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7 タネ明かしとほっぺにちゅう


 ひと息ついたところで、ルーカスがいつもの調子で提案した。

「帰ろうか」

「そうですね」

 怖さが抜けたことにホッとしつつうなずくと、ニゲルが主人に叱られた犬のように小さくなってスピラを見た。


「我があるじ……、スピラはまた来るのか?」

「気安く名前を呼ばないで? また来ると思う?」

「連れて行っては……」

「もらえるわけないよね?」

(これまだ相当怒ってるわね……)


「ニゲルさん。ニゲルさんは、何百年もここで待っていたんですよね?」

「そうだ。正確にはわからないが」

「なら、ゆっくり待ってみてください。時間が必要なこともあると思います」

「それいつか私が許す前提になってない? ほんと、ジュリアちゃんは甘いよね」

「あはは。それがジュリアちゃんのいいとこでもあるけどね」

 スピラはまだ口を尖らせているが、仕方ないだろう。


 オスカーに手を取られ、指をからめてしっかりと握り返す。空間転移のために、いつも通り、他のみんなにはオスカーに触れてもらう。


「それではニゲルさん、お邪魔しました。祭壇に行かせていただいてありがとうございました。テレポーテーション・ビヨンド・ディスクリプション」

「甘い!!!」

 ニゲルと目を合わせないように気をつけて言ったのに、オスカー、ルーカス、スピラがハモった。


 転移先は、今の拠点になっているホワイトヒル近くのペルペトゥスのダンジョン前だ。順に合言葉を口にして中に入って、息抜きにお茶を淹れる。

 一口飲んだスピラから、外見には合わないおじいちゃんな雰囲気がにじみでた。


「あー、生き返る」

「ふむ。スピラは仮死状態であったか」

「生きてるよ?! 死にそうなくらい大変だったっていう表現だからね?!」

「あはは。ペルペトゥスさんはわかってて言ってる気がするなあ」


「ほんと、祭壇の後が大変でしたよね。前回も今回も……」

「まったくだ……。家に帰るまでが遠足とはよく言ったものだな」


「ところで、オスカーくんはなんで簡単にジュリアちゃんを捕まえられたの?」

「ああ。ルーカスから言われた通りにしただけなんだが」

 全員の視線がルーカスに向く。

 操られていた自分がなぜ後半はオスカーに攻撃をしなかったのか。自分も気になっていた。

 ルーカスがニッと口角を上げる。


「ニゲルはジュリアちゃんに『俺様を守れ』って命令しただけでしょ? それに抵触しなければ、ジュリアちゃんに近づくのは問題ないんじゃないかなって。

 戦闘の意思自体がない方が安全だろうから、『ちゅーすることだけ考えて近づいて、ちゅーして、すぐに魔法封じに閉じこめて』って指示したの。物質になったもの以外の魔法は、魔法封じに入れれば解除されるでしょ?」


(なるほど……)

 オスカーにニゲルへの攻撃の意思がまったくなかったから、命令が反応しなかったということなのだろう。


「さすがです、ルーカスさん」

「うん。十分なご褒美ももらったから満足かな」

「ご褒美ですか?」

「それですよヌシ様! オイラもヌシ様からほっぺにちゅうされたいです!」

 ユエルが飛びあがる。

 ルーカスとスピラが驚いて落ちつくかなと思ってやってみたのだが、スピラはまだしも、ルーカスにとってご褒美になるとは思っていなかった。


(ユエルがそう言っているだけだから本当にそのことかはわからないけど、他に思いあたることもないのよね……)

 未だにルーカスが何を考えているのかわからないことが多い。


 ユエルの希望は拒否する理由がない。

「いいですよ?」

 答えて、両手でそっとユエルを包み、ほほらしき位置に軽く口づける。

「おおおおっ、これは幸せですね! ヌシ様はやわらかいですね!!」

「大げさに喜ばれると恥ずかしいのですが……」


「ふむ。即座にニゲルを確保したのはウヌであったが?」

「そうだったんですね。さすがペルペトゥスさんです」

「あはは。ペルペトゥスさんもジュリアちゃんのご褒美がほしいんだって」

「待って。させるのがイヤだから私は気づいてても言わなかったんだけど?」


(やっぱりこれがご褒美なのかしら)

 確定で間違いなさそうだけど、よくわからない。自分に置きかえると、自分からのほほちゅうよりオスカーになでられた方が嬉しい。


「えっと……、じゃあ、ペルペトゥスさん。ヒトの姿だとちょっと恥ずかしいのですが……」

 座っているペルペトゥスのそばに行って、軽くほほへのキスを贈る。

「ふむ。よいのう」

「待って、ジュリアちゃん。私にするのは恥ずかしくなかったの? もしかして男扱いされてない?」


「あの時は必死だったので……、女性同士でもちょっと恥ずかしくないですか? 家族でも。

 ユエルは魔獣なので。ペルペトゥスさんもドラゴンの姿なら恥ずかしくないです」

「男扱いされてないのはいちミリも否定してくれないんだ……」

「あはは。そこはアレじゃない? ぼくも同じ扱いだから、いつも通り、オスカー以外は異性じゃないだけだと思うよ?」

「まあ、そうですね」


「そのオスカーがものすごく複雑そうだから、仲間はずれにしないでちゅーしてあげなね?」

「え、オスカーもほっぺがいいんですか?」

 もっといろいろしているわけだから、今更それで喜ぶとは思えない。

 難しい顔をしているオスカーがゆっくりと答える。


「自分がそれがいいというより、ほほであっても他の男が触れるのはイヤだと思っている自分と戦っている」

「あはは。ジュリアちゃん、ぼくからもお返ししていい?」

「それなら私だってお返ししたいよ?」

「え」

「ダメだ」

 するよりされる方が恥ずかしい気がしていたら、オスカーからストップがかかって抱きよせられた。


「ダメだそうです」

「またしてもらうのは?」

「ダメだな」

「……すみません。わかりました」

 状況的に必要だと思ったし、仲がよければ挨拶の範囲内かと思ったけれど、オスカーがイヤなことをしたいわけではない。

 お詫びと愛情をこめて、オスカーのほほにもキスをする。


「ん」

 表情がゆるんで、次の瞬間にはほほにキスが返された。

(あれ、これ好きかも)

 恋人同士のキスも好きだけど、これはこれでなんとも幸せな感じがする。今更喜ぶとは思えないと思っていた少し前の自分に教えたい。


「……やっぱりオスカーとしたいです」

 ちょっと恥ずかしいなと思いながらも伝えてみたら、彼から唇同士のキスが返る。すごく恥ずかしいけれど、やっぱり嬉しい。


「ううっ、泣いていいかな……」

「いっそ女になってニゲルに嫁げばよかろうに」

「ペルペトゥスの鬼っ!!」

「ウヌは鬼ではなくドラゴンよのう」

「知ってる! 前もこのくだりやったし!」


 エルフでもヴァンパイアでもそれ以外でも、いつかスピラが自分以外の誰かを好きになれるといいと思う。


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