31 今回の参謀ルーカスは心配症
「里は随分と様変わりしていたのう。生活はたいして変わらぬようだが、昔の長老はもう少し同胞と近かったように思う。
決定事項も一人ではなく、長老会のような場だったはずよ。どうもヒトの王の真似事をしているような気がするのう」
ひと息ついていると、ペルペトゥスがそんな感想をもらした。
「ヒトの王様はもっと臣下と近い気がするけど、コミュニティ自体が小さいから、一人で独裁しててもなんとかなるのかな。
まぁぼくらの目的は達成できそうだから、それはいいとして。問題は今夜の宴をどうするかかな。用が済んだら無視して帰っちゃうのがいいかなって思うんだけど」
「え」
ルーカスの思いがけない提案に、思わず声が出た。歓迎してくれるというのにそれは失礼な気がする。
そう思ったのを見透かしてか、ルーカスが続ける。
「なんかイヤな感じがするから、ジュリアちゃんは宴に参加しない方がいいと思うよ。
空間転移で帰っちゃえば追って来られないでしょ?」
異議を唱えたのはスピラだ。
「それはやめた方がいいんじゃないかな。本気で探そうと思えば見つけられるだろうから。私よりは時間がかかるかもしれないけど」
「なんの手がかりもなかったのに見つけられてましたね……。エルフからヒトに戻った上で、私の魔力を抑えてもダメでしょうか?」
「どうかな……。時間は稼げると思うけど、ずっと魔力を抑えたままにはできないだろうから、もし魔力が見えてるなら時間の問題なんじゃないかな。
リンセちゃんの魔法で魔力の色をエルフに寄せてるのも、絶対に気づかれないほどは違くないし。気づかれて正体がバレると、もっとややこしくなりそうだし。
もし魔力が見えてなかったとしても人探しの方法はいくらでもあるから、探す気さえあればいつかは見つかると思うよ。
少なくともジュリアちゃんの魂の年齢は見えてるみたいだから、会ったら確実にバレるよね」
スピラの説明をルーカスが吟味する。
「探しに来る可能性があって、見つかって気づかれる可能性もあるなら、得策じゃないかもね。あのタイプは時間がかかればかかるほど神経を逆なでしそうだし。
最悪、ホワイトヒルでエルフと全面戦争……は、絶対避けたいもんね」
「それは絶対避けたいですね……」
「うーん……、宴に参加して、ちゃんと断って帰るのが後のためにはいいのかな……。
リンセちゃんの魔法で代役を立てるとかはできない? ぼくがジュリアちゃんの身代わりになれたらいいんだけど」
「変身魔法で魂の年齢と魔力量をごまかせるかだよね」
スピラが伝えたポイントに、リンセがふるふると首を横に振った。
「それはムリなのニャ」
「私の魔法で魔力量が減ったようには見せられても、その逆はできませんしね」
「まあ、そうだよね。その前提で今回演じる役を決めたわけだし。
うーん……、ジュリアちゃんに出てもらって、断ってもらうしかないのかなぁ……」
ルーカスは心配そうだけど、断るつもりしかないから問題はないと思う。
「そのくらいなら大丈夫ですよ?」
「いや、ジュリアの大丈夫には不安しかない」
オスカーがそう言ってチラリとスピラを見る。長年一緒にいたのに性別すら間違えていた前科があるから何も言えない。
「私とペルペトゥスが両側に座れるようにはしてもらおうか。親っていう立場ならそのくらいは言い張れそうだから」
「不穏な動きがあらば、ひと飲みにしてもよい」
「それは心強いです」
「うん。最終兵器ペルペトゥスさんも、場合によってはお願いするよ。力で抑えないといけない局面もありえると思う。ヒトの世が騒ぐことより、目下の安全の方が大事だからね」
「うむ。任されよう」
「ありがとうございます」
最強の生物が味方なのは、とても心強い。
まとまったところで、ペルペトゥスが本来の目的に話を戻す。
「里の外で話した方がよかろうと、先ほどは言わなんだが。祭壇への入り口は古代樹にある」
「え」
「それらしいものは見当たらなかったが」
「ジュリア嬢が作ったダンジョンに入るのと同様、通常は隠れており、開くには合言葉が必要故」
ペルペトゥスのその言葉に、リンセ以外は深く納得した。
ペルペトゥスの新しい住処や、自分の家の壁に秘密基地の入り口を作ったのと同じ。そこにあるけれど、存在を知って開けようとしない限りは開かないということか。
「今の長老がどこまで知っておるのか、どう扱っておるのかがわからぬ故、いかようにするかを相談したい」
全員がルーカスを見る。
「そうだね……、里に入らないで古代樹に近づいて中に入ることはできるのかな?」
「否。昔はできなんだ。幻覚魔法かのう。里に入っていない状態では古代樹に近づけぬ」
「エルフの結界はそういう魔法陣か魔道具が受け継がれてるんだろうね。だと、里に戻ってもう一度古代樹に行くしかないね」
「透明化がいいですかね?」
「里に入るのに長老の許可がいるなら入った時点で中にいるのはわかっちゃって、不審に思われるんじゃないかな。これを使うのはどう?」
そう言ってルーカスが荷物の中から魔道具を取りだす。仕事で使うことがある、通信の魔道具だ。
「いつの間に」
「絨毯をレンタルする時についでにね。必要になることもあるかなって」
ルーカスが全員に配って使い方をレクチャーする。
「ほう。便利なものがあるのう。おもしろい」
「キグナスさんが里の中の会話はみんな長老に聞こえてるって思った方がいいって言ってたでしょ? これを使えばそれは防げるかなって。
宴の時もそのままつけておけば、エルフたちに知られないで会話ができるし。口の動きを読まれないようには気をつけないとだけど」
「さすがルーカスさんです」
「うん。もしエルフたちが祭壇への合言葉を知らなくて、ぼくらが入ったのを知って知りたいってなったら、それも交渉材料に使える可能性があるしね。元々知ってても伏せておいて困ることはないし」
「お前は一手でどれだけのことを考えているんだ……」
「あはは。どうだろうね?」
これからのことが決まったところでツリーハウスを出て元に戻す。
「あ、ジュリアちゃん」
里に戻る前にルーカスから個人的に呼びとめられた。
「これはただの可能性なんだけど……」
想定外のことを言われて、思わず眉をしかめる。
「さすがにそこまでのことはしないんじゃないでしょうか……」
「どうだろうね? これはほんと、念のためなんだけど……」
その指示は簡単なものだったから、そうすることを請け負った。
「で、もしそうされたら、ジュリアちゃんの気が済むように懲らしめていいからね。あとはぼくらがなんとかするから」
「わかりました」
今回のルーカスはいつもより心配症な気がする。




