4 ヴァンパイアの告白は想定外
「待って。私、ヴァンパイアの眷属を持った覚えはないんだけど……?」
スピラが顔をしかめる。
ペルペトゥスをホウキに乗せたルーカスが近づいた。
「スピラさん、それはゆっくり聞くとして、相手に戦う気がないなら一旦みんなで中に入れてもらわない?」
「あー……、うん。彼らは私の仲間なんだけど、洞窟に入れてもらってもいいかな?」
「もちろんですとも」
相手が一歩壁に寄り、道をあけてくれる。もう敵対の意思はないようだ。
「あの。それならさっき落ちた子たちを回復しますね。亡くなってしまった子は助けられないのですが……。ラーテ・エクスパンダレ、ヒール」
ヴァンパイアバットは小さいから、だいたいのケガは普通の回復魔法で大丈夫だろう。広域化をかけて回復しておく。それなりの高さから落ちてはいるけれど、魔物なら、落ちた場所が悪くなければ助かっているはずだ。
そう経たずに複数のヴァンパイアバットが飛びあがってきて、洞窟に戻る。
「我が主はおもしろい眷属をお連れだな」
「あれ私、仲間って言ったよね?」
「……なんだか覚えがあるやりとりですね」
ユエルの方を見たが、当のユエルは心当たりがない顔をしている。
洞窟の入り口付近、ヴァンパイアバットがあまりいないあたりに降りさせてもらう。ルーカスが見上げながら尋ねる。
「ヴァンパイアバットって血を吸うんでしょ? 本能でぼくらを襲ってきたりしない?」
「俺様から既に超音波で客人だと伝えてある。安心しろ」
スピラには低姿勢だけど、周りには上からなようだ。
(エルフの里でもやたら上からな長老に会ったし、種族の上に立つとこうなるのかしら?)
「もしジュリアちゃんを襲おうとしたら、私が全匹消し炭にするからね? よく言っておいてね」
「わかった」
「で、まず、名前は?」
「まだない」
「マダナイね。私が主っていうのはどういうこと?」
「いや、そうではない、我が主。眷属に名をつけるのは主の役割だから、俺様にはまだ名がない」
「……私が主っていうのはどういうこと?」
「俺様は主の魔力を浴び続けたことで、ヴァンパイアバットからヴァンパイアになっている。だから主の眷属にあたる」
「浴びせた覚えはないんだけど?」
「毎年、年に一日、上から大量の魔力が降ってきていて……、この姿になってから数百年、主の存在を感じながら来訪を待ちわびていた。前回は短時間だったが。……ヒトの世界ではセイントデイと言ったか」
その話を聞いた瞬間、スピラが頭を抱えた。
「……うん、それ私だ……。ここ、『名もなき者たちの墓』の下だもんね……。ヴァンパイアバットの巣があるなんて気づかなかった……」
「えっと……、毎年酔ったスピラさんが魔力を垂れ流していたことで、この方がヴァンパイアになったっていうことですか?」
「酔っていたかは知らないが、浴びていると気分はよかったな」
「ううっ、ごめん……。穴があったら入りたい……」
「ここは洞窟の中である故、もう入っておろう」
「あ、そっか。とはならないからね?! 比喩だから!」
ペルペトゥスの言葉にスピラが全力でつっこんだ。
ヴァンパイアが流して話を戻す。
「理解してもらえたところで、我が主から俺様に名を賜りたい」
「あー……、じゃあ、ニゲルで」
「ニゲル。いい響きだ。さすが我が主。みな、いいか? 俺様は今日からニゲルだ!」
声とヴァンパイアバットに伝える超音波を同時に出したのか、ヴァンパイアバットたちが祝うように飛び回った。
(ニゲル……、古代魔法言語で「黒」、かしら? ペットみたいね)
ちょっとかわいい気がする。ブラッドや彼の眷属のキャットバットたちのような完全な黒ではないけれど、その名に違和感があるほどではない。黒に近い茶系の犬が「コゲチャ」じゃなくて「クロ」と呼ばれるようなものだろう。そもそもコウモリ自体が、一般的には黒だと認識されている。
ルーカスがニゲルに笑みを向ける。
「状況がわかったところで、ぼくらの用事を済ませてもいいかな?」
「この洞窟に用があったのだったか」
「うん。ペルペトゥスさん、どうすればいい?」
「うむ。入り口はこの洞窟の最奥である」
「ここはそんなに深くないぞ?」
ニゲルがそう言って奥に案内してくれる。
「よく見えないな。明かりをつけても?」
「それはやめてくれ。光がまったくダメなわけではないが、みんな苦手ではあるからな」
「なら視力強化か」
「明るさも多少補助になりますものね」
それぞれで視力強化の魔法をかけておく。
「ニゲルさんは日の光を浴びると灰になるんですか?」
「なんだそれは。それならとっくにこの世にいないが?」
「ニンニクや十字架が苦手というのは?」
「ニンニクは臭いな。十字架はわからん」
「胸に木のくいを打たれたら死ぬんだっけ」
「それは大体の生き物が死ぬんじゃないか?」
「他の攻撃が無効というのは?」
「防御魔法は使えるし、皮膜が変化したマントはそれなりに丈夫だな」
「伝承のヴァンパイアとはけっこう違うんだね」
「ヒトの不安や願望みたいなものが混ざっているのかもしれませんね」
「ここが一番奥だぞ。俺様の寝床だ」
本当に近かった。行き止まりになっている。
「うむ。間違いなかろう。アド・アストラ・ペル・アスペラ」
ペルペトゥスが洞窟の壁に手をつき、エルフの里で唱えたのと同じ呪文を唱える。同じように入り口が開いた。
「おうっ、なんだそれ? ここにそんなしかけがあったんだな」
ニゲルが驚いて、興味深そうにのぞきこむ。そのまま入ろうとして弾かれた。
「ひとりずつ合言葉を言わないと入れないんだよね。ジュリアちゃん、お先にどうぞ」
スピラにうながされて言葉に甘える。ユエルも一緒に唱えて中に入る。ルーカス、オスカーが続いた。
「あ、ニゲルも入れていい? ダメ?」
「いいんじゃないですか? 悪さはしなさそうですし」
「うむ」
「ぼくらがいない時に勝手に入られるよりは、一緒に来てもらって説明しておいた方がいいと思うよ」
「だって。どうする?」
「我が主の意のままに」
「それ落ちつかないんだよね。私はスピラ。名前で呼んで?」
「しかし……」
「いいから。眷属だから私の言うこと聞くんでしょ?」
「わかった。……スピラ」
「うん」
ニゲルが少し恥ずかしそうに呼んだのは、だれかを呼び捨てにするのに慣れていないからだろうか。
ニゲル、スピラの順に入ってくる。
エルフの里の祭壇と違って、階段はなく、すぐ広場になっている。床がほんのり明るくて、中央に祭壇があり、木の小箱が置かれているのは同じだ。
ニゲルがキョロキョロしていると、ルーカスが説明を加えてくれた。
「ここは古代の祭壇で、世界の摂理が置いた、世界の摂理に通じるための場所のひとつだよ」
「世界の摂理……?」
「物語で神とか悪魔とか呼ばれているものらしいですよ。一般的な呼び名ではないですよね」
「それはどっちなんだ?」
前の時、初めて世界の摂理に接した時の自分と同じ反応だ。知っている方が珍しいのだろう。
スピラが答える。
「どっちでもあってどっちでもないよ。世界の摂理であるムンドゥス自身はただそこにある超常的存在で、それにヒトが勝手に意味づけした名称が神とか悪魔とかだから」
「ヒトはムンドゥスの力のうち、自らに対してよい部分を神、望ましくない部分を悪魔と呼んでおるのであろう」
「あの時の私にとってはまさに悪魔でした……」
「うん。けど、今は神の部分に会おうとしてるわけだから、やっぱり両面なんだよね。で、本人は善悪の概念の外にある感じ。そもそもの価値観が違うから、会えても理解しあえるとは思わない方がいいよ」
「わかりました」
前回と同じように魔法で小箱を出し、同じメンバーの髪とユエルの毛を納めていく。
「ニゲルさんはどうしますか?」
「いらないんじゃない?」
「我が主……、スピラが行くのなら俺様も行く」
「いや別に来なくていいし、これ以上男が増えなくていいし」
「とりあえず入れておけば? 入れたけど行かないのは問題ないんでしょ?」
ルーカスの提案で、とりあえず今回は入れておくことにした。
「ウェーリターティス・シンプレクス・オーラーティオー・エスト」
「は?」
前回も唱えたメンバーがさらりと唱えて、ニゲルの目が点になる。
「これ練習しないと言えないですよね」
何度か練習させて、それからニゲルだけで唱えた。
祭壇から出て洞窟に戻り、ひと息つく。これで今日すべきことは完了だ。
帰ろうと言おうとしたところで、ニゲルがスピラの手をとった。
「それにしてもまさか我が主がこんなにも可憐な乙女だったとは。どうか我が主から我が妻になってもらいたい」
うっとりと見惚れたような視線がスピラに向けられ、今度はニゲル以外の目が点になった。
(ちょっと待って……)
自分もスピラを女性だと思っていたから人のことは言えないけれど、スピラは男性だ。




