39 顔から火を噴きそうだし穴があったら入りたい
まだ早い時間に目が覚めた。
(きゃああああっっっ)
昨夜のことを思いだすと顔から火を噴きそうだ。頭まで毛布の中にくるまって一人反省会を開く。
(ちょっと待って。私なんであんなこと……)
あの時はそれが正解だと思ったのだ。彼が傷ついているように見えたから、傷つかない衝撃で衝撃を上書きすればいいと思った。
触れたいと言われて嬉しかった。それからはもう彼に夢中で、彼が大好きで、ただただ彼が欲しかった。求めてはいけない理由は完全に頭から抜けていた。ちゃんと思考が働いていなかったと思う。
ユエルの声で我に返って、間違いを犯さなくてよかったと思ったのと同時に、実はちょっと残念だったなんて言えない。
(世界の摂理に会えてもどうなるかわからないのに……、期待、しちゃってるのね、きっと)
時を戻っても決してオスカーと愛しあってはいけないと思っていたはずなのに、今はそれを望んで、期待してしまっている。
期待には不安が伴う。叶わなかったらと思うと苦しいし、彼にも申し訳ない。
(叶う前提であんなことを言っちゃうなんて……)
昨夜はなんだかふわふわしていたのだ。触れられて求められて、思考が溶けていたのだと思う。ふわふわしたまま眠りについて、目が覚めるまでは幸せだった。
ハァと長く息を吐きだす。
もそもそと毛布から出て、魔法で全身洗ってから服を着て整える。
みんなはまだ眠っているようだ。オスカーもかすかに寝息をたてている。
(かわいい……)
凛としている時の彼はすごくカッコイイ。そうじゃない時はとてもかわいい。ぜんぶ大好きだ。
頬に触れてキスをしたいなんて思って、恥ずかしくなって打ち消す。二人きりでもダメなのに、今はみんないる大部屋だ。
「……ちゅーしないの?」
「ひゃっ」
ルーカスの声がして驚いて、慌ててオスカーから少し離れた。
「じっと見てるからするかなって期待してたんだけど」
「寝てる相手にってダメじゃないですか?」
「そう? 好きな子のちゅーで起きるとか憧れるけど。逆だったらジュリアちゃんはどう?」
「……その日はずっとオスカーのことを考えてふわふわしちゃいそうです」
「あはは。じゃあダメだね。オスカーが使いものにならなくなっちゃう」
「おはよー。なんか楽しそうな話してる?」
「あ、スピラさん。おはようございます」
「ジュリアちゃんのちゅーで起きたらどうなるかっていう話だよ」
「なにそれ幸せすぎてバカになりそう」
「うーん……、でもやっぱり、起きてる時にちゃんと思いを重ねたいです」
「寝起きにちゅーしたいって迫られるのもいいね」
「それそのまま襲う以外の選択肢あるの?」
「……朝からなんの話をしているんだ」
「あ、オスカー。おはようございます」
「ああ……、おはよう」
「ジュリアちゃんが朝からオスカーとちゅーしたい話だよ」
「ちょっ、違いますよね?!」
「ん……」
寝起きの低めのテンションでオスカーが起き上がったと思ったら、抱きよせられて唇が触れあう。
(ひゃあああっっっ)
朝からこんなに幸せでいいのだろうか。
ゆっくり解放されて、オスカーがフッと笑う。
「自分はいつでもしたいが?」
「……はい。私もです」
「ううっ、うらやま死にそう……」
スピラが血の涙を流しそうだ。
「あはは。二人ともぼくらに見られるの気にしなくなってきたよね」
「え、気にはしてますよ? 恥ずかしいです……」
「自分はむしろ見せびらかして周りの心を折りたい」
「わざと?! わざとだったの?!」
スピラが泣き笑いでつっこんでから、ハッとして声を落とす。
「って、あんまりさわぐとペルペトゥスが起きちゃうね」
「一番声が大きかったのはスピラさんですね……」
「昨日の朝は火を吹かなかったんだけど、その時によるみたいだから気をつけるに越したことはないんだよね」
「ノンマジックに入れてもダメですか?」
「魔法じゃないって言ってたからね。それ自体は止められないけど、ミスリルなら攻撃を内側に閉じこめることはできるかも」
「なるほど。やってみましょうか。フローティン・エア。ミスリル・プリズン」
寝ているペルペトゥスを少し浮かせて、覆うようにミスリルの檻に入れてから下ろす。これなら布団や床にも影響しないはずだ。
「念のために内側に防御壁も展開しておきますね。ゴッデス・プロテクト・シールド」
ミスリルの檻の内側にそわせるようにして最上級の防御壁を張り巡らせる。
「ジュリアちゃんって魔法の使い方がほんと柔軟だよね。先入観とかないの?」
「え、またなにか変なことをしましたか?」
オスカーやルーカスに驚かれるのには慣れているけれど、師匠に驚かれるのは心外だ。
「……うん。ジュリアちゃんが何をしても驚く必要がない気がしてきたよ」
「あはは。スピラさんもこっちの境地へようこそ」
ユエルとリンセも起きてくる。状況を話すと、みんなでペルペトゥスを見守る形になった。
「これ、静かに見てたら起きてこないんじゃないですかね?」
「ちょっと呼んでみる? ペルペトゥスー! 朝だよー! おーい、ペルペトゥスー」
ペルペトゥスの肩がピクリと動いたように見えた。その直後、熱線の形で火炎が放たれ、防御壁とミスリルの壁で二重に阻まれる。檻の中に弾き返される形で全体が火に包まれた。
「きゃあっ、ペルペトゥスさんっ! 大丈夫ですか?!」
「待ってジュリアちゃん! 今解除すると多分この部屋全体が火の海になるよ。ペルペトゥスは自爆みたいなものだし、尊い犠牲ということで」
みんな冥福を祈るみたいな感じになっているけど、ちょっと早い。
「えっととりあえず外に出して解除して水を……」
慌てて檻を縦に浮かせたところで、内部で炎が収まっていく。吐きだした炎を吸いこんだように見えた。
「……なんだ朝から騒がしいのう」
「あ、ペルペトゥスさん。ご無事で……?!」
無事だった。無傷だった。けれど、全裸だ。丸見えだ。慌てて反対を向く。
(オスカー以外の男性は初めて……)
ドラゴンがヒトの姿をとっているわけだから、男性だと思っていいのかはわからないが。形状としては完全にヒトにはなっている。
「ふむ。この檻は……?」
「あ、すみませんっ。ペルペトゥスさんが寝ぼけてエルフの里を破壊しないようにしていたのですが、解除しますね」
「サイズ的には自分の着替えが使えるだろう。チェンジ・イントゥ」
オスカーが魔法でペルペトゥスに服を着せたようだ。一安心だ。
「ほう。今は便利な魔法があるのう」
「……ジュリア」
「はい」
オスカーから真剣な顔で呼びかけられ、何事かと思いながら真剣に答えた。
「上書きしに行くぞ」
「……はい?」
(ちょっと待って。上書き? 何を? ……ナニを?)
オスカーは大真面目な顔で何を言いだしたのか。
自分より先にルーカスが察したようで、間に入ってくれた。
「待ってオスカー落ちついて。それはさすがに婚約者でもセクハラなんじゃないかな?!」
「そうか? ジュリアなら喜んでくれるかと」
「さすがに恥ずかしいですよ?!」
「問題ない。自分も恥ずかしい」
「ほんと待って問題あるから」
ふいにスピラがいいことを思いついたという顔になる。
「あ、じゃあ、私で上書きする?」
「いやそっちのが意味わからないからね?!」
「ヌシ様、遠慮しなくていいかと! オイラはいつもジェットのを見てますし!」
「ユエルちゃん?! ヒトと魔獣はちがうからね?! 服の意味を考えて!」
「ふむ。賑やかよのう」
「そもそもの原因はペルペトゥスさんの寝起きの悪さだからね?!」
ルーカスがあちこちにつっこんで疲れた顔になっていく。
「……ハァ。で、ジュリアちゃんはどうしたいの?」
「え、私ですか? ……あの。……言うのがものすごく恥ずかしいのですが……」
つい顔を隠してしまう。
「……オスカーは覚えているので、その、特に……、大丈夫かなと……」
「あー、うん。元夫婦だもんね」
「えっと……、はい……」
昔の記憶もあるし、ビレッジ・マダムユリアの男湯石像事件の時にも見てしまっている。
チラッとオスカーに目をやると、自分よりも恥ずかしそうだ。一方的に記憶があるのがなんだか申し訳ない。
「……でももしオスカーが見せたいなら見てもいいです……」
「それではまるで変態じゃないか……」
「え、やっと気づいた?」
(ううっ、昨夜の私にもブーメラン……)
穴があったら入りたい。古代樹の中の祭壇にでも隠れたらいいのだろうか。




