1 外堀が埋まるのは本望だと言われて嬉しい
エルフの里の制度改定を終えて、絨毯で移動しながらこれからの予定を確認する。
世界の摂理の祭壇巡りは、三角形をふたつ描く形で六カ所に行く必要がある。
「エルフの里が北東だから、次は南か北西ですね」
「南にある島については、情報が入っているかを冒険者協会に聞きに行きたいな」
「南は移動距離も長いので、とりあえず北西の『名もなき者の墓』近くを予定するのがいいでしょうか」
「いいんじゃない?」
満場一致で、次の目的地が決まった。
「だと、来週の土曜日に『名もなき者の墓』、日曜日はエルフの里に里長候補の確認に来て……。
再来週はキャンディスさんにユエルの子を預けるのと、そろそろソフィアさんのところにも顔を出さないといけないのですが」
「日曜日はエルフの里親選挙だからな。土曜日に両方というのは可能だろうか」
「そうですね……」
詰め込み感はあるけれど、それがベストな気がする。帰ったら二人に手紙を書いて調整だ。
「あと、ブラッドさんにも女の子ニ羽を渡さないといけなくて」
「それは平日の仕事の後でいいんじゃない?」
「そうですね。商会関係で何か出た場合は平日にさせてもらいましょう」
「冒険者協会への情報確認も、平日の夕方がいいだろうな」
だいたいそんなところだろうか。
「この後、ジュリアちゃんとオスカーはうちに来ておく? まだそんなに遅くないから、寄り道しても大丈夫でしょ?」
「そうですね……」
ルーカスの提案は、一泊する必要がある場合に口実にさせてもらうことにしていたからだろう。
「おじゃましてご迷惑でなければ、お姉さんたちに会っておけると、お父様とお母様から何か聞かれた時に答えやすくて助かります」
「うん。ホープの顔も見たいんじゃない? ぼくは月に二回くらいは会ってるけど」
「あ、そうなんですね」
「病院から一時帰宅っていうていでね。そう何年も続けるわけにはいかないけど、もう少しくらい甘えさせてあげたいなって」
「ルーカスさんに任せてよかったです」
「うん。きみの信頼に答えられているなら嬉しいよ」
なぜだろう。その響きから、友人以上に大事にされているような気がした。
(気のせい、よね……?)
「……お父様とお母様と言えば。オスカー」
「ん?」
「お母様が両家の顔合わせをしたいと」
「……早くないか?」
「と、私も言ったのですが。婚約しているなら挨拶くらいは必要だと言われました」
「予定を入れられるとしたら九月の最初の週末以降だな」
「ですね。私たちの予定がいっぱいですものね……」
ここ二週間にははさめる余地がない。エルフの里長選挙が落ちついた後がいいだろう。
「わかった。都合を聞いておく」
「いつ結婚するのかとか突っこまれないですかね……?」
「タイミングを見ているところだと言うしかないだろうな」
「すみません……」
「いや。外堀が埋まるのは本望だ」
そう言ってフッと笑う彼がカッコイイ。
(大好き……!)
夏休み明け初日、職場で父から呼ばれた。ユエルを頭に乗せたまま、オスカーと父の部屋に行く。
「オスカー・ウォード。今月いっぱいでジュリアの教育係は終了だ」
「待ってください、お父様。私たち何かやらかしましたか……?」
今度は何が気にさわったのか。思いあたることがない。
(行き先のウソをついたのがバレたとか……?)
ウソはついたけれど、決してやましいことはない。
(あれ……? ちょっとやましいことしちゃってる……?)
未遂だったけれど、はしたないことはしてしまった。それがバレたのだろうか。
「そうじゃない。ジュリアが来て一年以上になるだろう? 九月からジュリアは一年の外部研修だ。ひと月ごとに違う場所を回ってもらう。だからシェリーのところも今月いっぱいだ。
残りの時間でしっかり教えこんでもらえればと思う」
「了解した」
「わかりました」
八月か、遅くても九月には完全な外部研修に移ることは予想していた。父の言い出し方に驚いて、その可能性がパッと出なかっただけだ。ちゃんと聞けば想定内のことで、さみしくはあるけれど問題はない。
お昼。いつもの店の個室でオスカーと、外部研修になってからのことを相談する。
「もしあなたがよければ、お昼は待ち合わせられたらと思うのですが」
「ああ。ぜひ」
「朝の訓練時間がなくなるの、さみしいです」
「そうだな。自分もジュリアといられるあの時間を楽しみにしていた」
今、母のところに行っているのは週四で午後だけだ。これからは週五で外部に行き、金曜の午後だけ報告のために魔法協会に顔を出す形になるだろう。向こう一年は魔法協会とのつながりが薄くなる。
(最初は配送の仕事だったかしら)
他の場所でもよくしてもらっていた記憶はあるけれど、オスカーやルーカス、魔法協会のみんなと離れるのはさみしい。
「もしジュリアがよければなのだが。朝食の前に少し訓練時間をとらないか?」
「え」
みんなでの朝ごはんは続けている。出勤場所が変わったらなくなる可能性も考えていたけれど、オスカーは変わらず来てくれるつもりらしい。まずそれが嬉しい。
「イヤだろうか」
「いえ。できたらいいなと思うのですが、出勤時間や疲れ方もまちまちかなって。時間とか、日によってできるできないとか、けっこう合わせてもらうようになってしまう気がします」
「ああ。それは問題ない」
「ありがとうございます」
嬉しくて笑みがこぼれる。
今の状態から何かがなくなる心配を、いつもオスカーの方から埋めてくれている気がする。
「オスカー」
「ん?」
「大好き」
彼の手をとって指に軽く口づける。オスカーの表情が柔らかくなる。二人でいる時だけの顔だ。
「……自分もだ」
そっと手を引かれて指へのキスを返される。がんばって食べ物に意識を移そうとしてもなかなか落ちつけない。
「親の顔合わせの件なのだが」
「はい」
「提案した九月の最初の週末で問題ないそうだ。土日のどちらがいいかと、場所の希望はどうだろうか」
「そうですね……、帰ってからちょっと聞いてみます。前の時はウッズハイムの料亭に行ったと思いますが、違う方がいいとかありますか?」
「いや。それで問題がなかったなら、そこでいいと思う」
「予約が取れるならそこにしましょうか」
食事を終えて席を立ったタイミングで視線が重なる。お互いに求めるようにキスをして、思いを重ねる。
「……自分がどんどん欲張りになっている気がする」
「私もです……、ん……」
触れあわせるだけで幸せで満ち足りるのに、もっと、もう少しだけと求めてしまう。
(大好き……)
それぞれに調整して、両家の顔合わせは九月の最初の土曜日に決まった。
着々と結婚に向かっている気がする。
(いいのかしら……?)
オスカーからすれば、本当に結婚できるかもわからない今の自分はとんだ欠陥品のはずだ。それなのに、外堀が埋まるのは本望だと思ってもらえるのは、すごく嬉しい。




