32 世界の摂理の祭壇と想定外の拾い物
長老から里の中で自由にしていい許可がおりていることは、エルフたちに通達されているようだ。里の中を歩いていても不審がられて呼び止められることがなくなった。
その代わり好奇の目は増した気がするが、気にしても仕方ないから放っておく。
ペルペトゥスから魔道具での通信が入った。
『これで、内輪にだけ聞こえているのであろうか』
『うん。ペルペトゥスさん、大丈夫だよ』
『いくらかの目があるが。このまま入ってもよかろうか』
『本当は寝静まった後とかの方が理想なんだろうけど、今夜どうなるかわからないから。優先順位として仕方ないと思ってるんだけど、どうかな』
『うむ。ならばウヌの後に続くがよい』
ペルペトゥスがそう言って、階段の下の古代樹に手を触れる。
『アド・アストラ・ペル・アスペラ』
唱え終えると木に扉が現れ、内側に開いた。
『「苦難を通じて栄光へ」っていう意味だよ』
説明を加えてからスピラも唱えて入る。
『微妙な気持ちになる合言葉ですね……。リンセ、ルーカスさん、どうぞ』
『うん。ジュリアちゃんの護衛はオスカーに任せるね。一緒に入っておいで』
『ああ。任された』
二人を見送ってから、ユエル、オスカーと同時に唱えて中に入る。
扉が閉まる前にエルフが一人、中に入ろうとしたようだが、ダンジョンの結界に阻まれて弾かれ、そのまま扉が閉まった。外から見るとただの古代樹に戻っているはずだ。
「やっぱりちょっと目立っちゃいましたね」
「現代のエルフが入り方を知らぬのなら仕方あるまいな」
中はほの暗いけれど、視野は確保できる程度だ。石の螺旋階段が地下へと続いている。ペルペトゥスを先頭に、入ってきた順に並んで降りていく。
外から切り離されたから、安心してオスカーと手をつなぐ。しっかりと握り返してもらえるのが嬉しい。
「ペルペトゥスさんのダンジョンのようなしかけはあるんですか?」
「否。ここはただの祈りの場として作られた故。守られる宝などはなく、ウヌのような使い方をされていたわけでもない」
「ペルペトゥスのダンジョンはかなり特殊だと思った方がいいよ。そもそもペルペトゥスみたいなのは他にいないし、いたら困るからね」
「普通のドラゴンはいますよね?」
「ウヌは古代のドラゴンの中でも突然変異のような存在であったからのう」
「そうなんですね」
「うん。ペルペトゥス以外にはエイシェントドラゴンは生き残っていないからね」
二階分くらいだろうか。長老の屋敷への階段より少ない段数で階段が終わり、円形の広場に着いた。床がほんのりと光っていて、階段にいた時よりも明るい。
「ここは古代樹の中心がムンドゥスに通ずる場になっておる。正確には、通ずる場に偶然生えた木がその力によって古代より成長を続けておる。エルフは古代樹からもれる力を感じてこの場に集落を作ったのであろう」
「なるほど……」
「この祭壇はエルフが作ったの?」
ルーカスが何気ない感じで尋ねる。
「否。エルフが住みつくよりも昔にムンドゥス自身が面白半分で作っておった」
「え」
まさかの本人によって作られた祭壇だった。
「あまりに暇だったのであろう。ウヌにはわからんでもない」
「かまってちゃんだよね。自分と話すためのしかけを世界にばらまくなんて」
「世界の摂理のイメージが崩れていく気がします……」
「ヒトにも二面性があったりするから、いろいろな面があるのかもしれないね」
「中央に円形の祭壇があろう? そこに自身の一部を捧げ、呪文を唱えるがよい」
「私の一部、ですか?」
「うむ。髪が妥当であろう。量はわずかで構わぬ」
「わかりました。落ちないように魔法で木箱でも作りましょうか。……先輩に習って」
祭壇の上には小さな四角い木箱がひとつ置かれている。手彫りなのか、ナイフで削りだしたような感じだ。
「状態がいいね。ぼくら以外にも最近誰か来たのかな? キグナスさんはここ数十年はエルフの里に来客がなかったって言ってたけど」
「否。その木箱はグレースとその仲間たちが置いたものである。この空間は時が止まっており、生命があるもの以外には時が流れぬ故」
「原初の魔法使いの軌跡……」
祖先だとは知らなかった遠い昔の英雄。自分が前の時に全てを失った元凶。複雑な気持ちと共に不快感がせり上がりそうになる。
「ジュリア」
オスカーがそっと抱きよせてくれる。彼の心音を聞いて彼の香りに包まれると落ちつく。
「……すみません」
「いや。もう平気なのか?」
「はい。……あなたはここにいるから」
彼の存在が確かなものだと思えれば、赤い記憶に飲まれることはない。
ひとつ息をついてから魔法を唱え、丸い木箱を作った。なんとなくグレース・ヘイリーと被らない形にした。
髪を一本抜いて箱に納める。
「私だけでいいのでしょうか」
「共におれば共に話すことができよう」
「って昔も言ってたよね。話せたけど試練には連れて行ってもらえなかったから、今回は私も入れるよ」
スピラがそう言って髪を一本入れる。オスカーとルーカス、リンセが続いた。
ユエルがくるくると不思議な動きをしている。
「ユエル、どうしましたか?」
「オイラの毛も入れたいです、ヌシ様。自分で抜こうとしたのですがうまくできず……」
「痛くないように先を少しだけ切りましょうか。ウインド・カッター」
「ちょっ、ヌシ様?!」
「あ、動くと危ないですよ?」
小さな風の刃でユエルの毛先をちょんっと切って箱の中に落とす。
「死ぬかと思いました……」
「ウヌは体を離れると元の大きさに戻る故。ここに残すわけにはいかぬから置けぬのが残念よ。
箱を乗せ、全員祭壇に触れ、『ウェーリターティス・シンプレクス・オーラーティオー・エスト』と唱えよ」
「……待って。長くない?」
呪文を聞いたルーカスが困ったように言った。
「『真理の言葉は単純』っていう意味だよ」
「意味がわかってもすぐには覚えられないのだが」
オスカーもルーカスと同感なようだ。
「みんなで練習してみましょうか」
ペルペトゥスに一言ずつ言ってもらってみんなで復唱する。なんかちょっとほほえましい。
全員続けて言えたところで、指示通りに祭壇に触れる。全員の髪が入った木箱を祭壇に置いて呪文を唱える。
「ウェーリターティス・シンプレクス・オーラーティオー・エスト」
祭壇があわく光り、触れていたメンバーも光をまとう。
そう感じている間に元に戻った。
「これにてこの場は完了よ」
「ひとつめクリアですね」
「あとは無事に帰るだけだね」
少しホッとしたけれど、笑顔のルーカスがどこか緊張している気がする。今回のルーカスは心配しすぎだと思う。
階段を登って出口を目指す。と、降りてくるときには影になって気づかなかった場所に、本のようなノートのようなものが落ちているのを見つけた。
今多く使われている植物の紙ではなく、動物から作られた紙のようで、素人の手作業なのか、大きさがあまり揃っていない。
「ペルペトゥスさん、これ、前のメンバーの誰かの落とし物でしょうか?」
拾いあげて差しだす。
「否。見覚えはあらぬ」
「そうなんですね。表紙に書いてあるのは古代言語でしょうか。えっと……」
「……『最愛の息子、スピラへ』」
静かな声で読み上げられ、思わず声の主を見る。
スピラの表情が驚きに染まっている。頬を一筋の涙が伝った。




