36 [裏魔法協会] 振り返りとたくらみの夜
裏魔法協会。
魔法使いが裏の仕事を受けるという意味で、依頼人にわかりやすいように裏魔法協会を名乗ったのが始まりらしい。
魔法協会と違って系統立った組織があるわけでも、専用の建物があるわけでもない。秘密裏に依頼を受ける方法があり、それが受け継がれているだけだ。
魔法協会の臨時依頼や冒険者協会のクエストでは依頼できないような内容でも、金額次第では請け負うのが最大の特徴だ。復讐、暗殺、破壊工作、愛憎トラブルなど。双方に合意できるなら、内容に制限はない。
メンバー同士の関係は、冒険者のパーティに近い。一人で活動している人もいれば、気が合う仲間と活動している人もいる。パーティではなく、チームと呼称することが多い。
裏魔法協会のラヴァ、トール、タグ、ジャアは、四人のチームだ。
真っ赤なドレスの女ラヴァが、今アジトにしている家の一室で、血のように赤いワインが注がれたグラスを傾ける。
続いて、深いため息混じりの言葉がこぼれた。
「まったく、今回ほど割に合わない仕事はないわねえ」
「少々遊びすぎたきらいはありますな」
紳士風の背が高い魔法使いトールが片方だけ口角を上げた。彼のグラスには白い飲み物が入っている。ただのミルクだ。
「あの坊やたちが思っていた以上にがんばったのよ。簡単に終わると思ったのだけどねえ」
ラヴァが思いだすかのように目を細める。トールがあごに手を当てた。
「ふむ。吾輩も手を抜いたつもりはなかったのですがな」
「あのローブの子、タグみたいに実年齢が違うのかしらねえ。本当にまだ若いなら将来なかなかの使い手になりそうだったけど。フィンの代わりにあの子が犠牲になったのは残念だったわあ」
「裏魔法協会としては強力な魔法使いが減るのはよいことでは?」
「あらあ? 魔法協会と裏魔法協会は表裏一体でしょう? アタシたちも元々は魔法協会にいたのだものねえ」
「スカウトされるタイプには見えませんでしたが、長い人生、何があるかわかりませんからな」
片方の口角を上げて言った言葉は、トール自身を指しているようにも聞こえる。
ラヴァがワイングラスを手の中で回して、明かりに透かすようにして色を眺めてから口にする。
「『お見合いの日にお見合い相手と合わせて葬ってほしい』
その依頼を受けた時は、タグの毒で簡単に終わると思っていたのだけどねぇ」
「メイドが運ぶ前に気づかれたようですな。どんな魔法を使ったのか」
「生き残った方の魔法使いの坊やが声をかけていたわねえ」
庭の茂みに隠れて様子を見ていた。何を言ったのかはわからないが、メイドが動揺して毒入りのお茶を落としたのだ。
「あの子は強くないのに、イヤな魔法の使い方をするのよねぇ。ターゲットを強化して自分で避けさせるとか、普通考える?」
「初めてのケースですな」
「魔法使いとしてはアタシたちの方が確実に上なのに、押しきれなかったのよねぇ」
かわいがっていたつもりはあったけれど、手を抜いていたつもりはない。それだけあの二人ががんばったのだ。
「それと、あの子が戦況を変えたのよねえ。冠位の行動を変えたのもそうだけど、それ以外でも何度か、フィンを片づけるチャンスをつぶされているもの」
「冠位の娘、ですな」
一見すると、か弱そうなお嬢様だった。近づいた兵士にイスを投げつけるなんて予想のしようがない。彼女が抵抗しなければ、あの時点でフィンの首を取れたのだ。
「不思議な子よねえ。本人は魔法を使わないのに、魔法について熟知しているみたいな」
「英才教育のたまものですかな」
「どうかしらねえ?」
「お見合い相手があの娘であったことを不運だったと思うしかありませんな」
「ほんと、イヤになっちゃう」
「ですな。あの街に冠位がいることは織りこんでいても、あの場にいるというのは話が別ですからな」
「本気の冠位が出てくるなら、十倍の報酬をもらっても足りないところよねぇ。
情報不足について依頼人に問いただしても自分も知らなかったとしか言わないし、逆に依頼不達成の文句をつけられるし。その場で殺そうかと思ったわぁ」
「なるほど。それでお見合い相手も一緒にという部分が取り消され、追加報酬と慰労金が出たわけですな」
「ええ。足りない分は情報提供で手を打ったわ。向こうも魔法協会相手だとできることが少なくて苦労しているみたいだけど」
ソファの空席を見やる。もう何年も、そこには二人の姿があった。
「タグとジャアの坊やは取り戻したいものねえ」
「貴女はずいぶんとかわいがっていましたからな」
「あらあ? かわいいじゃない? 傷の痛みに気づかないで笑っているのも、痛みに飲まれて復讐に取り憑かれているのも。ジャアの坊やの魔道具は本当におもしろいしねえ」
「あの二人には吾輩も勝ち目はないですからな。捕らえられたのは、さすがは冠位というべきですかな」
「魔法協会の甘い方針なら十分相手ができると思っていたのだけどねぇ……」
「確かに、だいぶ時間は稼いでいましたな」
空になったグラスにワインを注ぎたす。トールは強い酒を飲むかのようにゆっくりとミルクを含む。
「依頼人からの情報によると、今日の夕方の時点ではまだタグとジャアの意識は戻っていないみたいなのよねえ。連携がとれればやりようもあるのでしょうけど。
今の状態で、アナタの空間転移で連れ帰ることはできないのでしょう?」
「捕らえられている場所が悪いですな。魔法協会内の魔法封じの檻の中ではどうにも」
「そうねえ。警備の魔法使いに気づかれないように行くのもムリよねえ」
「タグがいるなら、眠らせたり麻痺させたり暗殺したり、あるいは敵を味方にしたりと手段は多いのでしょうが」
「そのタグが檻の中で意識不明ですものねえ。アタシたちは隠密には向かないのが難点よねえ」
「ふむ」
トールが考えるようにしながら、グラスのミルクを飲み干した。
「いっそ、派手にいくというのはどうですかな」
「派手に?」
「例えば……」
トールの案に、ラヴァがほくそ笑む。
「ろくでもないことを考えるわねえ」
ワインの赤を眺めながら、トールの案を吟味する。
「……そうねぇ。下準備に時間はかかるけれど、いい手だと思うわ。依頼人にも動いてもらいましょう。
優先事項はタグとジャアの救出。それから……、ついでにフィン・ホイットマンの暗殺も完了させようかしらぁ」
真っ赤な唇が不気味に歪む。前祝いとばかりにラヴァがグラスを高く掲げた。




