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35 [ルーカス/オスカー] ひとつ貸し



▼  [ルーカス] ▼



(捜索するって言っても、闇雲に探して見つかるものじゃないんじゃない?)

 そう思ってサボることにした。正確には、動くべき時に動けるように、喫茶店のテラス席で休憩をとりながら考えることにした。

 はやる気持ちで魔法協会を飛びだして、すぐに我に返ったのだ。

(みんなどこを探してるんだろうね?)


 エリアの分担は聞いている。けれどそんなのはこの数日で洗いきっているはずだ。魔力をたどる魔道具なども導入されたけれど、役に立たなかったらしい。少なくとも近くにいないのは確定してきていると聞いた。

(確実なのは、空間転移魔法が使える魔法使いがいて、ジュリアちゃんとオスカーも空間転移でいなくなっていること、くらいかな)


「うーん……、これ、お手上げじゃない?」

 空間転移で移動できる距離は、唱えた者の魔力量によると言われている。過去に行ったことがあって明確にイメージできる場所、そこまでの魔力量が足りれば、男爵領の外は元より、国外にも行けてしまうのだ。

 そうなるともう範囲が広すぎて探しようがない。魔法協会の他の支部が見つけてくれるのを待つしかない。


(魔法協会に所属していないと国外への空間転移は国際法違反だけど、元々違法組織の人たちだしなあ)

 魔法協会の魔法使いは普段から他国に行くことを許可されている。世界組織である魔法協会が身分を保証しているためだ。他に冒険者協会と運送協会が同じ権利を持っていたか。

 それ以外の魔法使いが相手の国の許可をとらずに移動した場合は罰則対象だ。その国が捕えることもあるし、魔法協会に通報されることもある。

 が、裏魔法協会の魔法使いは気にしないだろう。フィンの暗殺未遂の方がずっと大ごとなのだから。


 お手上げだ。

「……敵が連れて行っているなら、だけど」

 やはり腑に落ちない。もうひとつの説の方が、ありえないようでいて理にかなっている。

(もしそうだと仮定すると、問題が解決したら帰って来そうだけど。……ううん、ジュリアちゃんは帰って来ないかな)


 ありとあらゆる可能性を想定していくと、その可能性も出てくる。

 彼女は魔力開花術式を受けていない。つまり彼女は、本来であれば魔法を使えないはずなのだ。ましてや、クルス氏も言うとおり、あの歳でそんな上級魔法が使えるはずがない。

 そうすると、彼女は彼女であって彼女ではない可能性がある。


 オスカーとのやりとりを思いだす。

「もっと長く生きてこの時間に戻ってきた、みたいな」

「そんなわけがないだろう」

「あはは。だよね。そんな魔法はないもんね」


(伝説上の魔法を使った魔法使いがいたとして……、もし使える魔法や魔力はそのまま持って来られているとしたら……?)

 彼女があの歳で、魔力開花術式なしに上級魔法を操れるという理由にならないだろうか。常識的にはありえないそれが、一番すべての筋が通る気がする。


(ぼくのことも前から知ってるみたいだったしね)

 女装姿でしか会っていなかったのに、声を聞く前に、自分を知り合いだと認識して手を振り返してきた。どう見ても別人になっている自信はあったのだ。昔の彼女が自分と知り合いだったのなら納得だ。


 もし彼女が彼女でないのなら。

 魔法を使えることが知られたら、自分から行方をくらませる可能性は十分に考えられる。

(……なんて、想像が飛躍しすぎてるかな。でももしそうなら、彼女はなんとしてもオスカーは帰そうとするだろうね)

 魔法使いであることを知られるリスクを冒してでも助けたのだ。オスカーを帰さない理由がない。

(オスカー……。きみの対応にかかってるんじゃない?)


「……うん、まあ、やるだけやってみようかな」

 この仮説は誰にも話していない。さっきクルス氏にさわりを言って却下されたのみだ。

 だから、誰も試していないことがある。

 敵の手にあると仮定していれば使おうとしない方法だし、そうでなくても自分の報告でオスカーは生死不明になっているから、試そうと思う人はいなかったはずだ。

「連絡魔法はそんなに遠くまで飛ばせないから、魔道具がいいよね。返信用も添えると親切かな」


 喫茶店を出て魔道具店に行く。

 もう回復しているから、送るのは魔力で起動するタイプで問題ないだろう。連絡用の魔道具を使うのに必要な魔力は少ない。自分のような底辺の魔法使いでも大丈夫だ。


(返信用は魔石タイプにした方が安全かな。起動したら口述できるものがいいだろうね、筆記具なんてないだろうし。財布は痛いけど。後で経費で落ちないかな……)

 ジュリア宛にするには、自分はまだジュリアとの付きあいが短くて、明確に宛先をイメージできない。それに、彼女が自分で姿を隠そうとしている可能性がわずかでもあるなら、得策ではない。

 だから、宛先はオスカーだ。


 連絡用の魔道具にメッセージを書きこみ、オスカー宛で送りだす。

『オスカー。今、どこにいるの?』

 魔道具が小さな鳥の姿を形作り、手元を飛び立つ。

「なるほど? あっちね」


 すぐにホウキを出して後を追う。

 送られるスピードに完全についていくのは、クルス氏以上の魔法使いじゃないと厳しい。けれど、方角だけでもわかれば大きな進歩だ。

「うん。やっぱり、生きてたね」

 相手が生きていなければ魔道具は飛ばない。オスカーの生存が確実だとわかったのも収穫だ。つい口元がゆるむ。


「……あれ? 意外に近い?」

 まだギリギリ目視できる範囲で、魔道具の鳥が高度を下げた。





▼  [オスカー] ▼



(……あと、もう少し……の、はず……)

 朝から飛び続けて、既に昼を大きく過ぎている。

 方角に間違いないのは何度も確かめている。彼女を抱えている分いつもよりスピードを出せないが、景色を見る限りだいぶ近くまでは来ているはずだ。魔物と遭遇しないで移動できているのは、運がよかったとしか言いようがない。


 けれど、そろそろ限界だ。

 意識が飛びそうで、ホウキを維持するのも厳しくなってきている。

(……ここまで、か)

 辺りに注意を払いながら着地して、ホウキを消した。


 木に寄りかからせるようにして彼女を下ろし、自分も隣に座って一息入れる。

(……意識は戻らない、か)

 肩に重さを受け止めながら様子を確かめる。目が閉じられたままのかわいい顔は、ただ眠っているだけのようにも見える。


 担いででもすぐに移動した方がいいのはわかっているが、今は体も思うように動かせない。

(暗くなる前に町に入れるといいが……)

 この辺りまで来れば、ホワイトヒルでなくても問題はないだろう。そろそろ連絡の魔法も届くかもしれない。

 そう考えていた時だった。


「鳥……?」

 小鳥が胸元まで飛んできて姿を変える。

「……魔道具?」

 連絡用の魔道具に、返信用の一通が魔石と共に添えられている。

『オスカー。今、どこにいるの?』

「……ルーカスか。ありがたい」

 遠くにいたり魔法が使えなかったりする可能性も考えてくれたのだろう。そういうことにはやたら気が回る先輩だ。


(自分が生きていて、意識もあるとルーカスは推測しているのか)

 自分宛に届いたということは、そういうことなのだろう。もしかしたら生存確認も兼ねているのかもしれないが。

 急いで起動して、返事を吹きこむ。


『ホワイトヒルの近くまでは来ている。正確な場所はわからない。クルス嬢の意識がないため少しでも早く送り届けたいが、魔法が使えない。いくらか回復したら救難信号を上げる』

 口述を終えた印に触れて、鳥の姿になった魔道具を飛ばす。


 ふうと息をついた。

(あとはルーカスを相手に、どこまでウソが通じるか、だな)

 物理的な安全面ではこの上なく助かる話だ。けれど、ウソが通じない相手に、本当のことも言えない。その部分は考えておかないとと思った瞬間、

「オスカー! ジュリアちゃんっ!!」

 満面の笑みのルーカスがホウキで降りてきた。

(……待ってくれ。いくらなんでも早くないか?)





▼  [ルーカス] ▼



「……あそこだね」

 近くで、飛びだしてきた魔道具を受けとった。起点へとホウキを飛ばす。すぐにその姿を見つけられた。

(ジュリアちゃんも一緒……!)

 ジュリアが行方をくらませるかもしれないという自分の懸念けねん杞憂きゆうで終わったことにホッとする。

 同時に、オスカーが五体満足なこと、ジュリアの服がきれいに戻っていることから、ジュリアが上位の魔法使いであるという想定が正解だと確信した。


「オスカー! ジュリアちゃんっ!!」

 降りると、オスカーが目を丸くする。

「あはは。こんなに早く着くとは思わなかった?」

「……ああ。驚いた」

「で、まだ返事読めてないんだけど、どんな感じ?」

 尋ねながら、受け取った返信も開く。


「……ジュリアちゃん、どうしたの?」

「わからない。……気がついたら二人で知らない場所にいて、彼女を呼んでも意識が戻らない。安全確保を最優先に、急いで飛んできた」

「ふーん?」


 ウソではないけれど、本当でもない。情報をつぎはぎしたような違和感があった。

 オスカーが真実を言えない理由は想像がついている。助けられたオスカーが、彼女が魔法使いであることに気づかないはずがない。おそらくはそれを伏せたいのだろう。彼女の居場所を守るために。

 それには全面的に賛成だ。


「そういうことにしたいなら協力するよ。なんで敵に連れて行かれたのかはわからないってことでしょ?」

「……助かる」

「多分、どんな場所だったかとかも聞かれるから、自分も意識がハッキリしていなくて覚えていないって言っておいた方がいいと思うよ」

「……わかった」


「あと、きみたちの服が真新しすぎるから汚しておかないとね。特にジュリアちゃんは、少しくらいやぶけてた方が自然だから」

「……そうだな」

 オスカーにはウソつきの才能はない。一緒に不自然がないようにしておく。


(ぼくの証言も変えないとね)

 オスカーが重体から回復したという事実をねじ曲げるのは自分の役目だろう。クルス氏が、伝えた仮説を一蹴してくれるような頭の固い人で助かった。オスカーが無事に戻ったことへのより現実的な証言なら簡単に採用されるはずだ。


「じゃあ、帰ろうか。ウッディ・ケージ」

 魔法で出した木の鳥籠が二人を閉じこめる。

「……逃げる気はないが」


「きみたち二人を運ぶにはこれが一番簡単で、安全なんだよね。意識がないジュリアちゃんもだけど、魔法が使えないオスカーを一人で置いていくわけにはいかないでしょ? ちょっとガマンして」

「わかった」

「フローティン・エア。フライオンア・ブルーム。キャッチ・アップ」

 二人が入った鳥籠を浮かせ、自分のホウキを出して浮かびあがる。魔法でロープを出して、ホウキと鳥籠をつなげば完成だ。


「クルス氏に連絡しておこうか。魔法協会に行くより、まっすぐ彼女の家に連れて行って寝かせてもらって、状態を確認してもらうのがいいと思う。先に医者を手配しておいてもらおう」

「頼む」


「きみが守りたいものを、ぼくも一緒に守るから。ひとつ貸しね」

「……わかった」

 冗談のつもりで貸しだと言ったのに、大まじめに返されてつい笑ってしまう。

(ほんと、手がかかる後輩だなぁ)

 そう思いつつも、二人一緒に帰ってきたのが、どうにも嬉しくてしかたない。


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