーカスが、考えるようにしながら話し始める。

「ソフィアさんは使えるかもしれないね」

「使える?」

「うん。それだけのことを知って、ジュリアちゃんが山のヌシを演じていたことも知ってて、それでも魔法卿には黙っててくれてるんでしょ? 事情を話しても受け入れられるかもしれない」


「ソフィアさんに話す理由があるんですか?」

「ソフィアさんに何か理由をつけてもらって、ジュリアちゃんの研修先を魔法卿の元に移すのはどうかなって」

「え」


「実家にいると長期外泊ができないでしょ? 仕事も欠勤できないし。けど、魔法卿預かりで、ある程度自由にさせてもらえる立場を交渉できれば動きやすくなるんじゃない?

 中央までは距離があるから、クルス氏もしょっちゅう帰るようには言えないし、相手が魔法卿、魔法使いのトップなら逆らえないしね」

「なるほど……」


「どう交渉するかとか、どんな理由にしてもらうのがいいかとかはもう少し考えてみるし、後者はソフィアさんにも一緒に考えてもらってもいいかもしれないね」


「ジュリアを一人で行かせるのか?」

「できればぼくとオスカーも一緒に一時的な移籍ができるといいんだろうけど、どうかな。ちょっと難しそうだよね。

 それも考えておくよ。次にソフィアさんに会うのはいつ?」

「魔法卿とクロノハック山で会う約束をしている日の夕方にしてもらっています」

「九月の最後の土曜、四週間後だ」


「いいタイミングかもしれないね。その翌日がキャンディスさん?」

「はい。断りきれなくて……。動けない日を同じ週にまとめた方がいいかなと」

「うん。ベストじゃないかな。ソフィアさんと魔法卿のところが難しかったら、次点としてジャスティン王からの招聘しょうへいを視野に入れておこうか。

 つながりの言い訳さえつけば、立場的には申し分ないからね。関係としても頼みやすいし」


 長期外泊ができないことで困ってはいたけれど、具体的な解決策は浮かんでいなかった。何手も考えているルーカスはさすがだと思う。


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