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35 [オスカー] エルフの宴の終わりに世界が崩れる


 古代樹の前、長老の家の前方は開けた広場になっている。そこに宴の席が用意された。


 ジュリアの両側にスピラとペルペトゥスという希望は通らなかったが、片方の隣に二人が並ぶことは許された。

 反対側は長老のサギッタリウスだ。ジュリアの横にいることだけでなく、ジュリアの横にいるのに他の女もはべらせているところが更に業腹ごうはらだ。


(十三番目の妻に、などとは。バカにしているにもほどがある)

 この場では権力者なのだろうが、それがどうしたというのか。そもそも自分たちには関係がない。エルフですらないのだから。穏便に里に入って里から出るために演じているに過ぎない。


 自分、ルーカス、リンセは横向きに用意された席についている。客人待遇ではあるのだろう。

 他の参加者は、里の若い男性エルフたちだけだ。キグナスを含めて二十人足らずだろうか。サギッタリウスによると、未婚の独身男性を集め、他の者は家で過ごさせているそうだ。


(お前が妻を一人にすればほとんど解決するんじゃないか?)

 そう思うが、誰もそこはつっこまないのだろうか。一夫多妻の感覚はわからない。


「今宵の趣旨は話した通りよ。それぞれが思うがままにジュリアにアピールするがよい」

(気軽に呼び捨てにするな……!)


『オスカー、どうどう。顔が怖いよ。笑顔笑顔』

 ルーカスから内輪の通信でそう言われるが、この状況でどう笑えというのか。

 ジュリアから困ったような笑みを向けられる。かわいい。


 隣のリンセと、ジュリアの前のユエルは黙々と、出された食事を口に運んでいる。

「肉はないの?」

 リンセはいつもの口調を封印して、いつも以上にがんばって人間を演じている。バケリンクスだと気づかれることはそのままジュリアたちの身の危険につながる可能性があるから、今回は特に真剣なのだろう。


「エルフは菜食で、動物は口にしないんだよね」

 リンセの問いにスピラが答える。

「それで生きていけるの? アッチは物足りない」

「体の作りが違うんじゃないかな。ダークエルフは雑食で、肉類も食べるらしいけど」


 確かにスピラは自分たちと同じように食べていた。草食という話は聞いていない。伝聞の形にしたのはこの場を考えてだろう。スピラ自身、今はリンセの魔法でエルフを演じている。

 肉がないと物足りないのは、リンセに全面賛成だ。


「ダークエルフか。けがれた血は絶えているとよいが」

 サギッタリウスが酒を口にしながら言う。スピラは表情が変わりそうになるのを笑顔で抑えこんだ感じか。


 ジュリアが小首をかしげる。

「あの、長老様」

「サギッタリウスでよい」

「サギッタリウス様」

「うむ」

「……私が幼く、不勉強ですみません。ダークエルフはなぜ、けがれていると言われているのでしょうか」


「許す。いくつか理由はあろうが。先ほど上がった、植物以外も口にするところもひとつであろう」

「それはヒトや多くの他の魔物もそうですよね?」

「他種族は他種族よ。エルフとしては異端であろう? 加えて、黒い肌というのはいただけない。黒は不幸を運ぶ」

「……迷信だと思いますが」


「ほう。ジュリアは先進的な考えを持っておるようだな」

「すみません」

いな、若いのはよい。が、覚えておくがよい。ダークエルフとは決してまじわってはならぬ」

「なぜですか?」


「奴らは高潔こうけつな我らを堕落だらくさせると言われておる。我らの血を飲みこむとも。もう存在しておるかもわからぬが、知っておくに越したことはなかろう」

「……わかりました」


 血を飲みこむ。それは比喩ひゆなのだろう。

(スピラの母親はエルフだったらしいからな……。エルフとダークエルフの子がダークエルフになるのなら、エルフが交わりを忌避きひするのは当然か……?)


もっとも、ジュリアは今宵こよいより世のものとなるのであるから、なにもうれう必要はなかろうが」

「なりませんよ?!」

 ジュリアは反射的につっこんだようで、直後にやらかしたという顔になる。かわいい。笑いそうになるのをこらえる。

(……ああ、笑えるんだな)

 彼女がいるだけで顔がゆるむ。それもずっとそばにいてほしいと思う理由のひとつなのだろう。


 サギッタリウスが豪快に笑う。

「言うておれ。その時が来れば世を選ぶであろう」

(すごい自信だな)

 ジュリアが同じことを思ったような顔をしている。視線が絡んで、一緒に苦笑する。かわいい。


 いくらか食べ物が入ったあたりで宴が次の段階に入った。

 里の男性エルフたちが一人ずつジュリアに挨拶に来てしばらく話し、それから一芸を披露して、もう少し言葉を交わすのを繰り返す。中には距離が近くてイラッとするのもいる。


 一芸は武に関するものばかりだ。弓や魔法で趣向をこらしてくるのだが、似たりよったりで、数人続いたあたりで飽きてくる。

 興味がないのもあるだろうが、顔も大差なく見えて、誰が誰だかの区別もつかない。唯一、ちゃんと話したキグナスを見分けられるくらいだ。


「我が最後か」

「キグナスさん」

「ずいぶんと長くなっておるから、疲れてきておろう。我は手短にと思う」

「ありがとうございます」

 ジュリアは今まで場に合わせた作り笑顔だったのが、キグナスのその言葉に対しては本心で笑顔を返したように見える。


 キグナスはこれまでのエルフたちと違って、木でできた小さな鉢に土が入ったものを抱えてきている。

「アドレスケレ・ヘルバ」

 魔法をかけるといくつも芽が出て、鉢いっぱいに色とりどりの花が咲く。

(ジュリアは好きそうだな)

 野に咲くようなかわいらしい花が中心なのも、テーブルに置いて邪魔にならないサイズ感なのも、彼女の好みだと思う。


「ジュリア殿のかわいらしさには遠く及ばないが、これを貴女に」

「……ありがとうございます」

「我を選んでもらえたなら、必ず大切にする。真に気を許すのに時が必要であれば、何百年でも待とう」

 彼女が好みそうな言葉だ。もしジュリアが本当にエルフで、自分の存在もなかったなら、キグナスが一番有力だろう。

 見ているだけで腹の底が不快だが。


「……キグナスさんはいい方ですね」

「それは恋愛対象外に聞こえるのだが……」

「そうですか?」

 ジュリアが小さく笑う。自分と同じようなことを思った上で、仮定が真実ではなく応えられないことを彼女は申し訳なく思っている気がする。


 のどが渇いてきたところで飲み物が注ぎ足されていく。不快感を飲みくだすように一気に流しこむ。

 自分たちに出されているのは果物の果汁だ。酒ではないのは、子ども扱いされているからだろうか。


 ジュリアも飲み物を手にして、その香りで首をかしげた。

「あの、サギッタリウス様」

「何か?」

「これ、お酒ですか?」

「うむ」

「さっきまではソフトドリンクでしたよね?」

「うむ。余興を見るのにはシラフの方がよかろう? 宴もたけなわ、そろそろ飲んでもよかろうて」


「すみません、お酒はちょっと苦手で」

「ほう? 世の酒が飲めぬと?」

「そこは申し訳ないのですが。サギッタリウス様に醜態しゅうたいをお見せするのもどうかと思うので、ジュースに戻していただけると嬉しいです」

「それはぜひ見たいが。よい。まだ大人になりたてでは仕方なかろう」


 サギッタリウスが目配せをすると、給仕に回っていた妻のひとりが新しいグラスで飲み物を運んでくる。


「さっきまでとは違うジュースですか?」

「このあたりでしか採れぬ希少な果実の果汁である。享受きょうじゅせよ」

「ありがとうございます」

 ジュリアがこくりと飲む。少し目をまたたいて、何かを考えるようにしてから、残りを飲み干した。


「……おいしかったです」

「それは上々」

 サギッタリウスがニヤリと口角を上げた。イヤな予感がする。


 少し時間を置いて、サギッタリウスが宴の終わりが近づいていることを全体に告げる。

「今宵集まった同胞たちよ。刮目かつもくせよ。宴の終わりに、我らが若き同胞がこれより伴侶を選ぶ」

(やっと、か)

 ここでジュリアが誰も選ばず、これで帰ると言えば終了だ。長かったが、穏便に一ヶ所目を終えられたことになる。


 ジュリアが目を細めた。

「私は……」

 彼女の視線が自分とは反対を向く。

「……サギッタリウス様へ」

『ジュリア??!』

 冷や水を浴びた感覚があって、思わず叫んだ。通信の魔道具を入れられたのは、なけなしの理性だ。


 返事はない。代わりに、混乱した様子のスピラの声が入る。

『ちょっ、えっ、ジュリアちゃんっ??!』

 彼女の視線はどちらへも向かない。指名したサギッタリウスに顔を向けたままだ。


「……誓いのキスをしてもいいですか?」

「ふむ。若いおなごは先進的であるな。許す」

 サギッタリウスがニヤニヤしているのが心底腹立たしい。


『ジュリア! 待て』

『ジュリアちゃん!!!』

 スピラと共に必死に呼びかけるが、反応はない。

 ジュリアがサギッタリウスの首に腕を回す。そのまま唇を重ねた。


 世界が音を立てて崩れた。


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