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9 ブラッドやキャンディスにピカテットの子どもを譲る


 ユエルの子どものうち、女の子二羽は平日の打ち合わせの時にブラッドに預けた。

 リリー・ピカテット商会預かりとして、マダムユリアビレッジで育ててもらうことになる。商会の資産になるため、前にバートに言われたような費用のやりとりは発生させていない。


「名前は?」

「里子に出す前提だったので、つけていません。飼い主がつけた方がいいかなって」

「なら、商会でつけるか」

 その日の最初の議題は名づけになった。


「とりあえず思いついたものを候補として出してほしい」

 ブラッドの問いかけに真っ先にバートが応じる。

「なら、俺はユリとリアを推します」

「かわいいですわね」

「ユリアじゃないですか……」

 村の名前だけでもうお腹いっぱいだ。全力で拒否したい。


「リアちゃんはリアちゃんだから、それは僕が困ります」

「フィンくんが困るならなしですわね!」

「バーバラは俺とフィンのどっちの味方なんだ?!」

「もちろんフィンくんですわ」

 バーバラが言って、フィンの腕をとる。フィンがにこやかだ。友だち以上の関係は順調なのだろう。


 バートが歯を噛みしめる。

「なら、バーバラの案を言ってみろ」

「そうですわね……、ユエルちゃんはジュエルちゃんなのだから、宝石つながりで、サファイアとかルビーとかがキレイだと思いますわ」

「あ、いいですね」

 自分としては、自分から離れてくれればそれでいい。


「ルビーに合わせてルチルはどうかな?」

「ルチル?」

 ルーカスの提案に全員が首をかたむける。聞いたことがない響きだ。

「うん。ルチルクォーツが有名かな。宝石の中にできる金色の針状の結晶だよ。響きがかわいいかなって」


「そうですわね。サファイアは男の子にもつけられそうだし、とっておいてもいいと思いますわ」

 提案元のバーバラが納得したため、子どもたちはルビーとルチルに決まった。


 次の世代が生まれれば、ピカテットの子どもと触れあえる場所として稼働させ始められるだろう。その時期までに施設などを作っていく方向だ。



 土曜日の午前中からお昼までをキャンディス、午後のティータイムをソフィアと約束している。

 キャンディスのところにはオスカーとユエルと、ユエルの男の子と向かった。残っていた最後の一羽だ。


「ジュリア! よく来たわね」

 空間転移で約束の場所に着いたとたん、歓迎のハグを受けた。

「こんにちは。ディちゃんですか?」

「いいえ? キャンディスよ?」

 にこりと笑ってくれるキャンディスが、以前よりも無邪気に見える。


「ディは十分に遊んだから満足したんですって」

「え……」

 続いた言葉に驚いた。それはつまり、キャンディスの中からディもいなくなったということなのだろう。

(いなくなったっていうより、キャンディスさんの一部に戻った感じ?)

「おかげで私が起きていないといけない時間が増えちゃって。と言っても、公務以外は寝させてもらえているのだけど」


「しっかり休んだ方がいい時期ですものね。今五ヶ月でしたか?」

 マムなキャンディスに会ってからしばらくした頃に、キャンディスからの手紙で嬉しい知らせを受け取っている。

「ええ、そうよ。少しふっくらしてきたでしょう?」

 そう言って離れたキャンディスは、お腹をしめつけないゆるやかなドレスを着ている。


 ジャスティンがオスカーに説明する声が聞こえた。

「結婚式からまだ四ヶ月と少しで、計算が合わないのではないかという顔をしていますが。妊娠週数は最終月経の開始日から数えるそうなんです。

 その月が一ヶ月目になるので、一ヶ月くらいカウントがズレるんです」

「そうか」

(アレわかりにくいのよね……)


「キャンディスさん。約束していたピカテットを連れてきました」

「まあ、ありがとう」

 オスカーが代わりに持っていてくれたカゴを差しだす。

 キャンディスの代わりにジャスティンが受け取って、手近なテーブルに置いた。


「カゴから出したら、ジュリアの子みたいに頭に乗ってくれるかしら?」

 定位置になった自分の頭の上にいるユエルを見て尋ねられる。

「どうでしょう? その子によるみたいなので。カゴで飼っている友人の方が多いです」

「そう」

 キャンディスが試そうとするかのようにカゴを開ける。中のピカテットは特に動かない。


「お名前は?」

「飼う人につけてもらうのがいいと思っていたので、つけていません。野生では名前がないようですし」

「そうなのね。なら……、……ディンか、ティスかしら?」

「どちらもかわいいですね」

 両方、キャンディスとジャスティンの名前の一部を合わせたものだろう。


「ふふ。ありがとう。ジャスティンはどちらがいいかしら?」

「キャンディスが好きな方でいいと思いますが。どちらか決めかねているなら……、ディンでしょうか」

 ジャスティンがピカテットの顔をよく見ながらそう答えた。

(ちょっとディちゃんが残る感じがして嬉しいのは私だけ?)


「ふふ。それなら、あなたは今日からディンよ。よろしくね? ディン」

 キャンディスがカゴの中に手を入れて、つんと軽くふれる。ディンがビクッとしてカゴの奥に行こうとすると、ユエルがカゴの中に飛びこみ、ディンをキャンディスの手の方へと押しやった。

 ピカテット同士で何やら話した様子があってから、ディンが自分からキャンディスの手に身をよせる。


「あら、かわいい」

 満足そうにユエルが戻ってくる。これでユエルの親としての仕事は終わりになるのだろう。

「お疲れさまでした、ユエル」

 今は翻訳魔法をかけていないけれど、なんとなく伝わっているのか、ユエルが誇らしげだ。


 ピカテットの飼い方について必要なことを伝え、とりとめのない話をする。


 ジャスティンが新作だと言って、自動的に揺れるゆりかごの魔道具を見せてくれた。魔石で動くタイプだ。

「気が早いでしょう? まだ先なのに」

 そう言いつつもキャンディスは幸せそうだ。ジャスティンの魔道具開発の才能が平和的に生かされそうでホッとした。


「魔道具といえば、こんなのを作れないかっていう話があって」

 空飛ぶ絨毯じゅうたんの外側をおおった形の飛行道具を提案する。


「それはおもしろそうですね。材質を何にするかとか、出入り口をどうすると飛行時に影響しないかとか、いろいろと考える必要はあるでしょうが」

「もう。魔道具のことになるとすぐにそれだけで頭がいっぱいになるんだから。もっとわたしのことを優先して考えてほしいわ」


「考えていますよ? これが実現すれば、小さな子どもがいても安全に乗れますからね。運転手として魔法使いを雇えば、少し遠くにも気軽に遊びに行けるようになりますよ」

「だから気が早いって言っているじゃない」

「魔道具の開発には時間がかかるので、今からでも間に合うかどうか」


 仲がよくて何よりだ。

 魔道具のアイディアはジャスティンに任せることにした。バートが知ったら権利料がどうのと怒りそうだけど、全てに関わることはできないし、世の中が便利になるならそれでいいと思う。


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