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37 夜の上書き


 長老として元長老の屋敷に泊まることになる。性別的にリンセとユエルと一部屋かと思っていたら、オスカーが護衛につくという。


「私も護衛したいよ?」

「じゃあぼくは見張りかな?」

「祝宴はせぬのか?」

「ペルペトゥスさん元気ですね……」

 スピラとルーカスとは違う方向だった。一番年長なのに一番元気そうだ。


 一部屋がかなり広いから、男女で少し距離を離して、みんなで同じ部屋で寝ることにした。サギッタリウス派の報復の可能性を考えると心強い。

 サギッタリウスの奥さんたちには本人たちの部屋で過ごしてもらっている。ホッとしたような様子の人もいれば、恨みがましそうな人もいた。


「魔法封じに入ってる間は魔力も回復しないんだっけ?」

「はい。なので、あのおりを解除しない限りはカラカラなままなはずです」

「カラカラにしたの?」

「多分」

 ルーカスの疑問に、考えながら答える。


「魔力の移動ってちょっと気持ちいいので。私はそれを加味してもただ気持ち悪かったのですが。向こうは魔力の枯渇こかつを感じるまでイヤな感じはなかったのではないかと」

「……抜かれるのが気持ちいいというのはどこ情報だ?」


「前の時に師匠と練習した感想です」

 答えたら、オスカーが魔法で剣を作ってスピラに振り下ろした。スピラが魔法の盾で防ぐ。

「待ってそれ私じゃないから! 私も死ぬほどうらやましいから!!」


「あ、師匠と練習したのは手つなぎまでですよ? 女性同士だと思っていたとはいえ、さすがに練習でそこまでは。実践での必要性もなかったですし」

「……そうか」

 オスカーが半分くらい納得した感じで頷いて剣を消し、スピラも盾を消した。

「有罪なのはサギッタリウスだけだね」


「オスカーは私から受けとったことはあったけど、私に渡したことはないですものね」

「ああ」

「試してみますか?」

「私は? 私も試したい! って、痛い痛い痛いっ」

 オスカーがスピラの腕をつかんでひねりあげている。前より仲良くなっている気がする。


「まあ今はいっぱいというか、ムリして入れてるので。またの時に」

「それ私も期待していい?」

「ダメに決まってるだろう」

「まぁダメですね」

「ちぇっ」

 すねたスピラは放っておく。いろいろあったけれど、エルフの里の中でこれだけ元気でいられるなら大丈夫だろう。


「ルーカスさん、質問してもいいですか?」

「うん。なに?」

「サギッタリウス様の奥さんたち、ホッとするのはわかるのですが、ぜんぜん幸せそうじゃなかったのに恨めしそうな人もいるのはなんででしょう?」

「幸せではないけど、地位は捨てたくなかったんじゃない? 夫の地位がイコール自分の地位だったわけだから」

「ああ、なるほど」


「とはいえ、今夜何かしてくることはないと思うよ。明日の沙汰さた次第で、利益がある可能性もあるわけだから」

「それなのですが。今の里の制度をひととおり教えてもらってからにはなるけど、こんな感じで考えていて……」

 持っているイメージをみんなに伝える。


「なるほど。ジュリアちゃんらしいね」

「そうですか?」

「いいんじゃないか?」

「今の制度のままだと、場合によっては血で血を洗う争いになりかねないからね。前の制度も、サギッタリウスみたいに上の年代を廃してしまおうっていうのが出てきたらやっかいだし」


「どれも良し悪しはあると思うけど、いくらかはマシかなって。それも含めて試験運用してみれたらと」

 みんなの賛同を得て、安心して布団に入った。



 うつらうつらしている時にオスカーに呼ばれた気がする。

(夢……、かしら……?)

 宴の後に不快感は拭ってもらえたけれど、オスカーが足りているわけではない。彼が不足していて夢に見ているのだろう。


「……もう眠っているならそのままで」

 ささやくような、起こさないように気を配った小さな声だ。

(あ、これ、たぶん夢じゃない)

「おすかぁ……?」

 同じくらい静かに聞き返そうとしたら、半分眠っているような声がでた。


「……すまない。起こしただろうか」

 心底申し訳なさそうな声がかわいい。小さく首を横に振ってから体を起こす。

「どうかしましたか?」

「一緒に空いている部屋に移動しても?」

「そうですね。みんなを起こしてもなんですし」

 室内は暗い。古代樹の下にあるこの家には月明かりもほとんど届かないから、目をこらしても輪郭がわかるかどうかだ。記憶をたどりながら慎重に壁をつたって部屋を出る。


「ライティング」

 扉を閉めてみんなを起こす心配がなくなってから、小さな灯りを出した。

「えっと……、確かこっちの部屋は空いていたかと」


 サギッタリウスは王様のように振るまってはいたけれど、ヒトの王のように金銀財宝を集めているなんていうことはなく、生活自体はエルフの質素なものだった。

 屋敷は広く、妻たちが一人一部屋を使っても、いくらかの空き部屋は残っている。そこに更に妻を迎えるつもりだった可能性はあるが。

 空き部屋のひとつにオスカーと入って、浮かべていた灯りを天井に固定する。ほんのりと全体が見えるくらいの明るさだ。


「どうし……」

 改めて聞こうとしたら、大切そうにぎゅっと抱きしめられた。

「……オスカー?」

 嬉しくないわけではないけれど、いつもと何か違う気がする。

「すまない。少しこうしていれば落ちつくと思う」

「わかりました」


 何かあるのだろうとは思うけれど、彼は話したければ話してくれるだろう。だから今はただ、大好きを伝えるようにしっかり抱きしめ返す。

(元気ない……?)

 求めてきている時とは違う。今はそういう熱を感じられない。どことなく痛みを伴う感覚だ。


(……アレ、かしら)

 思いいたることはある。許されたと思っていたけれど、そうでもないのかもしれない。ごめんなさいと大好きをこめて、そっと顔をすりよせる。


「……ジュリア」

 呼ばれて、返事をする前に口をふさがれた。求めてくる彼を受けいれる。いつもと違って少しひやっとしている気がする。

(オスカー……、大好き)

 自分にできるのはそれを伝えることだけだと思う。彼を求めて触れあっていくと、彼が少しずつ熱を取り戻していく気がした。


「……ん」

 解放されて、オスカーが小さく息をつく。

「……すまない」

「なぜあなたが謝るのですか?」

「……理解はしている。ただ、目を閉じると光景が浮かんで……」

「ごめんなさい」


「ジュリアはあの場でできる最善手を打ったと思う。だから謝られることではない。

 そうさせる前に自分に何かできなかったのかとは思っているし、守る力がないことにも腹を立てているんだと思う」

 怒りを向けてくるのではなく、理解した上で自分自身を省みようとする彼が本当に好きだ。


「事後ではなく事前に、あなたに頼ればよかったですね。傷つけてしまってごめんなさい」

 そっと唇を触れあわせる。

 オスカーが驚いたように目をまたたく。思いもよらなかったというようなつぶやきが続いた。

「傷ついて……? いるのか……?」


「衝撃が抜けないんですよね?」

「……そうだな」

「私はあなたがいるだけで守られているし……、あなたが上書きしてくれたおかげでもう大丈夫なのですが」

「……そうか」

「ぁ……、上書き、しましょうか」

 いいことを思いついた。自分は上書きをしてもらったのだ。彼にも上書きをすればいいのではないだろうか。


「キスを?」

「それも……、ですが。光景が浮かぶのなら、目で見た方がいいのかなって」

「……見る?」

 そっと彼から離れて少しだけ距離をとる。

「えっと……」

 自分で言いだしたけど、いざやろうとするとものすごく恥ずかしい。真っ赤になっている自覚はある。けれど、今はこれしか思いつかない。


 服のボタンを外す。上半身だけ降ろして、下着も外し、胸をさらす。

「……どう、でしょうか?」

 オスカーが固まっている。

(ああああっっっ、違う? 違った? ダメ??)

 そう思っても後には引けない。顔から火を吹きそうだ。


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