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3 崖の洞窟に潜む魔物


 あっという間に休日になった。みんなで古代遺跡『名もなき者たちの墓』へと空間転移する。エルフの森と地図上で結ぶと、ほぼ西にまっすぐにあたる。

 原初の魔法使いグレース・ヘイリーや仲間たちが眠っているという、毎年、スピラがセイント・デーに来ていた場所だ。


「スピラさん、少しゆっくりしてから行きますか?」

「うーん……、一言報告できればいいかな」

 崖の上の大きな墓石の前でスピラがキャスケット帽を取って黙礼する。ものの一分も経たずに「行こう」と言われた。


 ペルペトゥスがスピラのホウキの後ろに乗る。

「目的地はこの崖の裏にあたる。ついてくるがよい」

「ホウキを飛ばすのは私だけどね」

 ホウキを出してスピラとペルペトゥスの後についていく。


「グレース・ヘイリーの時はスピラさん以外、魔法使えなかったんですよね? どうしたんですか?」

「ここの祭壇に来た時にはまだスピラはおらんかったからのう。みな命綱を結んで下っておったわ」

「私は途中で拾われて、一緒だったのは後半の三か所と最後の祭壇だけだからね」

「いろいろ大変だったんですね……」


 グレース・ヘイリーは自分のかたきのようなものだと思っていたけれど、彼女には彼女の苦労がたくさんあったようだし、そもそも彼女のせいでもない気がしてきた。


 崖の裏側に回り、下へと降りていく。

「ふむ。当時といくらか地形が変わってはおるが。洞窟はそのまま残っておるのう」

 崖の中腹あたりだろうか。上からも下からも行きにくい場所にぽっかりと穴が空いている。日光が届かない奥は暗く、ぱっと見ただけでは様子がわからない。


 顔の横に飛んできたユエルが身を震わせた。

「ヌシ様。あの中に入るんですか?」

「入るんですか? ペルペトゥスさん」

「うむ」

「やめた方がいいかと」

「魔物ですか?」

「はい。オイラには勝ち目がないです」


 ユエルと同じように魔力感知ができるスピラが話を受ける。

「小さい魔力がたくさんと……、けっこう大きな魔力がひとつあるね。私たちほどじゃないけど」

「昔は何もおらなんだが」

「長い年月の間に住みついたのかもしれないね」

「ふむ。祭壇の入り口が刻まれた場が大きく崩れると道が閉ざされるやもしれぬ。上の墓にも影響するやもしれぬし、中での戦闘は避けたいのう」


「どんな魔物かは?」

「そこまではちょっと」

「祭壇があるダンジョンにさえ入れればいいなら、身体強化と防御魔法をかけて強行突破する手もあると思うが」

「オスカーくん、それジュリアちゃんにもやらせるの?」

「私は大丈夫だと思いますよ?」

 スピラは心配してくれたのだろうが、防御魔法をかけて大量のキャットバットにつっこんだことがある。同じ要領だろう。


「ごめん、それはぼくがムリだと思う……。ジュリアちゃんより動けなくて申し訳ないんだけど」

「九月からジュリアと時々朝練をする予定だから、ルーカスも参加だな」

「……元気だよねきみたち」


「外におびきだせるといいんでしょうか?」

「うーん……、入り口で火をいてみる? けむりを送っていぶして、飛びだしてきたところを捕まえてみれば、どんな魔物かはわかるんじゃないかな。

 ぼくらが中に入らなければ、すみかにしてる場所を向こうが壊すことはないだろうし」

「あ、それいいですね」

 さすが参謀ルーカスだ。


「ウッディ・ケージ。ブレージング・ファイア。ウインド」

 魔法で洞窟の入り口に木の檻を出して、強力な火の魔法でそれを燃やす。燃える時にでるけむりを風で洞窟の中に送った。

 スピラが驚いたように目をまたたく。

「魔法で出した木の檻を焚き木代わりにする人初めて見た……」


「何か燃やすものがないと煙が出ないし、一瞬で消えちゃうから必要かなと……。外に飛びださないようにしますね。アイアン・プリズン」

 洞窟の出入り口を覆う形で、大きめに鉄の檻を設置する。


 キィキィ、チチチチチというような騒ぐ音が聞こえて、バサバサというたくさんの羽音を認識した直後、体長二十センチくらいの黒っぽい鳥のような生き物が大量に飛びだしてきて鉄の檻に衝突する。パニックを起こしたような大騒ぎだ。


「コウモリ?」

「魔力を持ってるからヴァンパイアバットかな。だとすると、奥の強い魔力はヴァンパイアかも」

「ヴァンパイア? 伝承の中だけの魔物じゃないのか?」

 オスカーが問いかけると、スピラが笑って受ける。

「ふふ。ダークエルフもエイシェントドラゴンも伝承の中だけの魔物じゃない?」


「そう言われると存在してもおかしくない気がします……」

「私も今まで会ったことはなかったけど。ヴァンパイアバットが強い魔力を受け続けると、まれにヴァンパイアになることがあるんだったかな。群れのリーダー格だけが変化するらしいから不思議だよね」


「元がヒトなわけじゃないんですね」

「魔力の影響でヒトのような……、ううん、どっちかっていうとエルフのような? 姿になって、知性も高くなるらしいけど、どうだろうね?」

「知性が高いなら交渉できるといいのですが」

 そう言ったら、ルーカスが困ったように笑った。

「住んでるとこに先制攻撃しちゃってるから、どうかな」

「戦うしかないですかね……」


「どんな魔法を使うのかとか、未知な部分が多いから、出てきたら私が相手をするよ。ペルペトゥスは一旦、オスカーくんかルーカスくんのホウキに移ってもらえる?」

「ぼくのとこがいいかな。オスカーは戦闘要員だから身軽な方がいいでしょ?」

「ああ」

「うむ」


 ペルペトゥスがスピラのホウキからルーカスのホウキに軽々と飛び移る。見た目はヒトになっていても、動きは普通の人ではない。

 焚き木にした木の檻は燃えつきて、火はほぼ消えた。洞窟の中にはけむりが充満していて、ヴァンパイアバットが次々に出てきては鉄の檻の中で騒いでいる。

 けむりの奥から叫ぶような声がした。


「俺様の眠りを妨げるのは何者だ?! ゲホッゴホッ」

 声を出した直後にけむりでむせたらしい。イマイチしまらない。

 他のコウモリたちよりも明らかに大きな人影が姿を表す。


「……なんだこの檻は。お前たち、下がれ。スチール・クロー」

 流れるような動きで鉄の檻と岩肌の接着面が切断され、檻が地に落ちる。同時にヴァンパイアバットたちが飛びだし、こちらに向かってきた。


「スクートゥム・グランデ」

 スピラが古代呪文で詠唱して、全員をカバーしてあまりあるほどの巨大な盾を出現させる。

 弾かれたヴァンパイアバットたちがバチバチと音を立て、気を失った個体が落下していく。

 他は洞窟の方へと旋回した。スピラはそれらを追うようにして高速で洞窟に近づき、入り口前で急ブレーキをかけた。


「はじめまして。ヴァンパイアさんかな? 騒がせたのはごめんね? 私たちはその洞窟に用があるだけなんだけど、入れてもらえたりする? ダメなら実力行使するつもりだけど」

 明るいのに好戦的な声だ。


 けむりが落ちつき、姿が見えるようになった相手は、スピラよりも体格がいい男性の姿だ。

 身長ほどある、黒に近い深い赤茶色のマントに、同色の長い髪が、血の気がない白い肌と対照的に見える。

 ヒトよりエルフの姿に近い気がするのは耳が長く尖っているからだろう。普通のヴァンパイアバットも耳が尖っているから、特徴が残っているだけかもしれない。


 相手がいぶかしげに眉を寄せ、それから大きく一歩、スピラに寄った。驚いたスピラが後ろに引きつつ攻撃魔法の詠唱を始める。


「フランマ……」

「ついに来られたか、我があるじよ」

「……は?」

 相手がふいに身を低くして片膝をつき、スピラが肩透かしをくらったかのように止まった。


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